4章

第29話 4階層攻略会議

 ブギーマンの脅威も去り、さっそく4階層へ向かう。

 とはならなかった。


「今日もせいが出ますね」


 洛陽の旅団 第五拠点に、激しく燃え上がる炎があった。その前には、日下部とルーチェ。


「おう。クレアの坊主。そっちも戻ってきてたのか」

「ぼちぼち終わりそうでしてね。こっちは、楽しそうにしてるようで」


 ブギーマンの脅威が去ったことを確認した後、旅団は以前に日下部が提案していた水路へ着工することに決めた。

 簡易的ではあるが、水路ができれば補給班を減らすことができ、結果的に迷宮探索の速度が上がる。加えて、アンデッドの中でも霊体でなければ、壁を作れば十分侵入を防ぐことができるため、3階層へ新たな拠点を作る案も出ていた。

 クレアやカイニスは作業中の護衛を頼まれていたが、本来旅団ではないカイニスが護衛をする必要はないが、結果的に自分たちの理になると護衛を行っていた。

 結果、日下部は暇となり、クルップに頼んでいたはずの武器の手入れの手伝いをしていた。


「サラマンドラ。サラマンドラ。燃やせ。燃え上がれ。シルフやシルーーうわぁぁああ!?」

「エリサさん!?」


 手伝いついでに、精霊を使役する精霊術の練習をしているとは聞いていた。

 だが、突然大きく燃え上がる炎と吹きすさぶ風に、慌てるふたり。随分とデジャブを覚える光景だ。


「僕は魔法のセンスなかったし、知ってる奴も魔法は得意だったもんで、いまいちわかんないですけど、初めってあんなもんなんです?」

「ありゃ、精霊に遊ばれてんだよ。嬢ちゃんは、センスはあるみたいだが、精霊に好かれるタチみてェだな」


 精霊使いとして、センスがあることも精霊に好かれる体質は好まれる条件ではあるが、目と耳がほぼないことは致命的だった。

 むしろ、精霊に好まれる分、目と耳がないことは逆に危険な状態ともいえる。


「危険?」

「妖精やら精霊に好かれる奴は連れていかれちまうって、坊主の時に言われなかったか? 嬢ちゃんの両親も大変だったろうよ」


 地域によっても異なるが、どこでも必ず存在する妖精などに連れていかれた人の話。

 妖精や精霊に好かれるということは、妖精や精霊の世界に連れていかれる可能性があるということだ。言葉巧みに誘導するのも、力ずくで連れて行くにも、前触れに気が付ければ逃げることも対策をすることもできる。

 だが、日下部には致命的に目と耳がない。危険を判断する材料がなかった。


「なんだけどなァ……」


 聞こえていないはずの精霊たちの言葉を、理解している様子で動いていることがある。


「最近分かるようになってきたらしいっすよ」


 聞こえた声に目をやれば、カイニスが呆れた様子で慌てる日下部たちに目をやっていた。その手には鳥。護衛から戻ってきたわけではないらしい。


「あ、引っかかってた? 丸焼きにしよう! 任せて!」

「イヤです。ルーチェさん、すみません。護衛ありがとうございます」

「いえ、このくらい平気ですよ。エリサさん、先に窯の後始末してきましょう」


 先程シルフが暴れて散乱した窯を放置するわけにもいかず、ルーチェに腕を引かれるまま片付けに向かう。


 焼けた鶏肉を頬張りながら、砕いた骨を放り込んだ湯をかき回す。


「じゃあ、明日から探索再開するの?」

「うん。今度はそのミトベって子と一緒に進んで、水路を作りながらかな」

「あれ? 地図は信じてないんじゃないの?」


 地図そのものはあるが、2階層の変わりようから地図の信用は高くなく、探索班はまず地図の信用性の確認を行いつつ、迷宮を進む。

 3階層の出口までは、すでに道がわかっているため、水路を作れる水戸部を連れて行っていたが、4階層はまだ探索が済んでいない。

 探索の済んでいない階層へ異能力を持つ水戸部を連れて行く。危険は伴う上、迷えば訓練を受けていない水戸部はほぼ確実に水戸部は死亡する。旅団にとっては、異能を持つ水戸部の死亡は大きな損害になる。ハミルトンがそこまでの許可はしそうになさそうだが、それを選ばざるえない状況になったか。


「探索班の連中が盛り上がっちまってるのよ。ブギーマンも倒しちまって、本当に迷宮が攻略できるんじゃないかって。ほら、士気って大事でしょ?」

「士気は大事だわな。そもそも、クーちゃんが最初から探索班に入ってれば、よかったんじゃないの?」


 以前までは、旅団の師範でもある実力者であるクレアが、2階層に潜む罪人たちや騎士団からの奇襲へ警戒のために、探索班へ入ることはなかったが、今は探索班に加入することになった。

 その上、アンデッドの上位種であるブギーマンを撃退した魔法を使える日下部に、実力のある元冒険者であるカイニスの加入。

 消費しかされないはずの地下迷宮に現れた希望に、団員たちが浮足立つのも仕方なかった。


「地図的にも4階層さえ抜けたら、5階層は広い空間がほとんどみたいで、部屋の数は少ないみたいだし、本気にもなるよね」


 迷宮に主がいるなら、本来最下層である5階層に待ち構えているのだが、攻略済である迷宮にいるわけもない。つまり、ただのゴールで、行き止まり。

 4階層の探索が済んでしまえば、地下迷宮攻略目前バレるということだ。


「……ん? ん~~? クーちゃん、まさか……」


 今の言い方、探索している側の団員たちも、嘘を攻略すれば知らない外に出られると言っていなかったか。

 いや、まさか。元騎士団だろ。地下迷宮からの脱出ができないことを知らないわけ、ない。ない、よね……?


「道化は大変よ?」


 にこりと向けられた笑みに、砕けた骨を放り投げておいた。


*****


 翌日。

 3階層入口付近に新たに作られた拠点で、日下部を含め探索を行う団員たちは集まり、作戦会議が行われていた。

 仮拠点として、3階層出口付近と4階層入口付近にも、簡易的なキャンプ地は作られている。だが、人員不足のため、このキャンプ地が機能するのは探索班が4階層へ入る時のみ。それ以外は、誰もキャンプ地に駐在はしないことになっている。

 そのため、今回は進めば進むほど人は減り、退避する時には、後ろの部隊を回収しながら戻ることになる。かつ、自分の部隊の前後が途切れていないか、もし途切れたなら途切れていない方にそれを伝えなければいけない。


「一番前が一番ラク?」

「ラクっつーか、俺としては慣れてますね。隊を率いたことはないんで、単に迷宮を探索するって方がいいっすね」

「じゃあ、一番前かな」


 一番良さそうな配置へ希望をすれば、ざわついた。

 自分たちにとって、それが一番の選択と思って希望したが、最前線ということは、何か未知のことが起きる可能性がある最も危険な位置ということ。

 ただの魔物だけではない。むしろ、攻略済の迷宮故に、もし強敵がいるとすればブギーマンなどのアンデッドの可能性が高い。そこへ自ら希望を出す勇気に驚く他なかった。


「じ、自分も、最前線の部隊を希望します!」


 ひとりが覚悟を決めたように声を上げれば、続くように声を上げ始める姿に、クレアが小さくため息をついた。

 熱に浮かされた状態。死に急ぐようなものだ。

 自分たちなら迷宮攻略できると、武勇に続けと、周りが見えていない。


「ガハハ! 儂も混ぜてくれ! 嬢ちゃんひとりで精霊使うってのも心配だしな」

「クルップ爺さんが一番前とかない」


 クルップの意見を即決で却下する日下部に、浮かされた団員達の熱が一気に冷める。


「クルップ爺さんは、拠点整備に長けてるんだから、3階層の4階層の間の臨時拠点か、前線のキャンプにいてもらった方がいいでしょ」


 日下部たちは、あくまで洛陽の旅団とは協力関係なだけで、必ず足並みを揃えて探索する必要はない。

 しかし、キャンプを使わせてもらうことを考え、頭から否定するわけにもいかないし、クルップや異能者である水戸部は洛陽の旅団の一員。カイニスや日下部のように、じゃあ、結構です。と一言で終わるわけでにもいかない。

 あくまでクルップたちを巻き込むなら、納得してもらわなければいけない。


「一応、確認だけど、今回の4階層探索の主目的は、探索っていうよりも”持続可能な探索拠点の作成”でいい?」

「あくまで探索が主目的だ。4階層が危険であったり、地図との相違点が多い場合、水路の作成は見送り、撤退を優先する」


 以前より、迷宮探索班の班長をしているモーリスが否定する。彼も貴重な人員である水戸部を、不確定要素の多い地下迷宮へ連れて行くのは反対なのだろう。

 むしろ、嘘が浸透し攻略すれば解放さているこのれると勘違いしている状況で、正しく状況を袋小路と理解している相手と言えるのか。

 クレアへ目をやれば、へらりと笑われた。どうやらモーリスは道化らしい。


 つまり、モーリスにとって大事なものは人員を減らさない。そして、できうる限り士気を保ちつつ、迷宮攻略を遅延させる。


「しかし、モーリスさん。今こそ動くべき時では? 騎士団のことは理解しますが、自分には今が最も状況が整っているように思えます」


 旅団にどう嘘をついたかは知らないが、ブギーマンを撃退して高揚している士気で反感を買わずに落ち着かせるのは無茶な話だ。

 渋い顔をして不憫には思うが、こちらをちらりと視線を向けてくる彼を無視して、水を一口。


 迷宮攻略の作戦会議なんて、参加する気はなかった。旅団とはあくまで協力関係。行動を同じにする必要はない。が、その状況で支援をするわけもないのが現実。そのため、ある程度旅団にも利益のある行動をする程度には思っていたが、作戦会議まで参加する必要はないだろう。

 だが、モーリスが手を焼いている団員の士気の原因のひとつでもあり、いつの間にか一定の発言権ができてしまったらしい。

 なので、クレアを通して、昨日彼らを収める便宜を図ってほしいと頼まれていた。


「未開拓地を開拓する時には、ベースキャンプが必要だろ。その方がより安全に探索ができるし、長期的な探索もできる。毎回初めからやり直しじゃ、テンションが下がる」


 何も知らない団員たちからすれば、日下部たちは迷宮攻略に積極的な、袋小路を打破できる可能性のある人物であり、モーリスは実績と信頼はあるが、安全を第一に考えた日和見主義者。

 いわば、若手社員が勢いや流行に乗った新しい企画を、今まで定番商品で実績を積んできた社長などの上司へ企画をプレゼンしている状態。


「だから、ベースキャンプの安全性というものは重要だ。そこへ水路を繋げるのであればなおさら」


 何故、矢面に立たされているのか不思議だが、良く知りもせず、事前準備もなく矢面に立たせた方が悪い。

 根回しの大事さが良くわかる。


「正直個人のやり方だとは思うけど、端からクリアリングしていくのと、ある程度のリスク覚悟で進むか……」


 また血気盛んな団員が声を上げそうな気配がするが、それを抑えるように声量を少し上げる。


「で、4階層ってどこまで進んでるの? そこまでは、本隊含めて一気に進んでいいってことでしょ」


 4階層の3分の1といったところを指さされる。


「キャンプを作るなら、この手前だ。細い通路が湾曲した通路が続いている分、大型の魔物が襲撃してくるのは難しい。だが、見通しは他に比べて悪くなる。小型の魔物の危険はあるが、手前であれば防ぎようもある」

「結構入り組んでるしなぁ……魔物も小型が多いんだろうね」

「そうですね。大きいものでも、自分たちと同じ程度ですね」

「力は?」

「力?」

「土壁で作った臨時拠点を軽々と破壊しそうな力がある魔物がうろついてる?」

「ゼロではないが、軽々と破壊できる魔物はいないと思ってもらっていい。4階層の問題はだ」


 肩の荷が下りた気がした。


「なるほど。それなら、少人数の班を多数作るのは逆に危険ってことか。なら、斥候という斥候には地図が必要だな。それから本隊にも。撤退に絶対に必要な物だし」


 地図はこの地下迷宮で貴重過ぎるもので、探索班とはいえモーリスの持つ1枚だけ。どうするのかと少し動揺する様子も見られたが、ポーチから出した地図にクレアが微妙な表情をした。

 本来、2階層の地図であり、手書きで他の階層を付け加えたもの。他にも情報を書き込んでいるおかげで、正直汚いにもほどがある自覚はある。


「地図は合計2枚。つまり、斥候は一班だけ。それで安全地点を見つけ次第、簡易的なキャンプを複数立てていく」


 キャンプを複数作り、水路をそれらに流せれば、最悪拠点へ戻ることは可能になる。

 その上、キャンプを複数作るということは、その分時間が掛かるということ。モーリスの思惑にも反しない。


「4階層探索の要が、複雑な地形の攻略っていうなら、大事なのは魔物を倒す力でもなく、後の攻略の際に目印になるポイントを作ること。それなら、力を入れるのは拠点と水路作り。さっきも言ったけど、結果的に”持続可能な探索拠点の作成”が”探索”と同義になると思うけど、どう?」

「拠点を拠点として考えていない部分が気になるが……そうだな」


 基本的な作戦方針は決まった。


 4階層に複数のキャンプを作りながら、5階層まで入口まで水路を作ることが第一目標。

 そのために必要なのは、水を操って川を作ることができる異能を持った水戸部だ。彼女がいなくては、この作戦が頓挫する。

 次に、水路を作成、多数のキャンプ生成が可能な存在。これがノームを呼び出し、即席水路・キャンプを作れる精霊使いのクルップ。


 斥候は、地図を持っている日下部を筆頭に、カイニス、クレアを中心に組織されるが、今回、斥候に大きな意味はない。

 作ったキャンプ周辺に規則性を持った目印をつけていくことで、地図のない人間にもキャンプ地をわかるようにする。斥候ではないが、こちらの方が人数が必要な作業だ。

 一先ず納得したらしい、団員たちに胸を撫で下ろしながら、細かい割り振りは旅団内でやってもらうことにする。


「おつかれさまです」

「どうにかなったかな……って、ルーチェはあっちに入らなくていいの?」


 ルーチェもクルップも元冒険者だからか、2階層の拠点ではなく、迷宮攻略に名乗りを上げていた。

 ただでさえ危険を伴う迷宮攻略だ。実力者が自ら進んで協力してくれるのは、ハミルトンにとっても願ったりだろう。


「ぼくはミトベさんの護衛か、そうじゃなければ、エリサさんたちと同じ班ですよ」


 亜人のダンピールであるルーチェは、地下迷宮では数少ない魔法を使える人間だ。できることなら、大事な拠点の守りの要として置いておきたい存在だ。

 しかし、笑顔はかわいく物腰も柔らかなのに、先程の言い方、カイニスに似た気配を感じた。


「冒険者っていうのは、みんなこうなの?」

「気にいらなきゃ手を貸さないんすよ」


 社会人苦手そう。


「これ、まとめてたカイニスのお父さんすごいね」


 民主主義、個人主義どころじゃない。不発弾の集まりだ。

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