第3話 悪魔に打ち勝つ

 ――今、私の中では二つの思考がバトルを繰り広げていた。


「これはもう勢いでやっちゃう流れでしょ。だって、こんなに求めてくれてるんだよ?」


 そう、鈴音は私と『えっちなこと』がしたいのだと言っているのだ。そこに拒絶する理由など、どこにあるというのか。


「いやいや、清く正しく! 大切にしていくって決めたばかりでしょ! 鈴音のことが大事なら、こんな勢い任せばダメだよ!」


 全くもってその通りだ。いくら鈴音が求めてくれているといったって、私達はまだ高校生になったばかり。いきなりこんな爛れた関係になってしまって、いいわけがない。

 真っ当なお付き合いをすることが、鈴音との関係を保つのに重要なのだ。


「鈴音がヤりたいって言ってるんだから、ここで拒絶するのはちょっとやばくない?」

「やばくない! それだけ鈴音を大切にしてるってことなんだから!」

「言葉だけならそう聞こえるけどさ、結局『ヤりたい』気持ちは一緒じゃん? 最終的にヤるならもう、今からやっても一緒でしょ」

「全然違う! そんなことしたらえっちするだけの関係になっちゃうよ!」

「鈴音はえっちなことしたいんだからいいじゃん」

「いいわけない!」


 ……私の中で私がそんな口論を繰り広げていているが、現実の私は鈴音の胸に手を触れたまま、ピタリと動けなくなってしまっていた。

 彼女の胸は決して大きいわけではなく、身体的にも発育がいい方とは言えない。

 その点については私も人のことは言えないのだけれど、それでも制服の上からでも、そこに『柔らかいもの』があることは分かっている。

 別に制服の上から揉んだって硬いだけ、けれど――ここで私が受け入れたら、鈴音の『生乳』に触ることができるし、揉むことができる。吸ってもいいし――って、何を考えてるだ、私は!


「……やっぱり、私は鈴音との関係を大事にしたいから、さ」


 ようやく絞り出した声は、どこまでも頼りなく聞こえただろう。

 ましてや、彼女の胸に触りながら言うことでは絶対にない。

 しかも、鈴音の顔を真っ直ぐ見れず、視線を逸らしたままに答えた。

 今の私の言葉に、彼女はどんな顔をしているのだろうか。


「ふぅん、そっか」


 スッと、鈴音は私の手を離す。

 触れていた胸から私も手をどけて、少しだけ名残惜しく、何もない空間を揉んでしまう。

 しかし、私は『悪魔の囁き』に勝利した。

 よく優柔不断と言われるし、流されやすい質なんて言われるけれど、『鈴音を大切にしたい』という鋼の意志が悪魔に打ち勝ったのだ。


「じゃあ、わたしの家でゲームしよ」

「う、うん。それなら普通に行くよ!」


 鈴音も諦めてくれたのか、くるりと私に背を向けて、歩き始める。

 そうだ、私達はこうやって、幼馴染の関係も大切にしながら、徐々に進展させていけばいいんだ。

 そう思いながら、私は鈴音の隣に立って、いつも通りに話す。先ほどのことは、なかったことのようにして。


「それでさ、今日は何する? 鈴音の好きなゲームでいいよ」

「うん。もう考えてあるから大丈夫」

「……? 考えてある……?」


 何やら引っ掛かる物言いをする鈴音。真っ直ぐ前を見据えて歩く彼女は、淡々とした口調で言い放つ。


「つばめがわたしとえっちしたくなったら負けっていうゲームしよう」

「え、なにそれ!?」

「楽しみにしててね」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 私の言葉を無視して、スタスタと帰路に着く鈴音。――彼女は全く諦めていなかった。

 私の中の悪魔は倒せても、目の前にいる本当の悪魔はまだ、倒せていなかったのだ。

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