13
ところでここら、半端田舎なので、物は適度にあるが適度にない。波田凜香は多分、女子高生としてはそう物好きでない。そんなひとに贈るものなんて、乗り継ぎ三本、街気味な方へ行く。
その二本目から降りて。
「あの、腹痛いんで、ちょっと、あっちに」
要するに乗り物酔いと、贈り物なんて大それた話に怖気だってきた。手入れのいいベンチがあんまりにも冷たい。たしかここの便座、ヒーターないだろう。余計悪くなる。
背をさする澄川さんの手は節のところが冷たい。そういえば彼女も、秋向きの服に買い換える予定だった。
「あったかいもの買ってきます」
グロッキーで頭を上げられないので、彼女の靴が消えるのだけ見た。
「どうぞ。入江さんのお金ですけど」
似たようなことありましたねと、また。
「一応、私、年上なので……頼りにしていただけると」
思い出したが澄川さんは、俺よりもみっつ年上だ。
澄川さん澄川さんと言ってその実、歳とか何とかを考えなくなっていた。礼節と知識に富んで、生活知識はない、死にそうなほど白い、言うことの苦手な人。澄川良子という人はこんな具合にすり替わった。
澄川良子。澄川良子。まあなんと、響きよく、羨ましいなと思った。入江純なんて俺がまとうと、実際の小汚さとのギャップが名前そのものを幼稚に見せてしまう。
といった話を何の気まぐれかそのまま言った。
「私、礼儀正しくはないと思います」
「礼儀正しいでしょう」
「いえ。礼儀正しいというのは、その場にあった振る舞いが出来ることですから。元気に騒ぐことも出来ないと……」
きっとこの人も、自分がこんなに喋ると思っていなかったんだろう。
自分で自分にきょとんとしている。
それから堰を切ったように言々は繋がり出でて、二週間の不足を倍量で補うほどだった。
きっと昨日泣いて気持ちよくなってしまったからに違いない。勝手に心の荷を下ろすなとか思っていたのが今は、楽になってから向き合い直そうねみたいな、気持ち悪いくらい優しい色合いを持っている。
精神状態なんて、血行とか視界の明るさとか、そんな程度の話であって、事態が重く見えるのは事態が重いからではなく、体が悪いだけなのかなとか、世の中を優しく見る心持ち。切実な痛みを笑うかもしれない、若干居難い心持ち。
「入江さんのお名前、たしかに……んー……非現実的ですけど」
俺もそう思います。
生まれてそれから八十年生きるってのに、そのまま綺麗っていうのはむしろ不自然不純ですから。純粋があるなら歪んだ圧力の産物だから結局純粋でない、よって純粋は不可能、そんな背理法で言えることだと思います。
「んー……」
「なんですか」
「でも合うと思います」
そんなこと考えてらっしゃったんですね。
初めてこんなにあなたのことを聞く。
「俺これいいと思うんですけど」
「流石にそれは……男の子に贈られると……」
「これ、大丈夫ですかね」
「大丈夫ですけど、誕生日に贈るものじゃないですね」
「あ、これ」
「地雷です」
俺は大変な贈り物音痴らしい。
澄川さんは予め用意した「贈り物リスト」および「地雷リスト」を行ったり来たり見比べながら、「でも最後には入江さんが選ばないと駄目ですよね」と言いながら、こんな具合のやり取りをずっとしている。
「そんなに駄目ですか」
「今の子は二度と話さないと思います……さっぱりしてますから」
今の子。
「今の子って、澄川さんまだ二〇歳ですよね」
「三年でもジェネレーションギャップはすごいです」
そういえば、「はい」じゃない返事。
「澄川さん」
「はい」
「あ、『はい』」
「はい?」
「はい」
「あー……」
俺たちはあまり明るくはない、よく癖の付いている疲れ気味な苦笑をこぼした。
「なんですか?」
「いえ、別に」
「なんですか」
「何買えばいいですかね」
「もっと巡りましょう」
「その前に服買いませんか」
「私のですか?」
「今日寒いんで」
「はい。ありがとうございます」
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