第28話 神器の複製

「ガハハハハッ! そうかそうか! コイツは確かに見た目はオナゴだもんなァ!」


 クルップが膝を叩きながら大笑いする様子に、日下部も少し視線を逸らした。

 大きなケガこそしていないが、数日間食事もまともに取れていないふたりのために、一度、第六拠点へ戻ってきたが、ルーチェが男であることを知ると、団員たちも驚いた表情で声を漏らすばかり。


「ま、まぁ、突起のあるメスも、凹みのあるオスも発見されてるし、生命のふっしぎー」

「へぇ、エリサさんの世界の生物は変わってますね」

「いや、さすがにうちの世界でも珍しいから、イグノーベル取れるレベル」

「いぐのーべる?」

「大衆が楽しんで読める研究大賞」

「研究! エリサさんは、学者様だったんですね。すごいです」

「なんだろ。このキャバクラ感……いや、気にしないで」


 見た目も声も紛うことなく少女。その上、席の問題で仕方ないとはいえ、隣に座られ、会話の『さしすせそ』が完璧。


「私もざっくりとしか読んでないんだけど、今まではあくまで形が変化していることそのものはあったらしいんだけど――」


 あまりない知識の引き出しをどうにか引っ張り出して、自然と会話をしてしまう。相手の意見を聞いてみるために、問いかけてみても結局会話の主体はこちらに戻される。

 そして承認欲求はしっかり満たしてくる。

 なるほど。金を払ってでも会話をしたくなるわけだ。


「なんで(見た目)女の子の方が、あんな話を熱心にしてるんだろ……」


 そろそろ自分でも、真昼間から生物学的なお話を嬉々として語っているのかわからなくなってきたし、カイニスがずっと顔を逸らしているので、この話題はやめておいた方がいいかもしれない。


「でも、無事でよかったよ。正直、もうダメだと思ってた」

「儂らも正直ダメだと思ってたぞ」


 急ごしらえの土壁を作ったところで、相手はブギーマン。特殊な素材で作った壁ではなくては、すり抜けてくる。なぜか、3階層から2階層へは通路を通らなければ来れないようだったが、クルップの作った壁など、正直魔物除け以外の何物でもない。

 実際、ブギーマンの操る屍から身を守るため、土の蛹の状態になったが、正直ブギーマンに食われる覚悟はしていた。


「ただブギーマンの奴、急にこっちに興味無くなってな……おかげでこうして生きてるわけだが」


 襲ってきたわりに興味が無さそうなことが、当時は不思議に思っていたが、ルーチェと変わらず会話を続けている日下部を見て、納得した。


「何はともあれ、嬢ちゃんは命の恩人ってわけだ。ドワーフは借りた恩は必ず返す! 何でも言ってくれ! ドワーフの中じゃ、儂は一、二位を争う腕前だ!」


 クルップの言葉に、団員たちが驚いたように声を漏らすが、日下部は理解できるはずもなく、辺りを見回す。


「ドワーフは武具を中心に、物作りに関してはトップクラスの種族なんです」

「ドワーフ印の鎧を着れば、赤ん坊でも戦場を生きて帰れると言われているんですよ」


 すぐにカイニスとルーチェから解説が入り、素直に感心するが、地下迷宮内ではその技術を持っていたところで、道具が揃わない。宝の持ち腐れもいいところだ。

 しかし、作ると言ってくれている上に、異世界の常識的なことはわからない。最初から決めつけて譲歩するというのもよくない。


「じゃあ、命の恩人から質問」

「いくら何でも恩着せがましいっすよ。クルップさん、マジですごい人なんすから」

「カイニスと知り合いって時点で、結構すごいのはわかる。気後れしたら負けかなって」


 冒険者とはいえ、領主の息子。江戸時代には、大名に逆らえば打ち首、切腹などなど。ひどい話じゃ、顔を見ただけで切り捨てられる。

 そんなカイニスとこれだけフランクに話しているというのは、性格と自分の立場もあるのだろう。


「各国の王族から招かれるレベルっす」


 大名どころか将軍レベルでしたか。

 しかし、着せてしまった恩は仕方ない。


「何でもいいの?」

「おう。大抵のものは作れる。作れねェもんなら腕がなるってな」


 曰く、クルップを招くには、大金ではなく、難題を積め、らしい。

 職人気質に頼む難題。


「神器」


 クルップの瞳が揺れる。


「知ってるでしょ? この国の王様が天使からもらったとかいう、めちゃくちゃすごい武器。それがいい。作って」


 思いつく中で最も難題な課題。

 神器をひとつしか見たことがないが、あのランタンも分配できる永久回路みたいなものだ。正直あのレベルの武器を作れるなら、相当うまくやらなければ首が飛ぶ。

 偶然助けただけの人間に恩を感じて、礼をする人間が、それほど器用な人間とは思えない。


「……おっかねェ目をするオナゴだな。オメェ」

「よく言われる」


 一度、大きく息を吐き出すと、クルップはしっかりとこちらの目を見つめる。


「儂はそういう手前は苦手だ。だから、はっきり言うが不可能だ。それで殺すなら殺せ」


 膝に手を付き、観念したように姿勢を正すクルップに、動揺したのは日下部の方だった。驚いたように目を見開いた後、めんどくさそうに視線を逸らす。


「こういうタイプ、苦手だわ……つーか、気のせいか? 妙に慣れてる感じがした」

「そりゃそうだ。アポステル大国へ来たのは、”神器の複製”を依頼されたからだしな」


 アポステル大国は、差別の激しい国だ。結果、追い立てた人間以外の種族や亜人などが決起、魔王軍として攻め込んできた。

 最初は隣国の手を借りようとした。だが、隣国の博愛主義からは非難され、見捨てられた。それでも、広大な国土による豊富な資源と人、先進的な技術によって一国でも戦い続けてこれた。

 その戦果の一端は、天使と神器の存在であり、そのために莫大なコストを払っている。

 本来セットである、天使と神器を主題神器だけで運用しようとする王だ。神器だけを増やそうとするのは、想像に易い。

 しかも、金や権利ではなく、自身の腕を試したいという職人気質なドワーフの名工までいる。


「で、失敗して、殺されずに幽閉? そこだけよくわからない。人間至上主義なら亜人とか別種族は、普通に処刑で良さそうだけど」


 先程不可能と答えたのだから、失敗したのだろうが。仮に、成功した場合でも、他へ技術を流さないようにするなら、やっぱり殺しそうだ。

 新しい技術を作り出す発想力と腕。その上、技術が革新的であればあるほど、その技術に最も造詣が深い人間。

 忠誠を誓っていたとしても裏切った場合、同等の技術が流れる危険がある。しかも、独特な価値観のある職人であれば、繋ぎ留めておくのは至難の業。生かしておくというだけでリスク。


「それは難しいと思いますよ。クルップさんは世界的に有名なドワーフですから、堂々と処刑なんてしたら、戦争相手が魔王軍だけじゃなくなります」


 要は、神の作り上げた武器と同等の武器を生み出すという、職人にとって偉業を為そうとしたクルップが、その途中で不慮の事故で死んだ。白昼堂々とした処刑ではなく、忽然と姿を消すや制作中の事故など突然死であればあるほど、神域に踏み込んだ天罰と風評することができる。

 そうすれば、差別による殺害ではなく、個人の都合。苦しい言い訳だが、全面戦争のきっかけにすることは難しくなる。


「ふーん……やっぱり、神器の再現って難しいの?」

「難しいな。良い武器には”遊び”が必要だが、そんなもんを作る余裕はなかった」

「ん? つまり再現は、ある程度できてる……?」

「あんな皮だけのモンが神器なわけねェ。神器の本質ってのは、あの”遊び”にあるんだ。お前さん、それはわかってんのか?」


 神器の複製として、最初はその神器の威力の再現だ。エレメントなどの資源を大量に消費し、再現可能であれば良いが、そもそも再現が不可能なものも存在した。

 再現可能でも、それ以外の要素を全て切り落とす必要があり、汎用性のない武器は、結果的に神器とは比べ物にならない武器になる。

 正直、それはそれとして別途使えるとは思うが、”神器の複製”という課題に合格かと言えば、不合格だろう。


「いや、まぁそうだよね! 私もそう思う!」


 しかし、分配可能な半永久回路を再現しろなんて、正直前金だけもらって逃げるレベルだ。

 むしろ、逃げずにある程度功績を出した上で、殺せない存在故に地下で野垂れ死ねと王様に言わせるのは、すごいことではないか。


 裏表のない笑みを浮かべた日下部に、クルップは動揺したように瞬きを繰り返す。


「そんじゃ、カイニスとクレアの武器の手入れしてもらえない? あと第五拠点に積まれてる武器の修理」


 神器なんて無茶は言ってみたものの、そのためのコストはおおよそこの地下迷宮で賄えるとは思えない。無難に、旅団の全ての武具の手入れをしてもらった方がいい。ついでに、メンテナンスも頼めてしまえば、十分だろう。


「ちょうど火のエレメントもたんまりあるし」

「エレメント? んなもんがどうして」

「騎士団の持ってた神器が、火のエレメント生成器だった」

「その神器は?」

「壊れた」


 笑顔で返せば、クルップの目が細まったが、証人カイニスを前に置いて隠れる。しかし、武器職人なだけあり、神器の特性もある程度わかっているのか、故意に壊したわけではないかとすぐに目を伏せた。


「嬢ちゃんの武器は?」

「神器でもなきゃ、宝の持ち腐れだからいらない」


 武器も物を投げるか、覚えたての魔法くらいだが、どちらかといえばできるだけ身軽にして、逃げることに集中した方がいい。良い武器があったところで、背後からぱくりといかれたら終わりだし。


「数が多い? 命の――」

「その程度なら問題ねェ」

「あ、そう。んじゃ、よろしく」


 数の問題じゃないなら、微妙に納得いってなさそうな理由がわからないが、カイニスがこちらを怪訝そうに伺う様子に、首を傾げる。

 何か問題なことでも言っただろうか。


「いいんすか?」

「何が?」

「クルップさん、”精霊使い”っすよ」


 精霊使い。


「ばっ……!? せ゛!? ッた!? 待った……!! 精霊、土壁! 忘れてた!!」


 一気に駆け巡った臨時キャンプを作ったという精霊使いの存在。救助した時も土の蛹の中にいた。

 どうして気が付かなかったのか。あんな妙な物。作ったとすれば、ふたりのどちらかだし、調査班に精霊使いがいることは聞いていたのに。


「精霊! 精霊使い方! 聞きたい!」


 今までで一番慌てながら目を輝かせる日下部に、クルップは今まで以上に驚く。

 しかし、その様子は先程までの打算がある様子ではなく、純粋に自分の意思でほしいと思っている様子だ。


「悪いね。エリちゃん、魔法とかそういうのとにかく試したい性格みたいなのよ」

「お、おう。そうかい。少しビビっちまったが、構わんよ」

「マジで!? やったー! ありがとう!」


 打算や交渉というのも、ある程度は理解している。特にクルップに依頼してくるような高官は、皆そういった目をしていた。

 しかし、こちらからの恩返し。できることなら、本人が最も喜ぶものを返したいと思ってしまうのだ。


「ただ、人間が精霊を使うには、素質が必要だぞ」

「早速ダメかもしんない」


 精霊使いと魔法使いは、術を行使する対象が大きく異なる。

 魔法使いの場合、術を発動するのは”人間ほんにん”であり、魔力やエレメントを消費して魔法を使用する。しかし、精霊使いの場合、術を発動するのは”精霊”であり、人は精霊に命じているだけ。ただし、代償を払わないのかといえば、大抵の場合は、精霊を従わせるための契約が別に存在し、そちらで術の代償は支払うこととなる。

 精霊は普段姿を隠しており、呼びかけに応じてもらえることが第一にあり、次に精霊の姿や声が見えるし、聞こえる必要がある。人間にとって特に鬼門となるのが後者だ。


 後ろ向きな言葉を発したものの、”やめる”とは言わない日下部に、本質的には似た性格なのかもしれないと、試しだと精霊に呼びかける。


「ノームや。ノーム。姿を現せ」


 クルップの呼びかけに、土の精霊であるノームが応じて、姿を現す。

 不安そうにカイニスが日下部に目をやり、日下部の表情は怪訝そうだ。


「なんか、光の点が見える……あとなんか耳鳴りみたいな音がする」

「ギリギリだな……」

「ギリいけんの?」

「完全に見えないやつよりはな」


 つまり、ほぼ不可能ということか。

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