第24話 火の加護
魔法を使えない人間が呪いを解除する方法。
可能性があるならば、呪いかけた本人を倒すことだ。今回の場合は、ブギーマンに当たる。
相手は霊体。いくら剣を振ったところで倒せるはずもなく、かつての仲間を思い出しては、ため息をつくしかない。こちらをバカにしながらも、戦ってくれた仲間で悪友はいない。
無いものを願ったところで、事態は好転しない。自分の力でどうにかしなければいけない。
調査隊が食われるまで待ち、食事をしている間にブギーマンを倒す。
しかし、日下部を呪う程、ひとりの人間に目を付けたブギーマンが今更、日下部以外を狙う可能性は低い。
「さっそく面倒事起こしやがって……」
ハミルトンがクレアの報告を聞きながら、眉間にしわを寄せる。
探索に出て3日。アンデッドの上位種との遭遇し狙われ、呪われる。
『運が悪い』と一言で済ませていいのかわからなくなる状況だ。むしろ、呪いを掛けられた張本人が悪いという説まである。
「そりゃ、エリちゃんに言ってくださいよ。僕だって、まさかブギーマンがいると思ってなかったですって」
「どちらにしろ、ブギーマンが上に出てくるような事態は避けなきゃならねぇ」
アンデッドたちが2階層に溢れたら、騎士団とアンデッドの板挟みになる。
せめて、どちらかを逃げ道として確保しておきたい。
「捕食している間、ブギーマンは実体化する。その間なら、俺たちでも戦うことができる」
それは、日下部を囮にしろというもの。
クレアもわかっていた。それが一番であることは。
どこの村でもやっていることだ。被害が増える前に、ひとりの子供を犠牲にして、ブギーマンを倒すことは。
アンデッドでも有効手段が確立している珍しい魔物で、ひとりの命で大勢を守れるのだから。
運が悪ければ死ぬ。運が良ければ、命は助かる。
迷う必要なんてない。
「他の方法を探すなら勝手にしろ」
本来、迷う必要なんてないのだ。
たったひとり。
狙われたとはっきりしたその時に、彼女をひとり切り捨てるだけで、仲間の命は助かった。
だが、カイニスが気を失った日下部を抱えて走り出したのを止めなかった。
人をひとり抱えた人間を無理矢理止めることは簡単だというのに、それを選ばなかった。
それが、目の前に立つ男の物言わぬ答えだ。
「水路の話だが、ミトベからも川以外の転用について話は上がっていたらしい。ブギーマンがいるなら、すぐには動けないが、脅威の排除さえできれば、3階層にも拠点が作れる。そうすれば、迷宮探索も捗る」
ブギーマンの討伐方法についての話を切り上げ、話を次に進めるハミルトンに、クレアも眼を瞬かせながら話を続ける。
夜も更けた頃、クレアは第六拠点に戻ってくると、カイニスが眠った日下部を抱えていた。
「…………えーっと、何かあった?」
最初に頭に過ったのは、日下部がまた何かをやらかした。
これはさすがに呪われて眠っている今、ないと考えたい。その可能性を排除しきれないのが、日下部らしいが、そこまでではないと思いたい。
次は、旅団から黒竜が危険だと追い出された。
しかし、カイニスがわざわざ日下部を抱えて出てくるとは思えない。単独で、眠ったままの人間を抱えたまま生きられるほど、2階層の森の魔物も弱くはない。それを理解していないわけではないだろうし、それなら目を覚ますまで旅団に任せることもする性格だ。
最後は、ブギーマンからの襲撃がすでにあった。
血の匂いもしない拠点からは考えにくく、結果、聞くのが一番だった。
「その、えっ、と……エリサさんがフラフラ歩き回るので……」
視線を逸らすカイニスに、強制的に眠らせたのだけはよくわかった。
「というか起きたの?」
「いえ、起きたというより、ブギーマンに誘われたっていう感じでしたね。ただ、妙にフラフラ歩いてて……」
普通ならブギーマンの待つ3階層へ歩いていくであろうが、なぜか暗闇を避けるように、松明の灯る拠点の中をうろついていたらしい。さすがに歩き回り続けるのも危険だと、強制的に眠らせたという。
ひとまず、横にしようと医務室へ連れて行く途中、団員が大量の薪を用意していた。
「アレは?」
「あぁ、風呂作ってるんだよ。毎日ってわけにはいかないけど、たまにね。水と木だけはあるから」
団員たちは水浴びなど毎日風呂に入れないことに慣れてはいるが、異世界人たちは案外ストレスがたまるらしく、水の心配がなくなってからというもの、こうしてたまに浴場が作られた。
ストレスの解消としては、案外役に立っていた。
「エリちゃんも起きてたら入れたのにねぇ」
日下部も他の異世界人同様、時々湯船に浸かりたいと溢していた時があった。
こうして、火のエレメントを使って湯を沸かしている状況を見たなら、喜んで入りに行ったのだろう。
「昼間はブギーマンの影響もないだろうし、カイニスも入る?」
「え、いや、俺は……」
服を脱げば黒竜の刻印が見える。それを気にしてか、カイニスが首を横に振る。
しかし、薪も無限に使えるわけではない。入浴時間は短く設定されている。希望する人間は、一斉に入り、薪が燃え尽きる頃には、ほとんど人がいない。
「……」
湯船に浸かるカイニスは、落ち着かないように辺りに目をやっていた。
「そんなに心配しなくったって、アレックスが見てくれてるから」
「そりゃ、まぁ、そうっすけど」
「夜はまた気を張ってなきゃいけないんだから、昼間は気楽にいないとすぐにつぶれるぞ。そうじゃなくても、エリちゃんって人の三倍ぐらい気を遣ってないと、何かやらかすし」
「それは……確かに」
つい苦笑いが漏れるが、落ち着かないのは事実だ。つい視線を泳がせてしまえば、ふと見えたその影に一度は見逃し、もう一度見ては、水面が大きく揺れた。
「エリサさん!?」
日下部が、今にも眠そうな目で湯船の縁に寄り掛かっていた。服が濡れることも気にせず、縁に頬をつけ、また重そうな瞼で瞬きを繰り返す。温かさからか、縁からずるずると落ちそうな姿に、慌ててクレアが襟を掴む。
急ごしらえの湯船の下には、燃え尽きかけているといえ、燃えている薪がある。こんな意識がはっきりしない人が倒れたら一大事だ。
「ちょっと!? 寝ないでよ!? エリちゃん!?」
すっかり瞼は閉じている上に、上から下までびしょ濡れの服。それを掴み上げているのが全裸の男。
しかし、手を離したら、目の前の女は呪いどころか火傷は必至。緊急事態だと、今だけは正気に戻ってはいけないと、視線を後ろにやれば、赤い顔で隠すものを隠し、目を逸らしている男。
「テッメッ……! 領主の息子だろ!? んで恥ずかしがってんだよ!? ひとりふたりアンだろ!?」
「ねェよ!! 悪かったな!!」
売り言葉に買い言葉で喧嘩をするふたりの声は外まで響いており、慌てた様子で入ってきたアレックスに日下部を渡したのだった。
「申し訳ありません。少し目を離した間にいなくなってまして……」
「あーうん。エリちゃんだから気にしないで。それより、また寝たみたいだけど、アレがカイニスが言ってたやつ?」
ふらふらというには、妙に意志を持っていたようにも思えたが、今は以前のように眠ってしまっていてわからない。
「昨日の夜は、本当に操られてるみたいでしたけど、さっきのは寝ぼけてるみたいで……」
「寝ぼけて風呂に入ってくるって……」
思っている以上に異世界人は湯浴みを大事にしているのかと、頭を悩ませるが、ふとアレックスが声を漏らす。
「もしや、火に近づいているのでは?」
「火?」
報告では、日下部は呪いを受ける前に魔法を使っていた。教えの通り、神への祈りをしてから。
アンデッドに効果があるのは、聖職者が祈りを込めたもの。聖職者ではないが、神への祈りはアンデッドに効果がある。
もし、その祈りが加護として日下部に掛かっているなら、火のエレメントで灯した炎は日下部を守るものになる。
「入浴用の焚火の大きさは、拠点で最も大きなものですし、日中ならブギーマンの力も劣るタイミング。ふたつが重なった結果、ブギーマンの呪いが一時的に緩和された可能性があります」
しかし、入浴用の焚火程の大きな焚火を常にするには薪が足りない。加えて、大きな焚火というのは、騎士団の調査がいつ来るかもわからない状況では、リスクを伴う。
仮にそれを行ったとして、結果として得られるのは、完全に意識を取り戻すわけではない様子。
「……現実的ではないね」
「そうですね」
医者とアレックスの言葉に、クレアとカイニスも同意した。
「はぁ……どうしたもんかねぇ」
眠る日下部の頬を突けば、嫌そうに離れ、追いかければ叩かれ、手首を頭の下に敷く。
「……これ、起きてないの? 実は起きてんじゃないの?」
引き抜こうにも、拒否するように引っ張られる。
「何してんですか」
「手離さないと横で寝ちゃうよ? いいの?」
脅しらしき言葉をかけるが反応はない。
「おーい。本気だよ? いいの? いいね?」
「もういっそ寝てみたら嫌がるんじゃないっすか?」
「それはそれで臭いみたいでいやだな」
しかし、動く気配は無い。物は試しと、横になってみる。右手の甲に頭を乗せられているおかげで、不自然な体制となり、体を痛めそうだ。
反応は、ない。
「これで朝になったら、僕、肩が痛くなる自信あるよ」
「見た目はおもしろいっすよ」
「腕枕なんて童貞には荷が重そうだしね」
「な゛ぁ゛!? まだ言います!?」
「いや、そりゃねぇ……まさか、領主の息子で、冒険者してたやつが、色のひとつもふたつも知らないなんて思わなくてさ」
顔を赤くしていくカイニスに、クレアも意地悪そうな笑みを浮かべる。
しばらくネタにできそうだと思っていれば、ふと右手首に乗った重みが、横になって水平になったからか、腕に上ってくる。手首よりも腕の方が回しやすいと、素早く腕を回転すれば、腕枕の楽な姿勢に変わる。
このまま休めば、何かあった時にもすぐ反応できるかと思ったその時、頭が腕からずり落ちた。
「ん゛む゛……」
瞼は閉じられたまま眉間にしわが寄る。それでも、その瞼は開くことはない。
そういう呪いだ。この程度で目を覚ますなら苦労しない。
「そうだったそうだった。この程度で起きれば苦労しないよね」
クレアは無造作に枕を日下部の頭の下に敷いた。
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