第31話 善処はする
水が
文字通り、球体になって持ち上げられる。
「すっげぇ……ウォーターカッターとかできるんですか?」
「できませんよ」
水戸部に聞いてみれば、ありえないとばかりに否定される。
2階層の水が溢れていたところも、崩している様子はなかった。素早く水を飛ばすことはできないのかもしれない。
「ですから、できるのは水を持ち上げるくらいですって」
それが異常なのだが。
しかし、ランタンも振れば炎が出て、その炎を吸収することもできた。
「じゃあ、何もないところから水を出せるとか」
「何を言ってるんですか……?」
頭の痛い子を見る目だ。
「いや、でも、あの川だって……」
確か、2階層の川はひび割れたところから流れ出した水を貯めて流していた。本当に水を出すことはできないのかもしれない。
「アレは近くに水が流れている気配がしたから、ひび割れてるところから流れるようにしただけですよ」
人にはいくつかタイプがある。大きく分ければ、”言葉にするタイプ”と”言葉にしないタイプ”。
どちらのタイプであっても、真に面倒なのは”無自覚”であることだ。
言葉にするにしろ、しないにしろ、自覚があれば十分。理性で歯止めをかけられる。しかし、無自覚では歯止めの掛けようがない。
この人、言わないタイプ。
「気配がした?」
意図的ではないのなら、気が付きさえすれば止めようがあるということ。
「あぁ、この世界に来てから少ししてから、変な感じというか……なんか、妙な感じがしたんです」
水の手触りも変わり、何故だかわからないが、水を持ち上げる感覚をいつの間にか知っていた。
水脈の気配もだ。探そうとしたわけではなく、感覚的にひび割れのところから水を取り出せることが分かった。
「正直、気味が悪くて」
何故?
という言葉は出なかった。本当は、もっといろいろなことを聞きたかったが、水戸部の言葉の裏にある拒絶をはっきりと感じた。
どうやら、水戸部は異能の力をあまり良く思っていないらしい。
「でも、水戸部さんのおかげで、拠点はだいぶ変わりましたよ。それまでは、貯めた雨水だけでしたから」
「別に水を流しただけですし……」
ルーチェのフォローなど耳に入っていないようで、小さくため息をつく。
「嬢ちゃんたち! 避けろ!」
クルップの声に弾かれたように目をやれば、コウモリ似た魔物がこちらに向かってきていた。
「水、前に張って!」
「そ、そんなのムリです!!」
水の塊を盾代わりにしようと提案するが、即座に否定され、水戸部は首を横に振るばかり。肝心な水も重力に従い、地面に広がっている。
直後、前に出たルーチェの作り出した赤い結晶が魔物の翼を貫き、勢いが弱まった魔物を、投擲紐で括りつけた石で殴りつけ、地面に叩きつける。
「ひっ……」
叩きつけられる鈍い音と潰れた肉体に、まだ生きているらしい痙攣する動作に、水戸部は小さく悲鳴を上げた。
「コウモリ?」
死んでいるらしい魔物の元に屈めば、半分潰れているが、胴体はスズメバチにも似た体の構造をしており、尻尾の先には針ががついている。
「ニードルバッドですね。迷宮にはよくいます。毒があるので注意してくださいね」
「触るのもダメ?」
「ダメです」
針の付け根に毒袋があり、そこを傷つけないように採取され、利用されることがあるが、その処理には必ず手袋を使って採取する。
鋭利に尖った針を取れば、投擲のバリエーションが増えるだろうか。元々、狩りをしていた時から、ナイフを投げられれば殺傷力が上がることは思っていたが、ここは金属が貴重な地下迷宮。使えなくなった剣の破片を鋭く削り直したものは、貴重な弓の矢じりにされる。投擲なんて不確かなものに使われはしない。
しかし、目の前の針はあくまで魔物から採取したもの。資源面では、勝手に使用していたところで文句は言われないはずだ。
「ニードルバッドの毒と血が混じると、仲間を呼ぶ匂いを発生させるんだ。使うって言うなら、針をきれいにしておくが……水もあるしな」
「こう、コマみたいに打ち出したい」
ライフリングみたいに軌道が安定してくれると良いが、コマを横にして回したことがない。
クルップも何がしたいのかは分かったらしく、加工してみると言ってくれた。
危ないからと取り上げられたニードルバッドの死体を追いかけ、視線を上げれば、少し離れた場所でこちらを見つめる覚えのある視線。
『――変なの』
『――気持ち悪い』
『――頭おかしいから』
聞こえない言葉が聞こえた気がした。
蔑んだような、怯えたような視線。よく知ってる。
……めんどうだな。
「嬢ちゃん?」
「ふと思ったんだけど、クルップ爺さんに取り上げられても、身長的に取り返せる気がするんだ」
ドワーフの身長は低い。子供からおもちゃを取り上げるように腕を伸ばしたところで、立ち上がれば簡単に手が届く。
「ノームやノーム。穴を掘れ」
「へ!? うわぎゃっ!? ごめんなさい!!」
クルップの詠唱と同時に、足元のしっかりしていた床がサラサラの砂地に代わり、穴が開く。
加減はしてくれたのか、プールに浸かる程度で止まった。砂に埋まってる時点で、自力で抜け出せる気がしないが。奥で苦笑いしているルーチェとカイニスが助けてくれるだろう。
「てか、これができるなら、最下層まで穴掘れば良くない?」
カイニスに引っ張り出されながら聞けば、そうもいかないらしい。
”迷宮の壁”という素材があるくらいに、迷宮の壁というものは特殊で、魔法や攻撃に強い耐性を持つ。その上、迷宮独自の効果を持っている場合もある。特に外や階を隔てる壁などは特殊な素材で、超強力な魔法や物理攻撃でもなければヒビを入れることも難しい。
外壁などはドワーフの技術を持ってしても、加工は不可能とされている。クルップも神器を複製しようとした際に、思いついた素材ではあるそうだ。
「迷宮の壁にも種類があってな。加工ができるものもあるんだ」
「でも、加工ができる程度だから、神器の複製にはならない」
「そういうことだ。複製に使えそうなのは、儂の腕じゃ、傷ひとつつかんかった」
試しに迷宮の壁にナイフを突き立ててみれば、小さな傷がひとつ。クルップが操作できる壁でこの程度しかつかない。
「あれ? でも、外壁が手に入ってるってことは、切り出してる人がいるってことだよね?」
「切り出しているというか、破壊ですね。それこそ、魔王様とか強力な魔法が使える人なら、破壊することもできますから」
「あとは自壊システムがある迷宮もあるんで、そこから流出していることもありますよ」
案外、破壊そのものはできるらしい。
確かに、2階層も大きな穴が開いているし、加工は不可能でも、破壊そのものはできるということか。
「そのまま盾にする以外に使い道が思いつかない」
「それか、組み直して城壁にされてるな」
盾はスケールが小さかったな。元々壁なんだし、壁に組み直せば、頑丈どころの話ではなくなる。むしろ、王都の下が地下迷宮というのは、避難場所としても考えていたのかもしれない。
結果、一部破壊して、王都の城壁に使ったのかもしれないが。
「……なにしてんだ」
「落とし穴から救出されてる」
斥候班を送り出すため、声をかけに来たモーリスが、カイニスに引っ張り出されている日下部を見て、眉を潜めた。
無事、救出された後、差し出されたのはきれいな地図。
「? 持ってるけど?」
「何かあった時に、あの地図じゃすぐに判断がつかねぇだろ。交換だ」
キャンプ地を作りながら進んできているため、本隊の方は撤退となれば、最悪キャンプ地を進むながら後退できる。しかし、それよりも先に進んでいる斥候は、凶悪な魔物が現れ逃げた時、道がわからなくなってしまう可能性がある。
地図を持っているとはいえ、入り組んだ道が特徴の4階層にとって、それは致命的。
2枚とも渡すことはできないが、より正確できれいなものを持っている必要がある班は、本隊ではなく、斥候だ。
「え、マジで? いいの……?」
旅団とは、あくまで協力関係。モーリスの考えを理解できないわけではないが、ハイそうですか。と納得できるわけでもない。
信用のおける味方じゃない相手に、貴重品を預けるなど、いくら危機感のない几帳面で優しい日本人でもやらない。
「探索班のリーダーは俺だぞ。俺が交換で構わねぇって言ってんだ。とっととテメェの渡せ。探索中だけは交換だ」
「でも、読めないじゃん」
「クルップが読めるだろ」
一番あの地図を読解するのが速いクルップに、地図を読むのは任せるらしい。
少し納得できない気もするが、これから4階層を探索するってことを考えれば、交換は利のあることだ。地図を渡し、向こうの差し出す地図を受け取ろうとするが、一向に向こうの手が離れない。
渡す気が実はないのではないかと、モーリスを睨めば、同じようにモーリスもこちらを真剣な表情で見下ろしていた。
「一時的とはいえ、俺の部下を貸すんだ。無傷とは言わねぇ、ただ、殺すな」
時間稼ぎが目的だ。
それで死んでは意味がない。
浮ついた熱の彼らを抑えろと。それがお前の役割だと。
「善処します」
強いてあげるなら、任せる相手が間違っている。
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