第4話 ゲームスタート
鈴音の家は、私の家から徒歩で五分とかからない場所にある。だから、寝坊しがちな彼女をよく起こしに言ったし、おそらくは高校に入ってからも変わらないはずだ。
そこはあまりにも見慣れた部屋で、あまり着飾らないの鈴音の部屋らしい。
ゲーム機のコントローラは無造作にテーブルの上に置かれ、机には勉強道具ではなく、PCの画面がドンッと二つも並んでいる。
今日は誰も家にいない……というか、大体お互いの家にはこの時間に誰もいないので、どちらかの家で遊ぶことが多い。
最近だと、私より鈴音の家の方が、置かれているゲーム機的に来ることが多い気がした。
そんな慣れ親しんだはずの鈴音の部屋にいるはずなのに、いつもの違う緊張感がある。
まだ外は明るいのにカーテンは締め切り、部屋の中は少し暗くなったいる。
到着早々、上着を脱ぐように指示された私は――何故か腕を手首から縛られるようにして、ベッドに腰かけていた。
そこそこ頑丈な紐で、頑張れば抜けられるのかもしれないけれど、鈴音は私のことを自由にしてくれるつもりはないらしい。
何を考えているのが、ちょこんと無表情で私の隣に座っている。
「……えっと、本当にするの?」
「うん、たまにはこういう遊びもいいよね?」
「いや、まあ……少し過激というか」
先ほど、鈴音は『私がえっちなことをしたくなったら負け』というとんでもないゲームを口にしていたが、私も結局それを断りきれず、こうして勝負の土俵にたってしまっているところがダメなのかもしれない。今からでもやめるように促すべきか。
「やっぱり、こういうのはやめない……?」
「怖いの?」
「いや、別に怖いとかじゃないけど」
「じゃあ、負けるのが分かってるから?」
「……それは、やってみないと分からないでしょ」
鈴音の淡々とした煽り口調に乗せられて、私の語気も強くなってしまう。――ゲームではそこそこ熱くなりやすいので、鈴音によく煽られることがあった。
今は冷静に受け答えするべきだったのに、
「それなら、いいよね?」
こうして、鈴音の流れに持っていかれてしまっている。
私は彼女の問いには、無言だった。それはつまり、肯定はしないが否定もしない、ということ。
鈴音が割と頑固なことは付き合いが長いから知っているし、ここまで彼女が『やる気』な以上、私にはどうしようもない。
……まあ、鈴音もなんだかんだ言って、そこまで知識があるとも思えないし、激しいことをしてくることもないだろう。
そう、私は高を括っていた。
「タイマーセットしておくから、したくなったらギブアップしてね」
言うが早いか、鈴音はポチポチとスマホをいじって、ポイッとベッドに放り投げる。
そして、強引に私のことを押し倒した。
「わっ」
思わず、声が出てしまう。
華奢な身体をしているのに、運動神経はいいから私よりも結構力がある。
ましてや、今は両腕が不自由な状態だ。
鈴音は片手で私の腕を押さえながら、もう片方の手を私の胸の辺りに置く。
ベッドの上で少し仰け反るような形になり、やや胸が強調されるようになってしまう。
まあ、私も胸は大きくないから気にしないけれど。
「……ふぅ」
「ひゃんっ」
――不意打ちだった。
胸でも触るつもりなのか、と思っていたけれど、鈴音は私の耳に優しく息を吹き掛けてきたのだ。
ゾクリとした感覚に、私は思わず身動ぎしてしまう。
「な、何するのよっ」
「何って、耳に息を吹き掛けただけ。嫌なの?」
「そ、それは……まあ、変な感じはするよ」
「そっか。それじゃあ……ふっ」
「んひゅ、ちょ、や、やめてって!」
「降参する?」
「す、するわけないでしょ! これくらいで……」
「なら、続けるね」
鈴音はそう言うと、再び私の耳に息を吹き掛けてくる。
ただそれだけなのに、声を我慢するのも難しく、耳の中にぞくぞくとした感覚が広がって、私は顔をしかめた。
まだ触れられてすらいないというのに、私はいきなり危機感を覚えてしまう。このまま続けられると、何か変なことに『目覚めて』しまいそうだった。
「ね、ねえ、鈴音」
「……ふぅ」
「~~~っ! ちょ、タイムだって!」
「……ギブアップ?」
「ち、違うの! み、耳は、その、弱い、から……」
私は仕方なく、懇願するように鈴音に弱音を吐く。
そこはやめてほしい、という何とも情けない提案であったが、
「ふぅん……じゃあ、続けるね」
――鈴音は、それでやめてくれるほど優しい子ではなかった。
「ふぅ」
「あっ、ふぁ……ダメ、だって……!」
ゲームが始まってから、まだほんの数分程度。私はすでに、追い詰められ始めていた。
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