第16話 不知顔(しらぬがお)
今の仕事に就いたとき、もう、脚本を書くことはないだろうと思った。その過去と、まっさらな画面に向かう今がある。けれど、それらを繋ぐものは無い。雪に残った足跡のように、今へと続いた記憶の一列、後ろを振り向けば、過去は確かに、そこにある筈だった。いつの間にかき消えてしまったのだろうか、私の立つ周りには何も無い。
私の執筆するスタイルは、まずは適当なノートに手書きで描きたいテーマ、シーンをざっと書いていく。運良くタイトルが思いついているときは、その過程を飛ばして真っ先にパソコンに向かう。タイトルが頭にあるということは、既に脚本を書くためのフラグメンツは揃っている、ということらしい。
このスタイルは私の神から口伝で教わった。私の神は、人知れず、私が密かに恋をした男だった。札幌にある国立大学、演劇サークルに所属、年上で、彼は私よりも上手に脚本を書いたが、結局プロとしてデビューすることなく、一般企業に就職して、いつの間にか死んでいた。死んでいたのだ。彼の訃報はSNSで報されて、まさか、そんな馬鹿なと混乱する私を置いて、親しかった彼の知り合いは次々に悲しみを表明する。……それが彼らの本心からの言葉だということは分かっていた。分かるのに、腹立ち、何も言えない。何も考えられなかった。
今、「
結局、「不知顔」と銘打った文書ファイルは一週間後に消してしまった。雪も降らず、青ざめた夜だった。カーテンの隙間から外を覗けば、冷めた月明かりが雪に散る。暗い所に映る自分の顔、目の隈、少し老けた気がした。
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