第17話 学芸会、何の役?
一月の公演を終えて、木元の劇団は俄に注目を浴び始めた。演出家である木元信一の、インタビュー記事がネットで公開されたことも拍車を掛けた。ある日SNSを眺めていたら、木元がその記事を引用していたのだった。いつの間にか、彼のフォロワーは随分増えた。こうして見ている間にも、インタビュー記事に呼応するように数十の桁でカウンターが動く。記事にはどこかの公園で撮影したと思われる、木元の写真。いつも通り、サクラさんに着飾られた姿。引用に付いたコメントには、彼の顔を初めて見た、ちょっと印象が変わった、などの彼の今の格好に関するものが多く残されていた。「境界の人」について語ったことには、余りリアクションがないように見えた。彼の語りの中で、私は「脚本担当」として紹介されたが、特に名前は出ていなかった。
いつも落ち合う狸小路の路地、木元はいつかのように、風景の一部に溶け込んでいた。電柱、油に塗れた壁、排気管、木製の扉、ネオンの看板、木元、立てかけられた板。真顔で、体を綺麗に半分出している。向こうから通りすがった一人の女性、木元に驚いて小さい悲鳴を上げた。それから駆けて私を通り越していった。
近づくと、「俺、溶け込めてないみたいだな」路地裏から出てきた。
「それ、天丼しても大して面白くないから」
「何言ってんだ、これは演技の訓練だぞ」と怒ったように言う。
それから、店に入っていって、いつもの儀式、「お陰様で、最近ファン増えてます」報告、レモンサワー。
「昔さ、学芸会とかで木の役とか岩の役、あったろ。あれって今考えると一番難しい役だと思うんだよ」
助走となる会話も無く、いきなりこういう話を始める。気を遣わないから楽で良い。
「まあ、物の役は台詞が無いからね。私の時は無かったな、一人一つは台詞有った」
「いや、物にも台詞はあったよ。主役にさ、気を付けて! 北風が吹いてきた! って」
どんな台詞を読むときにも木元は手を抜かない。しっかりと心を込める。
「え、岩は?」
「ここが踏ん張りどころだぞ! 頑張れ!」
木元の真剣な演技を見て、私は笑った。木元も笑った。
「よく覚えてるよね。何、その劇」
「たしか、西遊記だった気がするな。俺はね、山賊B。相羽は?」
「私は、何かのお姫様のお付きだったかな……。流石にナンバリングは覚えていないけど、殆どモブだった」
「神様は、やっぱり昔から主役かな」そう言って、サインを見上げる。
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