第18話 タイムリミット
洛陽の旅団の拠点だから、カイニスは相変わらず黒竜として扱われるのかと思っていた。
「助かるよ。無理しなくていいからね?」
「いえ、このくらい全然大丈夫っすよ。重たいものなら俺持つんで言ってください」
木材を運んでいるカイニスは、相変わらずの人の好さを発揮して、朝から異世界の住人からは頼りにされていた。
考えてみたら、異世界人からすれば黒竜の意味は知らないし、あの人の良さだ。好まれて不思議ではない。
とはいえ、大量殺人鬼と知った日には、石を投げても構わないと思考が容易にシフトする連中だろうが。バレていないのなら、それに越したことはない。
むしろ、思いっきり寝過ごした私の方が、正直冷遇される気がする。
「あら、起きたの? おはよう。昨日は大変だったでしょう?」
「へ? あ、はい。おはようございます……」
「すぐそこで戦いがあったんでしょ? 来たばっかりで大変だったわね。それに、色々聞かされて混乱してるでしょ。落ち着いたら声をかけて頂戴」
お茶とビスケットを渡され、笑顔で手を振ってどこかに行く女性。
とりあえず、ビスケットを口に入れる。
今の言動、昨日転移させられて、戦いに巻き込まれたと勘違いされていた。それに不都合は、ない。
むしろ、寝過ごして朝食を逃したり、仕事をすっぽかしているのに、色々混乱して、疲れたのだろうと労われる都合のいい勘違いは大歓迎だ。
森は昨日の戦闘や火事の影響で魔物が昼間であっても活発であり、地形が一部大きく変わっているという。カイニスと相談し、今日も旅団の拠点に邪魔することになった。
旅団としても、色々と被害があったらしく、警備に当たっている旅団がこちらを気にする様子は無く、異世界人が人の良いカイニスを嫌う様子もないなら外に出たい理由もない。
「ここから出る方法? あぁ、それなら迷宮探索をしている人たちがいるんだ。ほら、あの剣を持ってる人たちの仲間がね。
なんでも、迷宮を攻略すれば外に出る方法があるんだと」
「そうそう。俺たちは戦えるわけでもないしな。ここで待ってるしかないんだよ」
「元の生活に比べたら大変だけだぞ。電気もガスもない。風呂だってない。満足に飯も食えない! まぁ、それはみんな一緒なんだけどな」
畑や日曜大工の延長を手伝いながら、話を聞いてみても、カイニスやクレア以上の情報は出てこない。
「旅団の人たちはいい人たちさ。ちょっと怖いけど」
「疎開みたいよね」
「ホント戦時中みたいにさ、俺たちも訓練してるんだよ。ほとんど形だけだけどな。実際、魔物と戦えって言われてもなぁ」
「それ言ったらまずいですって」
終始笑顔だった一人が、慌てて声を潜め、辺りに目をやる。
クレアが口減らしをしているくらいなのだから、異世界人の戦闘訓練程度はしていたところで不思議ではない。可能なら、警備だけでも異世界人中心に行いたいといったところだろう。迷宮探索に主力をつぎ込めればどれだけいいか。
「わかってるが、新人に戦えるって嘘ついて怯えさせてもなんだろ」
「……」
「そうなんですね。少しだけ安心しました」
「大声で言うなよ? 狩りに連れ出されるぞ」
第一拠点で団長が常駐するだけあり、第三拠点のような遠くにいても悪い空気を感じない朗らかさ。コミニティとしては、上下関係がはっきりしているからある意味運用はしやすいのかもしれない。慈善団体の側面をやや持ち合わせていることを加味すると、また権利意識などが関わって面倒なことになってくるが。
「必要な物は全部旅団の人にお願いするのよ。服とか嗜好品はほとんどないけど、すぐに慣れるから」
「そうそう。あの人たちに任せておけばいいの」
「大丈夫大丈夫。難しいことも全部、あの人たちがやってくれる」
「私たちは何もできないんだから」
空虚な言葉と空虚な笑み。それでいて、共感しろという無言の圧。
「疲れた……」
初日と勘違いしてくれたおかげで、大したことはしていないが、すごく疲れた。
「エリサさん? 大丈夫ですか? なんか顔色悪いっすけど」
「だいじょば――え、なにそれ」
カイニスの声に目をやれば、なにやら布や小さな箱を持ったカイニスがいた。
「これですか? エリサさん、結構服も靴もボロボロだし、借りてきたんです」
「うん。ありがとう。なんかごめん」
「とりあえず、これ夜だけ借りてるんで、さっさと直してきますね。あと、これ。いつもより夕飯も少なかったっすから」
手渡される飴は、この地下迷宮では贅沢品で、カイニスが持っていた覚えも無ければ、作れるものでもない。
つまり、それはここにいる人が何かしらの理由で旅団からもらった数少ない贅沢品。
本来、人に渡してしまおうと考えることなんてしないが、飴を渡した人も、渡された本人も、呆れるくらいのお人好しだ。
「カイニスカイニス」
「はい?」
「口開けて。はいあーん」
少なくとも、私がもらうものではない。
「へ!? あ、え、え!?」
「きっとこれから靴とか修理とかしてもらうんだろうし、先に買収しておこうかと思って。報酬先払いで」
さすがに口に入れたものを渡すわけにもいかず、カイニスも困ったように飴を遊ばせながら、渋々頷く。
「というわけで、交渉成立。よろよろ~」
「…………明日には森も落ち着いてるでしょうから、戻りましょうか」
先に戻っていると、テントに向かったカイニスを見送る口元には妙に力が入っていた。
「嫌だなぁ……集団生活苦手みたいじゃん」
違う。子供の癇癪みたいなもので、社会的な顔ってものを理解している。
でもやっぱり、気持ち悪いんだ。
お世辞に乗ったらお調子者。
感情を露わにすればお子様。
大人なら常識を持って、マナーを守って、冷静に、それでいて情熱は忘れずに。
「夜は見張りじゃねェ奴は休め」
背中からかけられる声に、振り返ればハミルトンが立っていた。
「松明を使ってるわけでもないんだから、減るのは自分の体力位でしょ」
「ここにいる限り、従ってもらう」
暗いというのに、見下ろす目は恐ろしく殺気の込められた物であることが見て取れる。
第一拠点の人間が、この状況下で、笑顔で社会的な行動ができているのは、きっとこの男が規律と恐怖で押さえつけているからだ。
「従わない場合、お前を処罰する」
「四拠行きとか?」
はっきりと口にしなかったが、ここの規律を逸脱すれば処罰として、どこかに連れていかれていることを知っていた。その後どうなっているかは、知らないながらも全員が想像していた。
あの死臭に溢れた場所を予感して、迷宮攻略が確実でないことも知った上で、思考を放棄して、
「ふ、ふははっそっか。そっか……! イカれてる。思った以上だわ」
そう思えば、外に出たいとか行き場のない怒りを押さえつけてるこの男の能力が、相当なものであることがわかる。
だって、私は先がないのだから、欲望のままに動いてしまうから。
「進んでも死ぬ。退いても殺される。なるほど。これはイカれて然るべきだ」
ぬるま湯は私の方だった。
時限爆弾付きの首輪をつけられ社会的行動を強制され、できないなら今すぐ死ねと言われる状況。
片手で数えられる程度の木箱から、食事のたびに食料を取り出し続け、自分たちの残り時間を眺めることしかできず、助かる方法は
同情しよう。このゴールも見えない状況では、
「…………そうか。知ったのか」
ハミルトンの言葉に、汗が噴き出す。熱に浮かれていた思考が冷める。
意外にも、クレアは第四拠点で仕事中に私と遭遇したことをハミルトンに伝えていなかったらしい。
まずいことを口を滑らせたかもしれない。
「それで、お前はどうするつもりだ」
どういう意味だろうか。
迷宮攻略の手伝い? それとも、クレアの口減らしと粛清のことだろうか。
クレアは旅団の中でも腕が立つらしいし、迷宮探索に駆り出されていないことが不思議ではあったが、今日のような騎士団の襲撃を考えれば理解できないことではない。しかし、本当の仕事は、旅団内の粛清。
それを知った私へのこの言葉の意味は『他言すれば、逆らえば殺す』。
「この状況はあと30日、長くても50日が限度だ。可能性に賭けるか、屍が自らの首を絞めるのを眺め続けるか、お前はどちらを選ぶ」
「…………………………ぇ」
予想外の言葉に、つい間抜けな声を上げてしまえば、思いっきり眉を潜められ、ちょっと待ってほしいと意思表示に左手を差し出せば、深くなる眉間のしわ。
『逆らえば殺す』ではなく? という意味を込めて、左手を首に当てて見せれば、片方の眉だけ吊り上がった。
「なんで、アイツが俺に隠さねェといけねェと判断した奴を殺すんだよ」
「いや、だって、うぇぇ……」
こいつ、身内には甘いタイプか。
「テメェには選ばせてやる」
微妙にかみ合わなかった会話に少しずつイラついているらしいハミルトンは、初対面のあの物腰柔らかな口調からどんどん離れている。
こちらが地であろう。クレアや他の旅団がたまに噂している様子を合致する。
「どちらにしろ、アイツのことは任せる」
「任せるって……旅団を抜けて、そういうこともやめて、死ぬまで面白おかしく生きましょうって言ってもいいってこと?」
「構わねぇ」
即答で肯定された冗談に、嫌になる。
冗談だと受け流すのが大人なのか、真摯に受け止め解決策を模索する姿勢を見せるのが大人なのか。
「アイツは、不器用で優しい癖に頭が良すぎた。
本人にその言葉を伝えてやればいいのに。
きっと意味はない。
クレアは、救いも共感も欲しくはないのだと、自分の道を突き進むと決めているから。
「アイツは――」
「やめろ」
バツの悪そうに視線を逸らし、少し迷いのある声色に、半ば反射的に言葉を遮る。
驚いたようにこちらを見つめる表情が嫌なことを予感させる。
「その憶測を聞く気はない。クレアの口から聞くなら許すが、それ以外は許さない」
その憶測を他人から聞く気はない。真実など目の当たりする以外に知る由はない。
「……言わねェぞ。アイツは」
「知ってる。その優しさに漬け込む気だからな。お前だって、そんな奴に一任したんだ。共犯だよ」
「今すぐテメェを切ってやりてェ……!」
「そうしておいた方がよかったと、この先ずっと後悔することになる。それでも、本気で任せる気か?」
「あぁ」
短く返された言葉に、喉の奥で唸る。
「……明日の朝まで。それまでに決める」
「わかった」
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