第2話 試されているのか
「聞き間違いだと思うんだけど……今、なんて言ったの?」
「えっちなこと、しよ?」
――聞き間違いではないことは分かっていたので、改めて鈴音からそう言われて、私は思わず周囲を確認する。
今日は入学式だけで、特に授業などはなかったから、軽く教室で説明を受けて解散となった。
まだ人通りの少ない時間で、辺りには誰もいない。
ホッと胸を撫で下ろして、私は再び鈴音に向き直る。
「どうしたの?」
問題発言をした本人はと言うと、きょとんとした表情で私を見つめていた。――可愛い。だが、今はそんな可愛さに浸っている場合ではない。
私は道端で邪魔にならないように、鈴音を連れて路地裏の方へと移動する。
「もしかして……ここでするの?」
「しないよ!? そもそも、どうして急にそんなこと……?」
純粋な疑問だった。
この前告白をされて、付き合い始めて――そして特に、変わったことはなかった。
言うなれば、幼馴染から恋人になったというステータスの変化はあったけれど、やっていることはいつもと同じだ。
私自身、どういうタイミングで恋人らしいことをすればいいのか分からなかったし、鈴音も特別何かしてくるわけでもなかったので、こういう付き合い方が私達らしい……と思った矢先であった。
「だって、わたし達は恋人同士だよ?」
「そ、そうだけど、昨日までそんなことしよう、みたいな雰囲気もなかったじゃない?」
「うん。今日から高校生だし、やるならこのタイミングだと思って」
さらりと、そんなことを言い放つ鈴音。もしかすると、私をからかっているのだろうか。
表情の乏しい鈴音は、そのポーカーフェイスで本当のことか冗談を言っているのか、中々判別がつきにくい。長い付き合いである私でも、判断できないくらいだ。
「……冗談だよね?」
「ううん、本当」
「え、だって、えっちなことって、なにするか、分かってるの……?」
一応、私は『下調べ』はした。
付き合うわけだし、女の子同士での行為についての勉強も必要だろう、と。あくまで念のためであり、私は鈴音との関係は清く正しく真面目なお付き合いをしていくつもりで、そこに下心などは一切ない……つもりだ。
「キスしたり、胸揉んだり、ここ弄ったり――」
「あああ! やっぱ説明しなくてもいいよ!」
「……? どうしてそんなに慌ててるの?」
むしろ鈴音が冷静すぎる、と言いたいけれど、彼女は昔からこんな感じでマイペースだ。
言いたいことは包み隠さないし、空気もあまり読む方じゃない。
ただ、人前では口数が少ないから、イメージ的には『薄幸の美少女』というのが一般的に定着しつつある。
きっと、中学の頃のクラスメートが今の鈴音の言葉を聞いたら驚いて気絶するかもわからない。
「と、とにかく、一旦落ち着こう……?」
「わたしは落ち着いてるけど」
「そ、そうだね。じゃあ、ちょっと私だけ深呼吸して……すぅ……はぁ……」
心を落ち着かせ、私は再び鈴音と向き合った。
そうして顔を会わせると、このまま私が「しよう」と頷けば、目の前の美少女と『えっちなこと』ができるという事実に気付き、思わず赤面して顔を逸らしてしまう。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない、よ? その、えっちなことは、まだ少し早いんじゃないかなって……」
「早い……?」
「そ、そうだよ! だって、私達はまだ付き合って二週間だよ? もっとさ、こう……関係を深める、というかさ……」
「わたしとつばめの関係は十分深いと思う。お風呂だって一緒に入ったことあるし、キスだってしたことある」
「そ、それは小学校の時の話でしょ!」
「中学でもした」
「え、そうだっけ!? あ、したかも――って、それは置いといて、いきなりえっちというのは……」
私は何とか言葉を探して、理由付けを行おうとする。
けれど、確かに鈴音に言われた通り――割と一緒に遊ぶことが多いから、デート的なことはしてる。
意識してしたことはないけど、頬にならキスくらいやられたことある。……私からしたことはないけれど。
その幼い頃からの積み重ねというか、私と鈴音の関係の深さで言えば、彼女からすると次の段階は『えっちなこと』らしい。
鈴音の言い分も分からなくもないけれど、やはり私としてはこう、もっと彼女を大切にしたいわけで。
もちろん、最終的にはそういうこともするかもしれない、とは考えているけれど、とにかく今の段階では『早い』と思っている。
そうしてどう言葉にしたものか悩んでいる私の手を鈴音は掴むと、不意に自身の胸に押し付けた。
「っ!? な、何してるの……!?」
「つばめは、わたしとしたくないの? えっちなこと」
――私は今、試されているのか。
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