第22話 ブギーマンの狩り
松明が燃え尽きた。
先に来ているはずの探索班との距離は、迷宮を進めば進むほど近づき、新しく灯された松明になるはず。ここまでの道のりで灯っていた松明の残り方から、燃え尽きる可能性は少ない。
徘徊する魔物が壊した。
多くの魔物は火を嫌うが、嫌わない魔物も存在する。あり得なくはない。
理由はともかく明かりがないということは、魔物が巣食う危険もある。
「明かり、投げてみる?」
「ん……カイニスから離れないでね」
魔物がさっそく巣にしているかを確認するには、最終的には人力だ。
火のエレメントに小さな炎を灯して、暗がりへ放り投げる。
高めに放った炎は、何かに群がる背の低い四足歩行の獣らしき影を照らし出す。
突然の明かりに、頭を一ヶ所に寄せていた彼らは、煌々と輝く目がこちらへ向いた。
こちらを見るや否や、それらは駆け出し、輝く目玉の四つが消えた。
あと二匹。放った炎はまだ高く、新しく照らす必要はない。
ふたつの目玉と目が合った。狙われている。一歩下がれば、体を押しのけてるように前に現れたカイニスは、飛び掛かってくる狼を盾で頭から叩きつけ、怯んだ隙に剣で心臓を貫く。
「……」
あと一匹と目をやれば、薄暗い通路を地面に落ちた炎が照らし、剣を床に突き刺している影が揺らめく。
路地裏とか出会ったら悲鳴上げかねない絵面だ。
「二人共、ご無事?」
「無事無事。そっち大丈夫?」
「大丈夫だよ」
クレアの許可も出たため、暗がりへ足を踏み入れ、松明を掲げる。
あるのは想像に違わない、食い荒らされた人の死体。虫は湧いていない。比較的新しいと思われるものだ。
「知り合い?」
「ちょっと待ってねぇ……」
クレアは胸の辺りを探ると、小さなプレート。
魔物に頭や腕に捥がれた時でも、身元が分かるように騎士団が持っている名前の彫られたもの。死体の損傷は激しいが、プレートは無事だったようだ。
「探索班のひとりだね」
暗がりで襲われたか、もしくは先程の魔物と戦った結果、周りの松明が落ちたか。
どちらにしろ、他にも仲間はいたはずだ。ここで捕らえた獲物を食らう魔物なら、死体がひとつというのはおかしい。少なくともあと4つはあるはずだ。
プレートをポケットへしまうと、無警戒に新しい松明をセットしている日下部へ目をやる。
魔物の気配はしないが、アンデッドは気配を探りにくい。カイニスが警戒してくれているとはいえ危険だ。
「ん……?」
気になるものがあったのか、日下部が脇に逸れる通路に松明を掲げる。
明かりというものは、人にとって視界を得ることのできるものだが、同時に魔物や獣にとっては、発見されたと同義。襲い掛かってくる危険がある。
「クレアさん……?」
日下部の首根っこを掴み、無理矢理後ろへやり、通路の先を睨めば、そこにいたのは生きた人間、旅団の探索班だった。
「クレアさんが、どうしてここに……?」
「あー……まぁ、色々あってね。今はこのふたりと迷宮探索してるのよ」
後ろで不用心に明かりを照らした日下部が、カイニスから説教をされているのを確認しながら、団員の様子を確認する。
怪我はしているようだが、大きな怪我はない。
「お前ら追いかけて4階層を目指してたんだが、何があった」
探索班は予定通り、4階層を目指していたが、その途中でアンデッドに襲われ、戻ることもできず、道を逸れるしかなかった。
彼らも最初はアンデッドが徘徊しているだけかと思っていたが、待てども、アンデッドたちはその場から離れることをせず、同じ場所を徘徊し続けていた。その異様な行動に、上位のアンデッドがいるのではないかと、後から来る補給班への危険を知らせるため、行動を起こしたが、結果は見ての通り。
暗闇で魔物の群れに出くわせば、狩られるのはこちらだ。
「薄々気が付いてたけど、さてはふたりともめちゃくちゃ強いな?」
「今更? 僕ってば、旅団の中じゃ師範よ? ま、その話はいいや。他の奴らは? 全滅か?」
「いえ。そこの角を曲がったところに、ノームの加護を受けたキャンプがあります」
案内された場所に向かえば、確かにキャンプがあり、小さな焚火があるが、曲がり角の向こうからは光は見えなかった。
「ノームの加護のおかげっすね」
「ノームの加護?」
「ノームってのは土の精霊です。神々のように自然の加護を与えてくれるんですけど……」
「光が拠点の外に漏れ出ないとか?」
「そうっすね。光とか音を通さない見えない壁があると思ってくれればいいかと。実際に、土壁みたいなのも作れますけど、迷宮内でこれ以上視界塞ぐのも危険ですし、簡易キャンプなら十分だと思います」
「ほーう……! 土壁! それいい! 精霊使い的な奴! やってみたい!」
目を輝かせたままその場にいる団員たちへ目を向けた日下部だが、全員が視線を逸らした。
言いたいことはよくわかった。
「精霊なんて使える奴、上に残されるに決まってるでしょ」
「じゃあ、これなんだよ」
魔法が使える団員は、幽閉されずに騎士団に残された。それは、精霊が使えても同じだ。
しかし、実際にこうしてノームの加護を受けたキャンプがあるのだから、つまり精霊を使える人間がいるということだ。
「います! いますけど、アンデッドの動きに調べると……」
「もしかして、さっき死んでたやつ?」
「違います! その、先程の群れに出くわす前に、奴と出くわしまして……」
「奴?」
「ブギーマンです」
ブギーマン。元の世界でも聞き覚えのある幽霊の名前。子供が夜更かししたり、出かけないように脅す文句。
日本では正直、妖怪に覇権を奪われ、ブギーマンにあまり馴染みはない。
ただ、この世界でもアンデッド、つまり幽霊であり、脅し文句であることは変わりはないらしい。だいぶ実体を持っているが。
「上位のアンデッドですね」
ブギーマンは成仏できず、この世を徘徊するアンデッドではなく、狩りを行う上位のアンデッド。
本体は霊体で姿を隠し、死体を操り、相手を弱らせて、確実に仕留められる時にようやく姿を現し、獲物を食す。
「食べるの……? 幽霊なんだよね?」
「食べます。子供が一番好物らしいですけど、若い女も好きらしいです」
「体が透けてるから消化されていく体が見えて……」
「お、おい。ムリすんな」
話してくれた彼は、かつて弟が目の前でブギーマンに食われたのだという。彼自身は、その後に来た大人たちにブギーマンが倒されたおかげで助かった。
いまだにトラウマなのか、ひどく動揺した様子で息を荒くし、仲間に背中を擦られている。
「……」
さすがに、この状況で食事にかかる時間とか、食事をしている間なら物理攻撃が通るのかを聞くわけにもいかない。
ブギーマンそのものはカイニスも文献程度の知識らしく、実際に対峙した経験は重要だが、ムリして拒絶されても困る。少なくとも彼は”伝えようとするタイプ”だ。
落ち着けば、必ず有益な情報を語る。
「ひとまず、今はその調査に行った連中か」
後続へ危険を知らせに向かった班が生きているのなら、すれ違っていたはずだ。逆に、調査に向かった班はすれ違うわけもなく、安否不明。
「調査班の帰りを待ち、その後、一度帰還するか。もしくは、調査班を探しに行くか。どうしますか?」
自然と視線がクレアに集まっていた。
すっかり忘れていたが、クレアは旅団内でも相当上の立場だった。つまり、この場での最終判断はクレアに委ねられることになる。
「さっきすれ違ったのは、おそらくブギーマンが操ってた死体だ。なら、まだ調査班は無事だ。見つかってないってことになる」
「そうなの?」
「ブギーマンの特徴でね、捕食して消化してる間は動かなくなるのよ。だから、狩りを続けてるってことは、捕食できてないってことになるの」
「蛇みたい」
そうなると難しい話になってくる。
調査班が健在であることが確定している状況で、調査班を諦めることはできない。しかし、助けに動けば逆にこちらが食われる危険がある。
どちらにしろ突破しないといけないなら、今追われているであろう調査班を囮にして、背後から切りかかるのは無しなのだろうか。
「――」
弟を食われた彼がすごい顔でこちらを見てくる。
言いたいことはわかる。文句も言いたくなる作戦だ。
「あくまで、そういう作戦もあるってだけで――――」
絶対じゃないと言おうとしたその首が詰まる。
最近、妙に慣れた後ろから無理矢理引っ張られる感覚。
ただいつもよりずっと力強く、掴まれる腕の数は多く、見上げた顔は血色がない。
「ガァ゛ァ゛ア゛ァ”ッッ!!」
言葉すら忘れた叫びが血に溢れて、目の前が真っ赤に染まる。
冷たい感覚にようやく声帯が震えるが、強引に顔を拭かれれば、その声帯の震えすらまともな声にならない。
ようやく開いた視界に入ってきたのは、袖を赤くし覆いかぶさるような姿勢のクレア。
「顔に少し血がついてるけど、舐めちゃダメだからね」
頷けば、安心したように眉を下げ、顔を上げる。
ノームの加護があるとはいえ、あくまで簡易的な物。向こうが本気で狩りで探しているなら、容易に見つけられるだろう。
なら、調査班を本格的に狩り始めたのか。
「……」
ふと、自分の下にいるいの一番に襲われた
「…………エリちゃん。いったん外に出よっか」
「え、あ、うん。わか……わかった?」
意識して笑みを作ると、怪訝そうな顔をしながら頷いた。
立ち上がれば、全員剣を構えるものの、表情はどこか全員引きつっている。
「二人連れていかれた! 救出に――」
「落ち着け! これ以上、分断したら思うつぼだ」
死体が増えれば増える程、ブギーマンの手駒が増えるだけ。その上、洛陽の旅団の団員は、仲間の死体が襲ってくることで、躊躇が生まれる。
それが、容赦なく操られる死体を殴れるカイニスだけが無傷という結果。
「上まで退く! カイニス、前頼む!」
「っす!」
2階層へ向かう道を塞ぐように、仲間の死体が塞いでいる。
一番にカイニスを向かわせれば、容赦なく頭を殴っては、蹴り、道を拓く。
迷宮の騒ぎは、そこに手負いの獲物がいることの証明でもあり、音を聞きつけた魔物が集まってくる。
「うわぁっ!?」
ひとりの叫びに目をやれば、狼のような魔物がひとりの足に噛みついていた。
助けようと駆け寄るよりも早く、現れた新たな一匹が飛び掛かり倒れる。
「まだ周りにいる。足は止めないで」
足を止めかけていた日下部の肩に手をやると、カイニスは横を通り過ぎ、こちらを威嚇する魔物に盾を向ける。
後ろには群がる狼の魔物ともがくような動きの腕。
助からない。
判断するのと同時に、前を走る団員たちを追いかけるように走り出した。
その名の通り、入り組んだ道の迷宮。道こそ松明に沿って走るだけだが、恐ろしいのは脇道だ。
先程のように突然魔物が現れ、襲われる危険がある。
だが、アンデッドに追われながら、全ての脇道に注意して進むわけにはいかない。正直、今まで襲われずに済んでるのは、ただの運だ。
「これ、アイツの……」
脇道を警戒し、目をやった時、見えてしまったそれは、連れていかれた仲間の荷物だった。
剣にポーチと、靴、手袋と道しるべのように点々と奥へ続いている。
「今ならまだ……!」
「諦めろ! 今は体勢を立て直すべきだ!」
「でも――!!」
アンデッドや魔物の群れを捌く人間に、退路を確保する人間、その途中で見つけてしまった助けられるかもしれない仲間の品。
いまするべきことは、強襲されて崩れたこの体勢を立て直すこと。
わかっていても、焦らせ、別方向を向かせたのは、仲間の命の
剣、右足の靴、右手の手袋、上着、ポーチ、左手の手袋。きっとこの先も並んでいるのだろう。
もし、本当に生きていて、助けを求めるためのものであったなら、これを見過ごしたら助けられた命も助けられないかもしれない。
「エリサ!! 他のことは今はいい! 逃げるぞ!」
クレアが、後ろのアンデッドをカイニスに任せ、退路確保に加わる。
クレアが入れば、仲間を諦め、退路に向かう人間と、それでも後ろ髪を引かれている人間に分かれる。
見ている方向がバラバラだ。これじゃあ、逃げ切れない。
ちらりとこちらを見たカイニスと目が合う。
クレアといい、カイニスといい、どうしてこちらばかり見るのだろうか。
「――――ぁ」
主食は私で、他は手駒のための体。
脇に逸れた仲間の痕跡に目をやる。
「ハハッ! 罠初心者かよ!」
右足の靴が置かれているのに、左足がない。
血痕もないなら、あれは純粋な靴で、捕らわれているか逃げている状況で片足だけ靴を脱ぐなんて芸当しないだろう。脱ぐなら両方続けて脱ぐ。
それを、右足、右手なんて、まるで右側から脱がせ続けていたようじゃないか。
ポーチから火のエレメントを取り出し、紐にかけて回す。
「二足歩行初心者には難しかったですねェ? 雑魚」
どこかに潜んでいるであろうブギーマンに聞こえるように煽れば、効果覿面だったらしい。
カイニスの目の前、瞳孔の開いた大きな一つ目の半透明の白い化け物がこちらを睨みつける。
「天にまします火の神アグニよ。願わくば御名を崇めさせたまえ。御業を与えたまえ」
大きな魔法を使う際には、慣れていないのなら必ず神へ祈りを捧げろというのが、この世界の常識らしい。
要は、慣れていない故の暴発が怖いので、神頼みしておこうという話。どこの世界も最後は神頼みというのは変わらないらしい。
勢いのついた火のエレメントをブギーマンに向かって放る。
「灰燼と帰せ! フレイムバーン!」
詠唱を終えたと同時に火のエレメントを中心に炎の塊が、熱風と衝撃を発生させる。
巨大な炎がブギーマンを覆い、何人かが倒したかと足を止めたが、炎の隙間から見つめる瞳孔の開いた目は、明らかにこちらを怒りを持って睨んでいた。
「うーん……倒せたらよかったんだけどなぁ」
何とか覚えた唯一の魔法で倒せるとは思っていなかったが、足止めにはなるらしい。
それにブギーマンが現れたおかげで、全員がブギーマンから逃げることに集中している。これなら、逃げ切れる。
「よし! 逃げ――――って、あ、れ……?」
逃げようとするが、体が動かない。それどころか、力が入らず、意識が遠のいていく。
「エリサさん!!」
遠くでカイニスの焦る声がした。
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