第30話 訳ありなら仕方ない

 地下迷宮に流れる水路。確かに発案者は自分であり、作業に手を出していないのだから、こうして違和感のある空間に文句を言っていけないのはわかる。

 わかるが、やはりロマン感が薄れる。


「迷宮の中にこうも、人工物がある違和感。坑道か何かの間違いな気がする」

「拠点はもっと坑道な感じっすよ」

「マジか」


 カイニスの言う通り、3階層出口は坑夫の休憩所のような建物が建っていた。

 水路は問題なく流れてきている。やはり、緩やかな下り坂になっているらしい。


「これって高い場所に流れを作るのはできないんですか?」

「無理ですよ。一時的に持ち上げるとか、そういうことならなんとかできますけど……」


 水戸部に確認するが、自分が関わらない間は自然の摂理に反することはできないらしい。逆に言えば、水戸部がいる状況であれば、水を持ち上げることもできるという。

 川はそうして作ったらしい。羨ましい。


「しかし、運が良かったな。彼女が地上に行かない物好きで、こうして危険な探索班へ名乗り上げてくれるお人好し。お前、今回はなんて言ってそそのかした?」

「えぇー……お前の頭の中の僕のイメージどうなってんの? 僕ってば、こんなに純真だっていうのにさ」

「バカ言え。お前の口八丁なんざ聞き飽きてんだよ。ちょっと顔が良くて、腕っぷしが強いだけだろ」

「十分じゃない?」


 モーリスの言う通り、運が良かった。

 この作戦も水戸部が地下迷宮に残ってくれたからこそ可能な作戦だ。


「……上で何があった?」

「共有されている以上のことはなにも」

「嘘つけ。テメェがこっちに配属される理由なんざ、何かねェ限りありえねェだろ」


 ハミルトンは、洛陽の旅団の団員も含み、この地下迷宮に救いがないことを悟らせないため、信頼できる数名にだけに延命処置のことを伝えていた。モーリスもその一人だ。

 延命処置において、必要なことはふたつ。

 ひとつは、助かる希望があると勘違いさせ続けること。迷宮攻略による釈放という希望を見せ続ける、これがモーリスの役目。

 もうひとつは、調和を乱す存在の排除。拠点での不穏分子の発見は、ハミルトンとアレックスの役目。

 そして、拠点内外問わず、見つけ出された不穏分子の粛清役を担っていたのがクレア。そのクレアが、役目を放棄して意味のない探索班に編成されるなど、よほどの理由が無くてはならない。


「ないって。そんなに信用ない?」


 しかし、口を割る気配は無い。


「そうかよ。じゃあ、あの嬢ちゃんに聞くか」


 そういって、日下部の元へ向かおうとするモーリスの足に引っかかる何か。

 躓きかけて、意地悪くも鞘に収まったままの剣を差し出したクレアへ目をやる。


「テメェ……」


 日下部が原因なのは明らかだが、張り付けた胡散臭い笑みはそれを知ることを許さないだろう。


 ぼんやりと地図を眺める。モーリスの言った通り、4階層は入り組んだ地形で、他の階層と同じ紙に書けば、判別するのが難しかった。

 自分でも解読に時間が掛かるし、他の人間はもはや地図として認識すら不可能。辛うじてクルップが読める程度だ。


「エリサさん」

「ん? どうしたの? カイニス」

「水、もらってきましたよ」

「ありがとう」


 お礼を言いながら、ぬるくなったお湯を受け取れば、どこかデジャブを感じる。


「…………大丈夫だよ? さすがに私もそこまで社会性なくないから」


 ランタンを壊した後だ。拠点に妙に馴染めなかった時にも、カイニスは何度か様子を伺ってきていた。冒険者たちを取りまとめる役割を担っていたのだから、前から少し離れている人間を気にしていたのだろう。

 大人しそうな顔をしてるルーチェすら我は強いようだし、冒険者の相手というのは大変なのだろう。


「え、あ、まぁ、それは心配ではありますけど、それを言ったら俺も黒竜ですし、歓迎はされてないっすよ」

「大丈夫だよ。歓迎というより信頼されてる。それに、クルップ爺さんとルーチェは旅団からすごく歓迎されてるし、カイニスはその枠の中に入ってる。クレアから腕を買われてるのも十分知れ渡ってるみたいだし」


 優しい性格に普段の物腰の柔らかさも相まって、むしろここにいる旅団の人間からは好かれているようにも見える。

 隣に腰を下ろしながら、カイニスは自分のコップに口をつける。


「エリサさんもです」

「?」

「アンタだって信用されてる。本当にこの迷宮を攻略しちまうんじゃないかって、向こうじゃ噂になってますよ」

「……比べる相手が悪くない?」


 比べる相手が、攻略しているように見せて、本当は攻略する気なんてない連中だ。本気で攻略を考えている人間とは違うだろう。

 それを理解しているカイニスは苦笑いを零すしかない。


「そういえばさ」

「はい」

「ルーチェってなんで生きてるんだろ」

「はい?」


 クルップのことばかりで後回しにしていたが、ルーチェは不思議な存在だった。見た目の問題ではなく。

 この国は”人族至上主義”であり、それ以外の種族は下等種族とされるが、信心深く、神秘に近い存在として純血のエルフやドワーフといった種族へは比較的友好的とされる。

 クルップはドワーフであり、他国との問題は大いにあっただろうが、ルーチェは別だ。

 ダンピール。亜人の代名詞みたいなものだ。大きな後ろ盾でもなければ、幽閉ではなく処刑で良さそうだ。


「助手?」

「いや、ふたりが会ったのはここが初めてだと思いますよ。ルーチェは最近、用があってうちに寄ってたみたいですし。見た目がアレなんで有名でしたけど、冒険者歴は長くないっすよ」


 アポステル大国で、亜人が路銀を稼ぐことができる場所は数少ないため、カイニスたちと同じ領地にしばらく滞在していたらしい。その時も、あの女の子のような容姿で冒険者たちから引く手数多で、その後いろいろな意味で酒が飛ぶように売れたという。

 地下迷宮では、ルーチェたちもカイニスが幽閉されていることを知って、旅団の拠点へ入れてもらえないかと頼んだらしいが許可は下りなかった。そして、せめてもとあの川原にはノームの守りが掛けられていたらしい。


「じゃなきゃ、俺もすぐに旅団に見つかってましたんで、助かりましたけど」


 黒竜なんて早々に排除したいであろう不穏分子を、どうしてクレアが見過ごしていたのか、若干疑問ではあったが、性格的に大人しいというのと、戦いに発展したらお互いただでは済まないからとか、そういう事情かと思ってたが、単純にキャンプ地を発見されていなかったのか。


「なんかごめん」


 発見された原因、自分だ。これ。


「何で謝るんすか。むしろ、エリサさんのおかげっすよ。じゃなきゃ、あのまま死ぬのを待つだけだった。天使のお導きってやつですかね」

「翼の捥がれた天使は詐欺師だぜ。気を付けな」


 自己啓発本の帯に映っていそうな決顔をすれば、カイニスが変なものを見たとばかりに笑いだし、つられて笑った。


 4階層に足を踏み入れたものの、正直代わり映えのしない見た目。しかし、モーリスの言った通り、道の幅がやや狭く湾曲している。方位とかがわからなくなりそうだ。

 そのため、目印であるキャンプ地を多く作る作戦だが、その分進行速度は遅い。探索済の箇所の設立中は、時間を持て余してしまう。


「あぁ、それはたぶん、ぼくのお父様がリカルド殿下だったからですかね」


 ルーチェの疑問について、本人に聞いてみれば、聞こえてしまった数人が凍り付いた気配を感じた。”リカルド”という人物に心当たりはないが、”殿下”という単語に覚えはある。

 元の世界と同じ基準で言えば、陛下の次、おおよそ次期国王のことだ。

 その上、今の凍り付いた気配。きっと大きな違いはない。


地下迷宮ここにいる時点で、大した問題じゃないが、マジか」

「旅団ってこういうの調べないわけ?」

「いやだって考えないでしょ? 耳が痛いから言わないで」


 カイニスも驚いている辺り、知らなかったのだろう。

 モーリスの言う通り、現に地下迷宮へ幽閉されている状況で元の身分など意味はない。強いてあげるならば、カイニスのように領地を焼いているなどの危険人物になりえるならば、その情報は必要だろうが、この閉鎖空間にいる時点で今までの社会制度における立場など意味は持たない。試されるのは、自分の能力だけ。

 しかし、だ。


「でも、ぼくは非公式の子供ですよ……?」

「むしろ公式だったらびっくりだよ」


 人族至上主義の王族が、魔族と子供を作ってるとか大問題も大問題だ。むしろ、母と子供諸共処刑して、もみ消しコースじゃないのか。


「お母様には危険だから、アポステルに行くのはやめた方がいいって言われてたんですけど、どうしてもお父様に会いたくて」


 王都に入ってすぐに捕まり、牢屋に捉えられた後、この地下迷宮に幽閉されたという。その間に王宮でどんな話し合いがあったか。ルーチェが生きていることを見る限り、少なくともリカルドは庇ったのだろう。逃がせばいいのに。それとも、そこまでの力はないのか。

 ルーチェにとって、この地下迷宮を攻略すれば釈放されるというのは、アポステルに来た理由である父への再会できるということだ。


「…………」


 思いっきり、ルーチェの前で嘘について話したな。


「エリサさん?」


 覗き込むきれいな赤い目に、罪悪感から目を逸らしてしまう。


「…………ルーチェのママ、美人さんっぽいもんね! ワンナイトくらい仕方ないって!」

「エリちゃん、さすがに最低だよ」

「ごめんなさい……」


 少しは反省してます。

 王族だし、女の一人や二人いてもおかしくないし。


「大丈夫ですよ。殿下なら、側室も多いですから」

「だよね!」


 頭に軽いげんこつが入る。

 クレアかと思えば、意外にもモーリスの方だった。そういえば、堅物そうな顔をしている。クレアの方に目をやって、指を指せば、にんまりと意地悪に笑われる。


「超堅物」

「ほーぅ……」


 悪いが、話題転換に付き合ってもらおうじゃないか。


 モーリスをからかうことにしたらしい日下部たちに、カイニスは何とも言えない表情をするとルーチェへ目をやる。


「すみません。がっかりさせたっすよね」


 地下迷宮攻略をしたところで地上に出ることができないかもしれないと、あの時、特に他意もなく話してしまったが、ルーチェにとっては大切なことだったはずだ。


「がっかりしていないっていうと、嘘になります。だけど、何故だかエリサさんの話を聞いていると、本当に嘘かもわからなくなって」

「まぁ……エリサさんは攻略する気ですし。でも、外に出られるかは……」

「それでも、手伝います」


 ひっそり国外で暮らすことはできたのだ。その平和を捨てて、危険なアポステル大国へやってきた。父であるリカルドに会うために。


「”リカルド殿下は男色化”って噂を聞いて、もしかしてって思ったんです」


 長い間、王族にも関わらず、妻を取らなかったことで有名になったリカルドの噂。もしかしたら、母のことを本当に愛していたからではないかと、本人へ問いたかった。それだけだった。

 なにより、捕まったのは自分の行いのせいだ。


「ぼくがこうして生きているってことが、きっとお父様の答えですよね」


 決して、一夜限りの関係などではなく、少なくとも母のこともルーチェのことも覚えているということだ。それだけで十分だ。

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