第21話 手術資金

 サクラさんの手術資金は、少しずつだけれど目標額に到達しつつあるらしい。「木元のせいで苦労しているでしょう」聞くと、カウンターに立っている彼女は「なんもよ、なんも」平気そうに、顔の前で手を振る。「信一の援助をしているのは、まあ道楽みたいなものだから。それに最近アイツ頑張ってるみたいでしょ。仕事が忙しくてあんまり観に行けないんだけどね」

「最近の木元、どうなんですかねえ」

 すぐに、変な聞き方をしてしまったと後悔した。彼女はカウンターに手を突いて、私の顔を直視した。少し冷たい声で「なに~、その言い方。相羽さん……」言いかけて、眼を細めた。

「隈凄いよ。眠れてないんじゃない」

「いや、なんもですよ、なんも。最近、晩酌するのが楽しくて」

 酒の量が増えた。アルコールが、気持ちの良い躁の呼び水になる。今も無闇に気持ちが大きくなっていた。酔いが覚めた朝の辛さは、頭の端にも登らない。

「女になるって、どんな感じなんでしょうね」

「怖いよね~」

「怖いんですか? 手術が?」

「手術もそうなんだけど、捨てることが」

 サクラさんは平たい喉元を掌で擦った。

「幻肢痛みたいなものなのかな。ふとしたときに、捨てた自分の一部が堪らなく恋しくなることがあるんだよ。もうゴミ箱の中で腐ってるんだけど、それでも自分の体に付け直したくなる時がある。こうして触ってみると……この感覚は、例えようがないね。なんて言えばいいんだろうね」彼女はもどかしいような顔で喉元を擦り続けた。私がグラスを飲み干して、新しい酒を造りながらも考え込んでいた。

 カウンターに腕を突くサクラさん、独特な美しさがあって、手元に設えられた控えめなライトが彼女の額、鼻の先、尖った顎、盛り上がった胸の先端、腰を照らしていて、それが体の丸みを強調し、まるで三日月のよう。体の節に出来た影と、ライトで照らされたところの控えめなコントラストがヨルガオを連想させた。「……世間って奴になりたかったのかな、私は」自嘲気味に彼女は笑うのだった。


 それからサクラさんがタイへ行くまで、結構な頻度で私はバーに通った。殆どの日は居心地良く飲んでいたのだが、たまに物見遊山、観光のついでに来店する若い男たちには閉口するばかりだった。彼らは大抵三人以上の集団で、そのときばかりは、職場にあるような居心地の悪さが空間に湧いた。一見では、マイノリティとマジョリティの区別が付かない。それが余計たちが悪かった。初めのうちは、奥の方に縮こまって、あくまで内輪で「思ってたより雰囲気が良い」「あんまりどぎつい奴はいない」だとかそういう話をする。それなのに、酒を飲む度彼らは増長して、店員に変な絡み方をするようになる。木元によると、このバーがとあるネット記事に紹介されたこと、それによってああいう連中が増えたらしい。

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