第15話 未踏の雪道

 誰かが踏んで固めた雪の上を歩いている。固くて歩きやすいのだが、所によっては降る粉雪、歩道に積もって足を取る。雪の街を歩いていると、無意識に自分の歩幅と他人の歩幅の差異を測り始めている。私の歩幅で間に合わない所は、新しい足跡を付ける。子供の頃は、未踏の雪道を歩くのが楽しかった。周りに何も無いくらいが一番良かった。だだっ広い雪原で、遠くには葉の落ちた木立、自分の足跡さえ残せば、どこまでも歩いて行ける気がしたのだ。あのときは足跡が消える物だとは思いもしないで。

 年末年始の喧噪を過ぎて、街は普段以上の静けさ、イルミネーションはそのままに、どこかで閉店の音楽が鳴っているような寂しさがある。人も少ない、車の通りも少ない、そう言って、無人というわけでもない。通りすがる店の窓、眺めれば、そこには何人ものシルエットがある。窓の一つ一つが、街行く私たちを観察している。「手、離して歩こうよ」言っているのに、「そんなに心配しなくても、周りには誰もいないんですよ」と、どこ吹く風でいる。

「人はいるよ、ほら。店の中に」

「ああ」白けたように呟いて、脈打つ白い腕、ポケットに突っ込み、「私は一応、沙織さんの恋人ってことなんですね」

「うん、多分……」

 口先ではそう言いながら、いや、少し違う気がしている。けれど、違うとしても言い換えることも出来ない。「多分?」突然河南が氷に滑って転んだ。手をポケットに入れていたから、強かに腰を打ち付けた。助け起こすと、慌てて地面に付けた掌、氷に擦れて真っ赤になって、濡れて、驚く程冷たい。「東京の冬に慣れすぎたのかな」「私が居て良かったね」「いや。ほんとに」雪道、一人で転ぶと、とんでもなく恥ずかしい。これは、大人でも子供でもそうなのだ。その日一日は打ち付けた痛み、羞恥心で何も手に付かないくらい。自分が転ぶだけでなく、うっかり、赤の他人が転ぶところを目にしてしまうと、どうしてこんなに世界は残酷なんだろうかと思う。これが、転んだ時に連れがいるだけで全く違うのだった。一人の時は悲劇、連れがいれば喜劇、子供の頃は「一緒に帰る」という文化がそういう時のためにあるものだと思っていた……。

「河南が、私に何をして欲しいのかよく分からないんだよ」

 そして寝しなに、文字通り乳繰り合いながら、「可愛いって言ってよ」「綺麗じゃ駄目なの」「だあめですよお!」笑い合って、寝た。

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