第51話 花火の約束at円山公園

 相変わらず、劇団とは一歩距離を置いたままで、脚本をコンクールなどに出すこともせず、舞台の人間関係も拡がらないまま日常を過ごした。好き勝手でいられるわけでもない、先任が退職してからは、外回りの雑務も忙しい。仕事に体が慣れてくると、時間はあっという間に過ぎ去るようになった。次の切っ掛けも見つけられないまま、そうこうしているうち、木元はまた界隈で注目を集めるようになった。 

 劇場のスタッフに見込まれた木元の劇団は、ゴールデンウィーク中に、有名無名入り交じって公演を行う企画に呼ばれたようだ。連休中に受け持つ舞台は二つあり、一つは「不知顔」、もう一つは木元が新しく喜劇を拵えた。いつものように私の目は通ったが、「どうだろうか?」と、ほぼ口を挟む余地のないものを確認作業のように見せられた程度のことだ。あの男はどんどん遠い存在になる。まだまだ書きたいことはあるけれど、取っかかりになるようなネタが無い。こうなると、尿意はあるのにいくらトイレに篭もっても出ないような、苦しい状態が長く続く。また、他の創作物でそれを解消しようとしても、思うように浮かばない。

 それはまさしく平和というべき日々だった。夜、獣のいない自分の部屋を確かめる。嵐が戸を打つ気配も無い。ただ、日常がそこにあって、生きていこうとさえ思えば、いつまでだって生きていける。なのに、その生活の穏やかさが、却って私を焦らせた。手の届かなかった人々、その呼び声は、いつだって聞こえていた。

 

 気分転換にでもなるかと思って、河南に花火を見物しないかと持ちかけた。連絡を取ってから調べてみると、交通機関を使えば大きく迂回することになり、一時間ほど掛かることが分かった。ただし、車では二十五分ほどで到着する。どうしようかと思っていると、今度は彼女から着信があり、劇団で自由に使っている車で向かうことになった。この間、セットの運び込みに使ったバンだ。あれ以来、何度か運転して勘を取り戻したらしい。迎えに来た車体を見ると、何があったのかバンパーが凹んでいる。助手席に乗り込んで、「この車、誰のなの」尋ねると、「いつの間にか、木元さんがうちの駐車場に入れてたんですよ」と答える。不思議に思い、助手席の収納を開くと、使い差しの口紅と未使用のコンドームが二袋。

 まだ開場にはかなり早い。駐車場は事前予約していたが、込み入った中で大きなバンを入れる自信が無いらしく、空いている内に車を入れて、近くで食事をすることにした。けれど、いざ行ってみれば既に両隣が埋まる程車が入っている。一旦降り、車外から誘導してようやく場所に納まった。

 汗を掻き、「帰りは、ちょっと時間潰してから出した方がいいかもね」と呟くと、彼女もまた冷や汗を掻いて、「なあんでこんなでっかい車……」箱の様な白い車体を呆然と見る。

 広大な敷地の公園は、著名なデザイナーが設計に携わったらしい。主要な通り道以外は全て芝生、敷地は大きな沼に囲まれて、脚を浸せる巨大な噴水に始まり、ご飯のように盛られた小山、それよりもう少し大きな展望山、不思議な形の遊具など、そういうものが草の緑と、無機質なアスファルトの壁、空の中に、色あせない遺跡のようにある。ここへ来たのは小学校の遠足以来。公園敷地内のレストランは既に人が多く、「どうしようか?」相談しながら周辺を歩いているとラーメン屋がある。

「こっちのラーメンって、どこで食べても美味しいんですよ」

「今更東京人面もないでしょ。ここにしようか」

「あはは、そですね」

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