第23話 呪われた夢


「おそらく呪いだろう」


 洛陽の旅団第六拠点の医者は、意識を失ったままの日下部を診ると、そう診断を下した。


「君たちの報告を聞く限り、相手はブギーマンだろう。私も魔術や呪いには疎い。これがどういった呪いかまではわからない」


 あくまで肉体的な理由は無く、精神的な理由ならばブギーマンを煽り、攻撃したという理由があるというだけ。

 どのような呪いが掛けられているかがわからなければ、解呪方法もわからない。


「しばらくは休ませておきなさい。直前に魔法を使っていたんだろう? 魔力が回復すれば目を覚ますかもしれない」

「はい」


 そう言うと医者は、一緒に逃げてきた団員達の怪我の治療へ向かう。

 偽装のため、拠点をひとつ潰した分、第六拠点には以前より人が多い。だが、医務室用のベッドは変わらず確保してあった。空いていそうなベッドを視線を巡らせれば、ひとつを指さされる。


「ありがとうございます。えーっと、アレックスさん」


 教えてくれたのは、アレックスだった。体には包帯が巻かれ、手伝いというよりも、自身も傷を負って休んでいるのだろう。


「その怪我……」

「お恥ずかしながら、魔法に不慣れでして……」

「あぁ……カエンダケの扱いなんて、どれだけ魔法が上手い奴でも難しいですよ」

「…………気づいてたの?」

「あれだけハッキリ、はぐらかしてれば気が付きますよ」


 偽装工作の時に、旅団では最も魔法を使えるアレックスが誤魔化すことは聞いていたが、詳しい内容になりそうになると、クレアはすぐに冗談などではぐらかしていた。

 魔王軍との戦闘に慣れている騎士団を誤魔化すのだから、カエンダケは使う可能性は考えていたが、クレアの態度が確信を与えた。


「エリちゃんには内緒ね……」

「わかってます」

「クサカベ殿はどうされたのですか?」


 3階層であったことを話せば、アレックスは渋い表情をした。

 アンデッドは執着心の塊のようなもの。それを煽るなど、対抗策がない状況では自殺行為だ。


「エリちゃんのことはともかく、現状3階層に入るのも危険だな。正直、一時避難も怪しい」

「そうですね。生者、しかも女性は入った瞬間ブギーマンに狙われかねませんね……」


 2階層は天井に穴が開き、日が射しこんでいるため、日下部を追いかけて昼間に2階層に上がってくることはないが、夜になれば状況も変わる。

 今は、入口に警備を立てているが、いつアンデッドの群れが襲ってくるかは、わからない。


「とりあえず、団長に報告してくる」


 調査に出ていた団員たちが生存している可能性もある。彼らについても、報告は必要だ。


「何かあればすぐに連絡します。カイニスさんも休まれては?」

「そうっすね」


 迷宮を探索している時としていない時では、気の張り方が違う。

 年中集中しているわけにはいかない。どこかで休めなければ、いずれ致命的なミスを起こす。


 ベッドに余りはあるが、日下部の近くの床に横になったカイニスに、アレックスは驚きながらも、布団をかける。

 彼なりの気遣いなのだろう。傷を負った誰かのためのベッドを使わないように。

 迷宮に来る前に聞いていた、黒竜の領地焼きの噂とは似ても似つかない。免罪かと疑いたくなるほどだ。


「アレックス。ふたりはどうだった?」

「はい? 今は休まれてますよ」

「そ、そっか」


 手当てを終えた団員たちが、何とも言えない表情で、ふたりの眠るカーテンの向こうを見やる。


「いや、なんつーか、三人が来たおかげで助かってさ。黒竜なんて一番俺たちを守ってくれたし」

「確かに噂のような激しい方ではないようですね」

「俺があの時、罠に騙されなきゃ、もっと何かできたかもしれないってのに」


 三人だけならブギーマンに会うこともなく4階層に行けたのではないか。そうすれば、呪われることもなかったかもしれない。

 自分たちが足手まといかもしれないと俯く彼ら。


「……では、3階層の入口の警備をお願いしてもいいですか?」


 ブギーマンの急襲の危険があるなら、しばらく警備を増やしておく必要があるが、そんな人材の余りはない。

 ならば、落ち着かない彼らを増援とすれば、ちょうどいい。


「今は大浴場制作で人も足りてませんから」

「お前、相変わらずだな」

「なんです?」

「なんでもない!」


 妙に圧のある笑顔に、全員が同じ人物を思い描き、速足に医務室を後にした。


「いや、ホント、似てきたよな」

「昔はもっと素直でかわいかったっていうのによぉ」

「わかる」


 かつてのことを思い出しては、背中を叩いた。


*****


 ふわふわ、心地いい浮遊感が突然弾けて消える。


「?」


 妙な違和感に視線を巡らせれば、学校の屋上へ繋がる踊り場だった。

 慣れ親しんだメンバーで、お互いがお互いに好きに話している。


「くっそぉ……没収された。俺、何も悪くねェ!!」

「何したんだよ」

「ノートで飛び出すドラゴン折った。超力作!」

「おっま……どこに没収されたんだよ。見に行くわ」

「頼んだ」

「任せろ。俺はドラゴンを救うんだ。クソな作品だったらぶん殴るからな」

「午前中の傑作ぞ」

「よし」


 類は友を呼ぶというもので、教室に授業以外にいたくはない人間はいつの間にか、この進入禁止の踊り場に集まっていた。

 名前も知らず、好きに集まっては、好きに散っていく関係を、普通はダメだというのだろうか。


「そういえば、お前さ、来週入試って言ってなかった?」

「ん、え?」


 そういえば、来週は入試で、日曜から東京に行くんだったっけ。


「おい、マジか……ちゃんと荷造りしなさいね……? ママ心配だわ……ハンカチ持った?」

「安心してママ。ママが向こうにいるから」

「マ゛、まぁ……」


 教師からは働くとか、地元の大学で十分だと散々言われたが、爺さんから勧めで東京への進学に決まった。

 周りからは、大分驚かれた。


「そんなに進学が意外?」

「いや、お前は何選んでも意外だけど、東京に出る系ってのがびっくり」


 片田舎のここから東京に出る人間は少ないわけではない。ただ、電車を乗り継げば大学に通うことは可能だし、進学を選ぶ中でも、東京、しかも推薦入学は生徒の中でもやる気に溢れた生徒という印象があった。

 少なくとも、自分がそんなやる気に満ち溢れた性格ではないことは自覚があるし、授業は高校三年の時期でも舟を漕いでいることが多い。

 加えて女子生徒になると、尚更比率が減る。


「元々東京出身だっけ?」

「千葉」

「ほぼ東京じゃん。あ、あったあった。ほい。せん別」


 そういって渡されたのは、有名な寺院の四角の鉛筆。しかも、削ってある奴。


「せめて新品にしろよ」

「仕方ないなぁ……じゃあ、明日な。なんだかんだで使わないで余ってるんだよ」


 チャイムが鳴り、それぞれの教室に戻ろうと廊下を歩く。



――エリサさん



 ふと聞こえた声に足を止める。


「?」


 聞き馴染みのない呼ばれ方なのに、どうしてか聞き覚えがある。

 

「なんかあった?」


 心地悪くも良くもなかったはずの表情が、どこか気味悪く感じる。

 それに今の声。


「先行ってて」


 どうしてか、戻ってはいけない気がした。



*****



 日が傾き始め、2階層も徐々に薄暗くなってくる。

 3階層からの侵入にいち早く気が付くためにも、らせん状の坂道に松明を灯して置く必要がある。


「俺が置いてくる」

「いいのか?」

「あぁ。確認したいこともあるしな」


 手伝うと申し出たもう一人と共に、3階層まで下っていく。

 3階層は既に明かりは無く、暗く、闇が広がっている。これでは、魔物がどこにいるかもわからない。


「確認したいことってなんだ?」

「調査にいったやつらに、女がいただろ」

「あぁ、そういえば……」


 確かに女がいた。若い女の亜人。


「ブギーマンが、もしその女を食ってれば、こっちに向かってくるのはまだまだ先だ。むしろ、食ってるならすぐに倒しに行けば、ブギーマンを倒せる」


 子供や女を食するブギーマンは、食事中は実体があるため、魔法が使えなくても戦うことができる。

 その上、本来体のないブギーマンにとって、食事は大変な行為らしく、食事中はその場からほとんど動かなくなる。一番の隙となる。

 もし、若い女の亜人が食われているなら、みすみすその隙を見逃したくはない。


「……」


 迷宮の気配に集中するが、恐ろしいほど静まり返っている。

 魔物の駆け回る音すらしない。逆に、異様だった。


 固唾を飲みながら、松明をひとつ遠くへ放ってみれば、白い何かが逃げるように通路の奥へ消える。


「……ははっご執心ってわけか」


 乾いた笑いしかでてこなかった。

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