第32話 2択の神ってかっこいいだろ

 キャンプを出て数時間が経った。入り組んでいるというのはその通りで、一歩間違えば迷子になる。

 だというのに――


「この地図、あんま正確じゃない」


 おそらく地図が正確ではないというより、4階層の特徴だ。

 迷路に近く、強い魔物が蔓延るわけではない。突然襲われても、戦闘に慣れている冒険者や騎士であれば対応できるくらい。武器や防具が揃っているなら、容易に攻略できるだろう。

 1階層は、罠があるトラップ地帯。

 2階層は、原型を留めていないので不明。

 3階層は、比較的単純な構造で、鋼鉄牛などの強力な魔物に、群れで行動する狼の魔物が巣食う、戦闘中心の階層。

 4階層は、地図とは異なった光景が広がっていて、おそらく1階層に似たギミック中心の階層。


「また行き止まりっすね」


 カイニスが壁を見上げる。これで何度目だろうか。

 壁をノックしてみても、鈍い音だけが広がる。ノックしたところで、向こうに空間があるかはわからないし、それ以前に、迷宮の壁に穴を開けるのはまず不可能。

 なにか行動を起こすことで開く扉なら、おそらくその扉は対象の行動以外で開けようとすれば、外壁と同程度の強度だ。迷宮にいるなら迷宮のルールに従え、ということ。


「しかっし、コンセプトに一貫性がない」


 今までは既に探索済だったおかげで、すんなり進めたが、これは少し面倒だ。


「初心者向けってやつじゃない? あるよね? 駆け出し冒険者が最初に案内される一先ず、迷宮らしいもの全て体験できる迷宮」


 チュートリアル的な迷宮は、存在するらしい。冒険者ギルドが攻略済の迷宮をいくつか見繕って、迷宮探索を希望している駆け出し冒険者を案内するらしい。

 ここは騎士見習いの最終試験場にされていたのだから、騎士団としての目的は同じかもしれない。王城の足元にあったことは、偶然か必然かはわからないが。


「どうしますか? なにか仕掛けがあるようにも見えませんが」


 ギミックならギミックらしく、あからさまでなければ、あるかもわからないものを探すことになる。

 砂漠でひとつの砂を見つけるような作業。それでも全員で壁や床を火で照らしながら、何かないかと探し回る。

 しかし、やはりなにか手掛かりは欲しい。


「ねぇ、騎士団って必ず魔法が使えるとかある?」


 騎士見習いができて、旅団の人間ができないこと。思いついたのは”魔法”。


「ほとんど貴族たちだから、使えないやつの方が少ないよ。まぁ、使えるつっても、カイニスみたいに焚火の着火程度の魔法だけどね」


 貴族として最低限程度の魔法である、使い道がほとんどないと言われている下級魔法。少しでも魔力があって、幼い時から教育を受けられる環境さえあれば使える。

 カイニスも下級魔法であれば使えるが、魔力はあまりないらしく、あまり使っていない。


「とはいえ、毎回火を起こすの面倒だし、普通は一度火を起こしたら、そこから移していくけどね。着火剤も節約になるし」

「薪に直接すればいいじゃん」

「下級魔法じゃ、薪に直接はムリっすよ。細い枝ならギリギリ……ってところっすね」

「まぁ、便利くらい……?」


 ないよりもある方がいいが、別になくても困らない。下級魔法というのはそういう程度の物らしい。

 火のエレメントの節約だとは思っていたが、焚火の着火ができるなら、アレックスが旅団全員に教えてた方が楽な気がしたが、労力に見合わないのだろう。


「あれ……これって」


 何かに気が付いた声に近づけば、壁に奇妙なくぼみがあった。


「何か彫られていたようですが、削られたようです」

「元々彫られてそうなものに心当たりは?」

「いえ……自分も初めて見たので」


 つまり、ここに何かギミックのヒントが彫られていて、それを誰かが削って見えないようにした。


 不可能では?

 問題文のない自由回答の問題で正解を答えろなんて、ムリだろ。ムリ。これほどひどい虫食い問題は知らない。

 私の不機嫌な理由を当てろクイズより理不尽だ。


「ひとまず、この壁が当たりってことで、壁を押してみます?」


 カイニスが今まで攻略したことのある迷宮では、壁の石を押すことで動くギミックもあったという。大抵、間違えたものを押せば罠が発動するのだが、背に腹は代えられない。

 慎重に壁を押していく。


「継ぎ目が他よりも少し深いっすね。やっぱり、ここが開くことは開くで間違いなさそうっす」

「そうはいうけど、これ毎回やるの? モーリスの奴、よくこんなのやれたな。だいたい、誰よ。あのヒント消したの。これじゃあ、試験を受けに来た騎士見習い連中が解けずに死ぬだけでしょうが」

「じゃあ、地下迷宮を牢屋にすると決めた時に、騎士団が消したんっすかね」

「用意周到だな……嫌になる」


 危ないからと少し遠くから壁の確認する様子を眺める。

 そして、地図へ視線を落とす。この壁が本当に開くなら、地図通りだ。つまり、最短ルートでゴールを目指しつつ、壁を発見したら壁を捜索、ギミックの解除。

 ギミック以外は地図さえあれば難しくない。

 そのギミックさえわかれば。


「……」


 地図の中央左側にある現在地を指さし、最短ルートをなぞって模索する。

 ひとつ見つけては、次の道へ。そのたびに指を現在地に戻しては、進める。 


「はーい。質問。モーリスは、ここは迷子になるって言ってたよね?」


 隣で周辺を警戒している旅団に問いかける。


「はい。実際、は、隊長も頭を悩ませていまして、攻略が進んだのも最近の事です」

「最近……具体的には?」

「えっと……」


 日付という感覚がない迷宮で、具体的っていうのは難しいか。


、とか」

「そう、ですね。その後の探索からだったかと」


 ギミックの内容はわかったかもしれない。


 先程、団員が言っていた、モーリスが”地図と実際の道が異なっていることに気が付いていること”は、つまり今の自分たち同様、地図に記載されていない壁が存在するからだ。

 そして、”初めて見た”と言っていたということは、4階層の半分ほどに来るまで、ギミックをギミックとして解いて進んできていないということ。

 偶然、解いてしまっていたということ。そうでなければ、カイニスが壁の捜索を提案するまで、黙って眺めているはずがない。

 決してゼロ嘘つきがいるではない可能性はあるが、それならクレア嘘つきが何かしらの行動をする。


 明らかなミスリードがなく、今までの言葉が事実ならば、重要なのはその間に何があったか。


 そう、だ。


「石を規則正しく押すとかいう仕掛けじゃなさそうっすね」

「そっか。じゃあ……」


 今回重要なのは、神器本体ではない。後に残した大量の火のエレメント。

 魔物除けのために、獲得した火のエレメントの炎は、拠点各地に置かれている松明に灯された。つまり、現在洛陽の旅団が使用している松明の炎は全て、魔力が籠っている。

 それは魔法を使っているのと同義。


 もし4階層が、魔法を駆使したギミックを解くことで進むことのできる、”魔力適性を知るための階層”であるなら。

 

「カイニス。下級魔法って、火以外に何があるの?」

「簡単な身体強化と、属性魔法なら風、水、土っすね」


 身体強化は、身体能力が飛躍的に向上するわけではなく、迷宮内などの暗闇での視界確保などらしい。


「待って。暗闇でもよく見えるってこと? 教えてくれても良くない?」


 今までカイニスたちが、よく暗闇から出てくる魔物にすぐに反応できているなと思っていたが、形はなんとなく見えていたらしい。


「ずるい……」

「教えたら、エリサさん、絶対飛び出すじゃないですか。ある程度見えても、強い魔物ほど隠れるのも得意なんすから」


 自分でも想像できてしまうのが、本当に申し訳ない。

 結局、急に脇道に飛び出すことはしないという約束の上で、属性魔法含めて下級魔法を教えてもらえることになった。


「でも、精霊魔法の方が強いっすよ?」

「ロマンが違う」

「それならいいっすけど……何の属性からいきます?」


 間違えたらペナルティという可能性もある。

 慎重に選びたいところだが、ヒントがない。


「風かな」

「風っすね。なら……”ウインド”」


 カイニスの伸ばす手の方へ、そよ風が吹き抜けていく。

 これでは、女子高生のスカートすら捲れない。


 確かにかっこよくもないし、使い道も少ない。使われない理由も、耳を少し赤くしているカイニスが魔法が使えることを言わない理由も察せた。


 しかし、カイニスの恥ずかしさに報いるように、壁は音を立てて動き始め、壁の向こう側が現れる。


「すごい! 一発屋! ほめて!」

「すごいすごい。四択得意なエリちゃんの称号上げる」

「残念二択です。二択の神と呼んでもらおう」

「二択?」


 不思議な顔をこちらへ向けるカイニスとクレア。

 どういった条件でこの扉が反応するかは不明だとしても、少なくとも正しい属性魔法を発動させることで扉が開くことは確定した。

 次に確認したいことは、どの程度の距離であれば扉が反応するか。


 これを考えるには、まず先行していた旅団が扉の存在に気が付いていないことがある。

 つまり、彼らが視認できない距離で扉が開いていたことになる。開いていた原因は、火のエレメントによってつけられた松明の炎。

 松明で照らして視認できない距離が、対象距離となる。

 細かな距離はわからないが、それなりの距離で直接当てる必要はないと考えられる。

 そうなれば、まず火属性。もちろん、松明の炎があるので、これは除外。

 次、肉体強化。これもカイニスが迷宮に入ってからは、ほとんど常に行っているため、除外。


「まだあと三つあるけど?」

「水は、飲み水があるじゃん。あれも、水戸部さんがチート……じゃなかった、神器の異能力で関わってるんだから、魔力はあると考えた方が自然でしょ」


 今までだって、4階層を半分は進めていた。火だけでそこまで進めるとは思えない。

 何かしら、別の属性も反応していると考えるべきだ。


「土はクルップ爺さんがノーム呼んでること多いし、カイニスとクーちゃんの武器は特注でノームの加護つけてたから、反応する可能性がある。つまり、風が一番可能性がある」

「つまり、一択」

「ちがっ……違うって! ほら、四択って知識で削って、最終的に削り切れない選択肢の期待値に高い方選ぶじゃん!? 今までの記憶消そう! それがいい! 神懸かった勘!」

「いや、ちゃんと絞り込める方がかっこいいっすよ……?」

「二択の神の方がかっこいい……」

「絞り込みの神って言ってたげるから」

「なんかかっこ悪いからやだぁ」


 子供をあやすようにクレアから宥められるものの、嫌だと首を横に振り続ける。

 絶対に、二択の神の方がかっこいいじゃないか。

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