第25話 できること

 魔力の籠った炎を、アンデッド然り魔物は避ける。

 火のエレメントは今でこそ余裕があるが、それでも夜通し灯し続けるには限界がある。


「ブギーマンを追い払うのも、あと2日が限界ってところか」


 3階層を見張る団員がいうには、日下部にやられた火の魔法が相当堪えたらしく、逃げ帰ったその夜は投げられる炎にすぐに逃げ出したという。

 直撃した火の魔法のダメージもあったのだろう。その夜は現れなかった。

 次の夜は、何度かゾンビが様子を伺うように来たが、油を沁み込ませた布を巻いた火のついた石を投擲し、撃退した。

 今晩も同じ作戦を行うが、ブギーマンもそろそろ魔法を使える人間がいないことに気が付き始める。そうなれば、警戒するべきものが減り、こちらを襲いやすくなる。

 もはや食事が目的ではない。ただ自分を攻撃してきたことへの仕返しだけで、狙いはただひとり。


「……あ゛ークソっ」


 打開策は思いつかない。

 いっそ、カイニスのように、その場しのぎの警備の手伝いでもした方が気が紛れるだろうか。

 だが、それではどうにもならないことがわかっている。わかっているからこそ、わからなかった。

 なんの解決策にもならないことを、平気な顔でできる理由が。


「なぁ、聞いていいか」

「はい?」

「いっそ、ブギーマンにエリちゃんを食わせて、消化される前に助けるって言ったら、どうする?」

「怒ります」


 即答だった。

 嘘とかそういうのは一切なく、ただ純粋な答えに眉を潜めた。


「だったら、何か別の方法を探せよ。やりたくねぇからってだけで、逃げられる状況じゃねェんだよ……!」


 ここは逃げたいものからも、見たくないものからも逃れる術はない。

 逃げたってすぐに追いつかれる。追いつかれて、手遅れになったそれに飲み込まれるしかない。

 少しでも被害を減らすために、その時、その場で何かを選ばなくてはいけない。

 何かを選んだなら、それ以上に何かを捨てなければいけない。


「そうっすね。だから、本当にそれをクレアさんが選んだなら、俺も本気で戦います。旅団全員が敵になったとしても」


 それは、彼なりの答えだった。


「俺は、器用でもないし、頭がいいわけでもないですから。できるのは、仲間の前に立って守ることだけっす。できないことは仲間を任せて、俺は俺にできることをがむしゃらにやり続ける。それでダメなら、向こうの方が上だっただけ。”もしも”なんて悔いが残るでしょ」


 領主ならば部下を、領民を信じて待つこともある。その時、怯えたり不安に駆られた姿を見られれば、たちまち敵味方から見限られる。だからこそ、見栄を張れ。自分が、自分たちが大きな存在だと見せつけろ。

 怯えぬ、屈せぬ存在に、人々は恐れ、信頼する。


「どうっすか? 領主仕込みの見栄っ張り。見事なもんでしょ」


 眉を下げて笑うカイニスの姿に、クレアは視線を逸らした。

 見栄っ張りとはいうが、今の彼の言葉に嘘はない。領主であるなら、後の世や政治、領民を考えるべきだが、今の考えは自分の生き様を重視する冒険者のそれだ。

 しかし、残念なことに彼にとって、自分も冒険者仲間のひとりらしい。


「……悪かったな。取り乱して」

「平気っすよ。実際、状況は良くないですし、打開策として仕方ない案ではありますから」

「仕方ないとは思ってるんだ……」

「え、マジでやる気なんすか?」


 心底意外というように驚くカイニスに、乾いた笑いが漏れる。


「しないしない。いっそ、魔物のメスにでも食いついてくれないかなぁ……」

「それだったら話が早いですねぇ……」


 なにか打開策が出るわけでもなく、どちらからとも知れずため息が漏れる。


「ちょっと見回りついでに歩いてくるわ。ついでに、エリちゃんっぽい魔物いたら捕まえてくる」


 焦りも苛立ちも消えるわけではない。森の中にいる魔物に当たるように、剣を振る。


 何も思いつかないまま、気が付けば、第三拠点まで来ていた。

 食料になりそうな獣を渡しながら、日が暮れる前には戻ろうと踵を返そうとすれば、ふと感じた視線に目を向ける。


「ぁ……」


 石ノ森だった。

 何か用事がありそうで、しかし迷うように視線を巡らせては、周りを気にしながらこちらに寄ってくる。


「あ、あの、日下部さんと一緒にいた方ですよね?」

「うん。何か用?」


 意識して表情を緩め微笑めば、安心したように眉を下げる。


「アレックスさん、どこにいるか知りませんか?」

「六拠にいるよ。ちょっと怪我して治療中。何か用があった? 伝言でいいなら伝えるけど」

「あ、えっと……相談というか、その……」


 言いにくそうに視線を落とし、口籠る。

 いくら2階層の弱い魔物とはいえ、夜の森は避けたい。なにより、夜はブギーマンが来る可能性がある。早いところ、第六拠点に戻りたい。

 はっきりとしない石ノ森に苛立ちながらも、足を森へ向ける。


「悪いけど、僕も忙しいから。アレックスなら、あと何日かしたら戻るだろうから、急ぎじゃないなら、その時に相談したら?」

「じゃあ、しばらく戻らないってことですか……?」

「急ぎ? それなら、別の奴に――」

「その、少し話しにくいというか、日下部さんにも、協力してほしい、というか……」


 面倒事は他に任せてしまおうと、その辺りにいる団員に視線を巡らせていたが、日下部の名前に視線を戻す。


「だから、日下部さんにも話をしたいんですけど、今、どこにいますか?」

「六拠にいるよ。協力って? 僕、今、エリちゃんの上官みたいなものだから、話聞かせてもらえる?」


 妙に圧のある笑みに、石ノ森も少し瞳を震わせるが、下から請うように見上げる。


「妊娠しているみたいなんです」


 表情を崩さなかった自分を褒めたかった。

 耳を疑ったが、何度思い返しても、聞こえた言葉に間違いはない。


「誰との?」


 付け加えられ続ける説明なんて、必要もない。


「夫です。結婚してるので」


 説明を遮って問いかければ、少しだけ嫌そうな表情で答える石ノ森に、頭痛がした。

 ただでさえ、人も物資も足りない地下迷宮に、手間のかかる赤ん坊が増える。それ以前に、当たり前のように出産を考えているのか。


「唯一の夫との繋がりなので、がんばりたいんです」


 腹に触れながら微笑み決意する母の様子に、普通なら心を打たれるのだろう。

 だが、クレアの心は急速に冷えていった。


「だから、日下部さんにも手伝ってもらえないかと思って。本当は、自分が頑張らないといけないのは、わかってるんですが、でも、ひとりじゃできないこともあるので……同性で知り合いの方が頼みやすくて……」

「マジで言ってる?」

「でも、あまり動くと流産とかも、ありますし……」

「…………そう」


 どう考えれば、自分たちの食料すら確保するのに苦労する地下迷宮で、子供を産めると思うのか。

 しかも、その理解できない行動のために、迷宮攻略を行っている人員のひとりを渡せなどと、身勝手すぎる言葉を、疑いのない様子で告げている女に、気を抜けば足が動いてしまいそうだった。

 むしろ、日下部の同僚であるという事実が無ければ、目の前の女を蹴っていたことだろう。


「ん。貴方の言いたいことはわかった。でも、エリちゃんにも仕事があるんだよね」

「重い荷物を持つとかじゃなければ、私が代わります」

「ホント? 実はエリちゃん、迷宮の探索班でね。後方支援なんだけど、抜けると抜けるで困るんだよ」


 意識的に顔から力を抜く。


「簡単な作業だし、じゃあ、エリちゃんの代わりしてくれる?」


 少し驚いていたようだが、少し悩んだ後、内容について話を聞き、頷いた。



*****



 視線が冷たかった。職場でも、ここでも。

 みんな、私を嫌っていて、何か言おうとすれば嫌な顔をした。私は何もしてない。言われたことをやっているだけなのに。


 私は、ここに連れてこられたばかりで、勝手だってわかってない。

 魔物? そんなアニメみたいな話、子供じゃないんだから簡単に信じられるわけでがない。魔法なんてありえないものなんだから、急に信じろと言われて、信じられる方がおかしい。


 なにより、結婚したばかりで突然誘拐されるような状況に、すぐに立ち直って適応しろって方が無理がある。

 なのに、また、視線が冷たかった。


「石ノ森さん。少しずつでいいから何かしない? 結婚して、これからって時だったのはわかるけど……少しは気が紛れるから」


 冷たい視線に押されて、仕方ないとばかりの声色の相川さんにそう告げられた時、


「――――してるんです」

「え?」

「妊娠、してるんです」


 ふと、魔が差した。


 まだ安定しているわけでもないから、あまり人に言いたくないと伝えれば、相川さんは誰にも言わずに動いてくれた。

 しかし、それも突然訪れた相川さんの死によって終わった。


 それからはちょうどいいとばかりに、仕事に引っ張り出された。気持ち悪い虫の駆除やら、土を耕したりだとか、水を何度も往復して運んだりだとか、どうして私が。

 男の人がいっぱいいるのだから、そいつらがやればいいのに。私じゃなくたっていいじゃないか。

 どうして、私がこんなに必死に働かないといけないんだ。


「ぁ……」


 そんな時、ふと見かけた日下部と一緒にいた男。


 そうだ。日下部なら変わってたし、こういう作業が好きなんじゃないか。

 そもそも、彼女の方が年下なんだし、体を動かす仕事は若い彼女の役目だろう。

 私は新婚で、妊活のことは職場でも言ってたし、彼女ともその話をしたことがある。彼女は変だけど、権利とか配慮とかは、ちゃんとわかってるみたいだった。


 日下部ならいい。

 あの子は私の盾にはなれないけど、代わりになることくらいできるだろう。

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