第33話 見張りに集中しろよ

 ギミック中心の迷宮というものは、仕掛けがわかってしまえば速いもので、カイニスから下級魔法を教わりながら進んでも、先程よりもスムーズに進む。

 その上、一度扉を開くと、しばらく閉じないらしい。閉まる条件が時間経過なのか、4階層を出ることなのか、それとも地下迷宮攻略なのかはわからない。

 少なくとも、別の魔法に反応すると閉まるわけでもないらしい。


「閉まらないなら閉まらないで、構わないんだけど……」

「元々は騎士団の連中が閉めてたのかもね」


 それは考えられる。

 試験会場として利用していたなら、次の挑戦者が入る前に整備しているだろう。

 それこそ、ブギーマンのような神出鬼没の上位のアンデッドが巣食っていたら、騎士見習いだけではどうにもならない。


「つまり、魔法なんか使えない異世界人を放り込むけど、万が一にも攻略できないように、先に道を塞いでおいたってこと? 用意周到だねぇ。普通、何も知らないんだったら、下じゃなくて上を目指しそうなものだけど」


 入口には見張り。洛陽の旅団が偽りの希望として示している出口は下に存在する。

 しかし、旅団の協力のない時代にその情報はない。偶然、異能に目覚めたとして、その力を放つのは地下迷宮の攻略下層に向けてではなく、脱出上層に向けてだ。その方が、助かる可能性がある。


「その辺は考えても仕方ないか……」


 単純に、扉は常に閉めているものだったのかもしれない。考えたとして、あまり意味のないことだ。


 わかった事実として、まず一つ目。

 扉の魔法感知の有効範囲内で、異なった魔法を使うと、小型の魔物が襲撃してくる。これは既に開いていても変わらない。

 二つ目。

 魔法扉の開錠条件は、有効範囲内で改めて対象の魔法を使うこと。

 加護がついている剣や水では意味がない。それで開錠できるなら、加護が大量に付与された鎧や剣を持っているだけで素通りできることになってしまう。

 なら、松明がどうして反応していたのか。これは、松明の火を移すことで、新たに魔法が発生したと誤認したのだろう。

 案外、ガバガバな判定だ。


「”ウインド”」


 つまり、結局総当たり戦。最初のは、完全なるビギナーズラック。


「ふぅ……外れか」


 動かない扉に、ため息をつく。地図を照らし合わせて、疑わしい壁の付近を全員で捜索。おそらくヒントである属性が描かれていたであろう部分を見つけては、総当たりで魔法を試す。

 ハズレて現れる魔物は、カイニスやクレアたちに任せ、護衛可能な程度で魔法を試し続ける。


「エリサさん。そろそろ変わりますよ」


 斥候班で、魔法が使えるのは、カイニスと日下部のふたりだけ。

 魔力は直接的ではないとはいえ、体力を使う。下級魔法とはいえ、総当たり戦で何度も繰り返し使っていれば、消耗もする。


「カイニスは戦闘もこなせるけど、私は戦闘はムリ。どっちが、魔法の無駄遣いするべきかははっきりしてるよ。風の強い魔法とか知らない?」

「知らねぇっす。けど、エリサさんの魔力量だってわからないのに、あんまり無理して使うのは……」


 魔法を使える存在として貴重なふたりではあるが、片や魔物とも戦闘をこなせるが、片や戦闘ではお荷物な存在。

 どちらが優先して魔法属性の総当たりを行うかは、火を見るより明らかだ。


「カイニスは魔力量多いの?」


 貴族だったのだから、血縁で魔力量は多いのかもしれない。


「いや、俺はそんなに……センスもあんまなかったし」

「んじゃ、いいんじゃない? 先生の話じゃ、エリちゃんの魔力量少なくは無さそうって話だし、センスは…………あるなし関わらず、あんま危ないのは使わないでほしいなー」

「アレックスさんにケチらず、他の魔法も聞けばよかったなぁ」

「話聞いてた?」

「”危ないの”でしょ」

「ハハハハー……」


 クレアの乾いた笑いだけが響く。


「カイニス。戻ったらクーちゃん抑えておいてくれない? 戻ったら即上級魔法聞いてくるから」


 絶対アレックスに口止めする気だと、クレアを指させば、カイニスも良い顔はしない。


「クッソ……味方がいねぇ。そうですか。でも残念でした! 私にゃ、精霊がついてるし! ノームなら落とし穴速攻で掘れるし! 首まで埋めてやる!」

「普通に凶悪なんだけど……それ、掘り返してくれるわけ?」

「掘り返せると思ってるわけ?」

「せめて、救出の手段考えてからにしろよ」

「……水で土をふやかして、掴まれる枝を差し出す」


 掘り返すなどと優しい答えが返ってくると思った自分が間違いだった。

 身動きの取れない落とし穴の中で、水攻めなど勘弁願いたい。

 頬を引きつらせていると、突然日下部が辺りを見渡し始める。


「どうしたの?」

「あ、いや、たぶん精霊……?」


 どうやら精霊が周辺にいる気配があるらしいが、生憎精霊を見ることのできるクルップとルーチェはここにはいない。辛うじて感じることのできるのは、日下部だがそれもなにか精霊にアクションを起こされた時に、”なにかしている”程度の認識だ。目的は一切わからない。


「ノームやノーム。土を掘れ」


 今回の扉は土属性が当たりだったらしく、扉が開く。


「いえーい。ノームが当たりを教えてくれてたとか?」


 上機嫌な日下部にクレアは、休憩をしようと提案する。

 4階層の攻略方法がわかってから進みが速い。斥候の役目ではあるが、本隊と離れすぎるのも危険だ。なにより、いつ閉まるかもわからない扉に、総当たりで魔法を扱う日下部の魔力量がわからない状況では、いつ限界が来るかもわからない。少なくとも、斥候班にカイニスと日下部以外にロクに魔法を使える人間はいない。


「結構、進んだね」

「そうね。僕、見張りしてるから、カイニスとエリちゃん、休んでなよ」

「ノームの加護とか――」

「エリちゃんさぁ、魔法使える何のための休憩連中は休めかわかってる?

「ふぁい」


 凍り付いた笑顔に、気圧されたように返事を返せば、苦笑いをして見張りに向かったふたり以外は、松明で小さな焚火を作り、腰を下ろし休憩を始める。

 当たり前のように横になった日下部は、ふと妙な気配に目をやれば、戸惑ったような表情の団員たち。日下部は少し考えるように視線を巡らせると、起き上がる。


「普通に休みを享受しようとしてたけど、ダメなのでは?」


 今まではカイニスとクレアが交代で見張ってくれていたが、今は班で行動しているのだ。三人の時とは違って、納得しない人間もいるかもしれない。


「い、いえ、そんなことは! 異世界の方は、戦闘訓練も受けてないそうですし、正直見張りといっても……」


 慌てて否定するが、続いた言い訳の言葉が、相手を侮辱しかねない言葉だと気がつき、尻すぼみになっていく。

 だが、事実だ。慣れていない異世界人の見張りなど、信用できるはずもない。2階層の拠点でも、慣れていない見張りで危険な思いを何度かしていた。

 

「も、申し訳ありません」

「謝る必要ないでしょ。むしろ、本来謝るべきは、遠慮なしで横になった事だろうし」

「いえ、それほど我々を信用してくださっていることが驚きで……」

「…………なるほど! そういうこと!」


 驚いていたことは、会って数日の人間の前で、横になって寝ようとしていたことらしい。

 危険な迷宮の中、信用の置けない人間の前で寝る。

 危機管理ができる人間なら、まず行わない行為だ。


「カイニスさんを、それほどまでに信用しているということですね」

「確かに、実力は我々より勝りますから」

「そ、そんなことないっすよ。クレアさんには、普通に負けましたし」

「負けたっけ?」


 明確に勝負がついたことが無かった気がするが、3階層で戦い以来、ふたりだけで戦っていたことでもあったのだろうか。


「俺ひとりじゃ負けてましたよ」

「んじゃ、ふたりなら互角? 今度は、不意打ちかまして勝とうぜ」

「互角ってか……俺の想像してる記憶と、エリサさんの記憶合ってます?」

「合ってると思うよ?」

「っすよね……」


 苦虫を嚙み潰したような表情で、こめかみを抑えているカイニスは、考えるのを辞めたらしい。


「でも、クレアさんに不意打ちは難しいですよ」

「確かに。どちらかって、クレアさんも不意打ち派だからな」

「流派もないようなもんだって話だしな」


 実力者を募った元第十三師団は、他の騎士団に比べて貴族は少なく、いても下級貴族などの上流階級からは見向きもされない貴族であり、そのほとんどは元冒険者や剣術道場、傭兵といった人間で構成されていた。

 出自は関係ないが、彼らは流派などでコミュニティができていた。


「結成当時はどの流派が一番だとかで揉めてなぁ」

「あったあった! アレは……地獄だったな」


 遠い目をする彼らに、カイニスも横になった日下部も不思議そうに目をやれば、苦笑いで続けられた。


「最初は一対一の魔法なしの模擬戦だったんですけど、クレアさんが周りを煽って乱闘騒ぎになって、サナさんまで参加し始めた辺りで、魔法まで飛び交い始めて……」

「いや、ホント、団長たちがいなかったらどうなってたことか……」

「むしろ、よくあれ止めたよな……」

「そんなにすごかったんすね……俺も酒場で暴れてテーブルが飛ぶくらいならありましたけど」

「訓練場が一個潰れた」

「は……?」


 意味が分からない。

 結成直後に全滅しかけた部隊として、一躍有名となったことに、当時団長であったアポロムやハミルトンも頭を抱えた。


「結局、クレアさんとサナさんは、ハミルトン副団長とオルドルさんと羽交い絞めにして止めてて」

「懐かしいなぁ……最終的に、ハミルトンさんまで乱闘騒ぎに参加して、オルドルさんがキレたんだよな」


 懐かしそうに話し続ける彼らを邪魔しないように、カイニスに目をやれば、オルドルは第十三師団の参謀的立場であり、この地下迷宮には来ていないという。

 研究都市でも有数の賢人であり、見逃された可能性が高い。


「「――っ」」


 楽し気に話すふたりは突然、振り返ると、鈍い表情をしながら、向き直る。


「?」

「あ、いや、なんでもないですよ」

「…………あ、そっか。今、クーちゃん見張りだから離れられないのか! 言いたい放題! やりたい方ダッーー」


 鞘に収まったままのナイフが、起き上がった日下部の額に突き刺さった。


「”寝ろ”ですって」


 のぞき込んできたカイニスが、地面に落ちたナイフを回収すれば、日下部の額は少し赤くなっていた。


「今こそクーちゃんのクッソ恥ずかしい過去を知るべき時だと思うんだ。そして、それを餌にこういった行動をさせないようにする」

「その前にもう一発、今度は長いのが飛んできますよ」

「投げるのは、私の専売特許ですう……キャラ被りは許しません」


 手元に転がっていた石を投擲紐に結び付けると、低い姿勢のまま離れたところで見張りを続けるクレアに投げておいた。

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