第21話 幻想だって希望になる
3階層にいる魔物のほとんどは、食べられないもしくは魔力を抜く必要がある魔物ばかりのため、食事は2階層で捕まえた鳥や魔物の干し肉。水も川が横にあるわけではなく貴重。
焚火だって薪が大量にあるわけではなく、松明の小さな炎を使う程度しかできない。下の処理もお察し。
それでも、既に探索済の場所なだけあり、未探索の場所に比べてマシなのだろう。改めて、この先のことを考えると頭痛がしてくる。
「エリちゃんは、本気で攻略する気?」
嚙み切れない干し肉に噛みつきながら、クレアへ目をやる。
「気づいてるだろうけど、この迷宮を攻略すれば許されるなんてのは、罪人共が勝手に言ってることだ。実際に許されるなんて話はない」
騎士団の頃から変わらない。
そもそも、地下迷宮を攻略した程度で許されるはずがないのだ。何かしらの理由があり、表立って処刑できない人間を幽閉し、人知れず殺す処刑施設なのだから。
だが、地下迷宮に幽閉された者たちは、地下迷宮という場所の特徴から、攻略すれば許されるのではないかと信じた。
実際に攻略できた人間もいなければ、それを信じる者は増え続けた。
「だいたい、攻略したかどうかを上が知る方法もないしね」
「ポータルは破壊されてるんすね」
「あぁ。正確にいえば、王宮に設置されてるポータルが封じられてる。だから、こっちのポータルも使えない」
「なら、どうして迷宮探索を続けてるんです?」
元騎士団故に、この先に待つものすら未来がないことを理解していた。
だが、それを知りながらハミルトンは、迷宮攻略を目指すと言葉にし、旅団を動かしている。
「希望、目的。そういうのが必要だから」
ようやくふやけてきた肉を裂きながら口に入れると、日下部が答えた。
「何をしたって最終的に餓死します。って言われるのと、もしかしたら生きられる可能性があるよ。じゃあ、やる気が変わる。
特に異世界人なんかトラックに突然轢かれたようなもんだし、自暴自棄になりかねないからね。助かる見込みがあるって言われただけで、少しは落ち着くし、社会的な行動もとれる」
タイミングとしては、旅団の団長が変わった時。
前団長は、2階層で生活できるように生活基盤を揃えた。それが、第一から第三拠点までに顕著に表れている畑や集落の様子。いうなれば、迷宮を出るという選択肢を最初から捨てている選択。
そして、現団長のハミルトンは、底が見えてしまった故に延命処置として第四拠点を作り、人々に規律を守らせるために共通の
「つまり、ただのパフォーマンス!」
大袈裟に答える日下部に、クレアは小さく眉を潜めた。
「――――で、それはトップシークレットのはずだけど、言ってよかったわけ? 拠点で大声でゲロっちゃうよ」
「やっぱ似てるよ。団長に」
おそらく、日下部は拠点でわざわざ迷宮攻略の真の目的を口にすることはない。
少なくとも、今までも理解した上で、誰かに聞かれる危険がある場所では口にしなかった。今もこうしてクレアが切り出し、三人以外に聞かれる心配がないからこそ、はっきり口にしたのだから。
「その団長とやらも、私には希望か絶望かで二択を迫ってきたわけだけど、お前、言ってよかったの?」
「単純に気づいてないのか。気づいた上で見えないふりしてるのか、それとも気づいた上でそれで構わないのか。結構重要じゃない?」
「攻略して絶望をみんなに叩きつけるのを楽しみにしてるとかもあるよ」
「それ楽しい?」
「アイツが次の希望をどこに設定するのかは興味がある」
それはきっと本当に興味があることを察してしまえて、乾いた笑いが漏れる。
「もし、ハミルトンから私が本当に攻略する気があるのか探れって言われてるなら、心配いらないよ。ないから」
「ないのね……」
「カイニスも私も、あくまで冒険を楽しむってことで地下迷宮を探索して、結果として攻略できるかもってだけだもん」
嘘偽りのない言葉にクレアは小さく目を伏せた。
「なんだよ。その反応。正直に言ったって言うのにさ」
「いやいや! 僕には荷が重いと思っただけよ。同じように脳みそ煮え切ってなきゃ、やってらんないってね」
「大丈夫。クーちゃん、十分真っ白だよ」
地下迷宮にいい音が響き渡った。
本来の地下迷宮というものは、日が射しこむはずもなく、一日の経過がわからないもので、なんとなく目が覚めたから6時間程度は経っているのだろうという体内時計を信じるほかない。
迷宮探索二日目。
「とりあえず、今日は4階層入口まで行きたいと思います」
旅団は、4階層の中腹までは探索を終えている。
そこまでのルートは、徘徊している魔物こそいるが、縄張りなどの定位置を持つ魔物はいない。地図があるというなら、最短距離が最も安全で確実なルート。
食料も武器も少ない今、時間をかけて攻略するのは結果として失敗を招く。
地図の信憑性の確認ができたなら、次は4階層までのルートの確保が優先される。
それを終えたら、4階層と地図の照らし合わせ。それを終えたら、5階層までの最短距離を進む。
探索を終えていないところには、縄張りを持つ魔物がいるかもしれないが、それを倒すにしても、攻略が済んでいる地下迷宮にボスと言われる存在はいないため、あくまでちょっと強い魔物程度だ。
「えっと、4階層に探索班がいるんだっけ?」
「今は人数が半分だから、前の場所と大きく変わってはいないだろうね」
「なにも無ければ、半日くらいで3階層は抜けられますよ」
「じゃあ、合流するのは明日か、明後日ってところか……」
迷宮探索に回している人員が少ないことや偽装工作が万が一にでもバレた場合、旅団の補給線は怪しくなる。
つまり、食料と水は往復できる量を最低用意しておきたいというのが本音だ。食料は、案外どうにかなる。というより、水が一番の問題だ。液体のため、下手な容器では漏れるし、かさ張り、重い、現地調達はほぼ不可能。カイニス曰く、数少ないが壁に生えた植物から水を取れるものもあるため、最悪でも1日分は確保できるらしい。
ここを乗り越えた騎士たちは、おそらく装備をしっかり整えて、5~10日程度で5階層まで辿り着くのだろう。補給がない状況なら、それが限界。攻略する階層が少ないとはいえ、無駄に肥大した人数に疲労もあれば、やはり必要なのはスピードだ。
探索を進めるにしろ、安全な道を確保。その後、そこを基盤に進めていく。
もしかしたら、2階層のように、おかしな空間になっている階層もあるかもしれないし。
「やっぱり、一番は水だよなぁ……上みたいに川っていうか水路があれば、だいぶ良くなる」
「迷宮の中に水路通すんですか?」
「通せば水の確保は容易。物資だって実際に運ぶよりも、水に浮かべて運んだ方が軽くてラクできる。イカダみたいなのは必要だけど、木材なら大量に上にある。補給部隊の人数削っても同じ量どころか水を運ばない分、量を増やせるかもしれない。ろ過装置分は十分ペイ可能だと思うよ」
自動で流せたらラクかもしれないが、魔物に襲われたら意味ないので、やはり物資の護衛は必要として、それでも人員の削減は可能な気がする。
しかし、何も返事は来ない。歩く音だけがしばらく響く。
不安に駆られてクレアに振り返れば、じっとこちらを無表情の思案している様子で、少し速足でカイニスの顔を見れば、驚いたようにこちらを見た後、頬をかいた。
「ちょっと意外でびっくりしただけです」
「意外、なの……?」
この世界には水路っていうものが発展していないのだろうか。しかし、先程カイニスは”水路”と口にした。つまり、水路そのものは存在するはずだ。
「迷宮を改造しようと思ったのは初めてで。時々破壊したくなる気持ちはわかるんすけど」
ギミックが面倒な時とかだろうか。ゲームとかで謎解きが面倒で、バグ技を検索したくなるような、そんな気分なのだろう。
「水の迷宮とかなかったの?」
「ありますけど、アレは迷宮の中まで水に沈んでるから、行くの大変なんですよ。でも、落水迷宮なら行ったことありますよ」
「落水?」
「不定期に流れてくる水に流されると、中央に開いてる穴から最下層に落っこちるんです」
「良く生きてたね。カイニス」
「俺もさすがに死んだと思いました」
どの程度の高さかはわからないが、ある高さ以上だとコンクリートより水の方が硬いというし、単純に落下しただけでも死にそう。
鍛えてるからという理由で何とかなる域を超えている気がする。同じ人ではあるが、強度が違い過ぎる。異世界人はみんなこうなのだろうか。
「水路を作った奴なら、まだ残ってるよ。今度声かけてみる?」
「やっぱアレ
「団長がなんていうか、僕も結構気になるんだよね」
「……お主も悪よのぉ」
悪い笑みを浮かべるふたりに、カイニスは少しばかり頬を引きつらせるが、妙な音に目をやり、日下部の手を取ると脇の道へ逸れる。
明かりのついた道は、旅団が通っては、縄張りにしようとする魔物を狩っている。そのため、この道を通る魔物は気づかれさえしなければ、戦闘にならずに済む。
避けられる戦いは避けて損はない。カイニスに従い、暗がりの通路で大人しく屈む。暗く、正直ほぼ何も見えないが、もし何か見える状況であれば、逆に向こうからも見えることになる。気配を探れるわけでもなし、戦う術も大したものでないとなれば、カイニスの手の感覚に従うのが一番だ。
ペチャ……ペチャ……
足音は雨上がりの足音の様で、音の数から6本脚で、粘液が垂れているか、足だけ半固形物。鋼鉄牛のような鼻息などの音はない。荒々しいというよりは不気味な魔物だろうか。
時々引きずるような音がするのは、尻尾か、別の変形した何かだろうか。
…………気になる。
後ろ姿だけでも見れないかと思っていると、掴まれていた腕が離れ、口を塞がれる。
「………」
暗闇でほとんど見えないが、カイニスに目をやれば、顔を逸らされた気がした。
近づいてくる足音に、仕方なく大人しくしていれば、足音はすぐ近くまでやってくる。迷う様子もなく、リズムよく近づき、離れていく。
足音も消え、カイニスの手が離れていく。もう安全だということだろう。
「残念。もういない」
「そりゃね」
すぐに足音がした通路を覗き込んでみても、すでに姿は無い。
「今の奴ら、確認できました?」
「あぁ、うん。ちょっと面倒なのがいるな」
真剣な様子で話すクレアが言うのだから、きっと本当に面倒なのがいるのだろう。
「それは他人の首根っこを掴みながらじゃないとダメ?」
「ダメ」
絶対、人の襟を猫のように掴みながらする話ではないと思う。
これは話の途中でどっか歩いていきそうな犬とか、子供にする行為であって、とりあえず耳を傾けている人に対してやることではない。
「今の奴らに生気を感じなかった。多分死んでる」
「ゾンビとかってこと?」
「そうね。その類だと思う」
「そうなると厄介っすね。俺たちじゃ、有効手段がない」
ゾンビなどのアンデッドの特徴は、その名の通り”死が存在しない”こと。
しかし、手立てがないわけではなく、聖職者の祈りや聖水などの清められた物品による浄化は彼らによく効くし、現象に近い魔法は有効だ。
つまり、アンデッドに対抗手段がないというわけではなく、現状ここにいる人間で対応ができないということ。
「避けて進むには賛成。気になるけど、見つかったら面倒ってことは理解した。でも、さっきのは肉体があったんでしょ? 足音したし」
「ん? あぁ、うん。さっきみたいのなら、手足と顎切れば無力化はできるよ」
「問題なのは、今のが実体がない奴が死体に憑りついたか、アンデッド化させたやつがいるかっすね」
「その場合って、どっちがめんどうなの?」
「どっちもどっちっすね。強いてあげるなら、アンデッド化させる奴は上位の魔物なんで、本体はどうにもならない可能性が高いっすね」
アンデッドの対抗手段としては、大きく分けて三つ。
ひとつ。聖職者もしくはそれに準ずるものを連れてくる。
ふたつ。魔法が使える人を連れてくる。
みっつ。逃げる。または諦める。
今の我々にできるのは、三つ目のみのため、考えるのは逃げる方法だ。
まずは先程のような実体のあるアンデッド。これは簡単。手足と顎を落として無力化する。
次に、ゴーストなどの実体のないアンデッドが死体に憑依していた場合。これは、取り憑いている間が勝負になる。向こうも、こちらへ干渉する時は実体を持つため、その間ならば物理的な攻撃も効く。
「…………」
ポーチを探り取り出したのは、透き通る赤の火のエレメント。
実体が無くても魔法なら効く。
「元々アンデッドの出やすい場所なの?」
「んや、聞いたことないよ。けどま、アイツらは虫みたいに湧いてくるから。しかも、一匹湧くとドンドン増える」
騎士団の訓練場時代よりも死体も多い。幽霊のようなものが湧いてもおかしくはない。
前を歩くクレアが足を止め、刀に手をやる様子にふたりも足を止める。
見据える先には暗闇。
探索を終えているはずの通路に灯しているはずの明かりが消えていた。
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