第19話 職場クライシス
職場の人間関係は、みるみる悪化していった。私はてっきり、例の先輩一人と私の問題だと思っていたのだが、そうではなかった。ひとたび彼女たちの中の一人から嫌悪を引けば、それはいつの間にか拡散されて、お互いが反響し合い、無限に増大していくのだった。結局それは悪意に過ぎなくて、耳を塞げばやり過ごせるようなものなのだ。年明けに押しつけられた以上に仕事が増えることもなく、それすら慣れてしまえば、定時を少し過ぎたくらいの時間に上がれる日もあった。ただし、お昼は一人で食べるようになり、仕事の共有は困難になり、唯一の同期は雰囲気を察して私から距離を取った。仕事でミスをしないことが、自分を守る手段になった。そういったことは、毎日積もる小さなストレスだった。複数の人間から向けられる悪意、私はそれにはっきり恐怖していた。
クリスマスに私が行った仕打ちを考えれば、こういう末路もさもありなんこと、あの時は気が回らなかったが、例の先輩は自分の恋人の話をするとき、年齢には一度も触れていない。それはきっとコンプレックスで、たまたま私はそれを言い当ててしまったのだ。それでも、心の片隅には、こんな復讐も許されないのか、という呆然とした思いを抱えずにはいられない。
心が渇いたら、河南を抱いて愛撫する。ただの抱擁であることもあったし、行為であることもあった。美しいものを快楽で歪めることが、日常の中でカタルシスとなった。絶頂に向かって、河南の筋肉はどんどん収縮する。首筋には柱のような筋が横たわって、脇の辺りは地割れが起きたような亀裂、肋骨、腹には見事な十字が浮き出る。際の所で河南は息を止めて、石のように体を固める。その瞬間が愛おしくて、とどめたくて愛撫を止めるのだが、獣のように喘いで息を吐く度、快楽の波引いて、雑巾を絞った後みたいに、眼には涙、体中が発露、何度かその様味わったあと、無視し続けた彼女の哀願をようやく聞き入れて楽にさせる。
終わった後は、枕に顔を伏せて、荒らげた息を整える。彼女を弄っている間は無我夢中でいられた。あらかた息を整えた後は、お決まりのように彼女による愛撫が始まる。相変わらず性欲に直結している行為ではなかったが、半ば儀式でそれを受け入れる。そういえば、最近性欲を感じていない。ふと、そんなことに気付く。性欲によく似た欲求はあるのに。思い返せば、その不調は河南がやってくる前から私の体に訪れていた。気が付いてみれば、自分の体が、精神が気味悪い。躁鬱の気配は、そうやって私の生活に滲み始めた。
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