第17話 そんなことより、おもしろいことしましょうよ
炎を吸収すれば火のエレメントが手に入る。
夢の広がる話に、燃えている森で消火活動の手伝いをしていた。
時々、誤爆するが、集まった火のエレメントはカイニスの表情を見る限り、相当なものだと思う。
大した苦労もなく、振る加減だけで、炎が出たり消えたり、なんて楽しいことか。
神様とやらは異世界に飛ばされた人のために、なんて良いものを与えてくれるのか。こんな力があれば、非力な現代人でも、魔物が跋扈する剣と魔法の世界でも生きていけるというものだ。
むしろ、これがないとまともに生きていくのも難しい気もする。
「ぁぁああぁあぁぁああぁあああッッッ!!!」
突然聞こえた恨みのこもった叫びに目をやれば、敵意を持った人がこちらに向かってきていた。
反射的に伸ばされた手を躱し、手に持ったランタンをその頭へ振り下ろす。
あの灰になった騎士と同じように燃えて消える。想像に易い光景に、目に奪われて、違和感に気づくのに遅れた。
確かに振り下ろしたランタンが空中で動きを止め、それでもなお力を込めた炎は逆流し、自らの腕を焼いた。
「ん゛っ……!?」
熱いヤカンに触ってしまった時のように、反射的に手を離せば、ランタンは地面に転がる。
「エリサさん!!」
カイニスの声に、目をランタンから襲い掛かってきた人へ戻せば、赤く濡れた顔で見上げ、腕を振り上げていた。
だが、その腕はカイニスに叩き切られ、勢いのまま地面に叩きつけられた。
「腕! 大丈夫ですか!?」
「うん。ちょっと火傷したけど、案外平気」
少し火傷しているが、焼き肉で少し手が炙られるみたいなものだ。
それよりは、少し大分焼けている気もするけど、ちょっとじくじくと痛む程度で、我慢できないほどではない。白っぽくなっているし、水膨れにはなるかもしれない。後でちゃんと冷やさないと。
「それにしても、今の……」
明らかに妙な手ごたえだった。
これが王が頭を悩ませているという神器の使用制限というものだろうか。突然、使えなくなり、消えるという。
しかし、未だに地面に転がるランタンは消滅する様子はない。
持ち上げたところで壊れた様子もない。適当な場所に火を放ってみても、変わらず燃えるし、吸収できる。
「ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛!? 痛ぃ゛い゛た゛いっい゛た゛い゛ぃ゛た゛い゛!!!!!!」
変わらず使える。
それなら、先程と同じ、騒いでいる人が特殊なのか。なにか魔法とか、はたまた異能者と呼ばれる神器持ちの異世界人だったとか。
「ふざけるな! ふざける゛な゛ァ゛!!」
「あれ……相川さん?」
なら、相手による要因は考えにくい。
異能者ではないし、この人の性格なら魔法なんて使えれば、いの一番に自慢する。
それなら、誤作動だろうか。
「なん゛で、どう゛して!? あ゛たしが、な゛に゛かした゛!?」
彼女に向かって振ってみれば、反応しない。
「な゛に゛か、答え゛ろよ゛ッ!!」
少し力を込めれば、先程と同じように指先が少し炙られ、またランタンを落とす。
「お゛前な゛んて――」
「「地獄に落ちろ」」
見合った視線に、単純な心は簡単に読み取れてしまう。
つまらない言葉を被せただけで、目を見開いて驚いて、なんてつまらない。
「センスないな。死ぬ前なんだから、もっとまじめに嫌がらせすればいいのに。旅の恥はかき捨てっていうでしょ」
目の前で唾を吐いて、舌を噛み切るくらいやればいいのに。
「…………助けてほしいですか?」
瞳孔が揺れる。
変わらない。自分は何も理解できていないのだと証明する質問をするくらいなのだから、わかっていたけど、相変わらず自分本位に、みんなが自分へ花を持ってきてくれると勘違いしている。自分は着飾られる存在だと勘違いしているお貴族様。
目を輝かせて、開きっぱなしの口を何度も上下させて――――飽きたな。
心ひとつも脈打たない。
何度も見覚えのある名場面とやらを流し続けるテレビのよう。
何度も開く口にナイフを差し込んで、内側から右頬を裂き、次は反対側。
泣いて、恐怖して、そんな表情を前は想像しては衝動を抑え込んでいたけど、案外実際にやってみるとつまらないらしい。
そもそも、これに何かを求めていたわけじゃないから仕方ないのかもしれない。
謝罪をしてほしいわけでも、惨めに死んでほしいわけでも、鬱憤晴らしに殴らせてほしいわけでもない。目の前に存在して腹立たしいことをするから排除したかっただけで、存在しなくなったのなら意識することもない。
立ち上がり、少し離れてランタンを振る。
「そんなことより、おもしろいことしましょうよ」
小さく狙うと燃えないなら、広範囲であればどうだろうか。
暴発は、ない。
「それなら――」
危険性は勢いをつけなければない。
再現性なし。なら、どうすればいい? 次は何を試せばいいだろうか。
*****
洛陽の旅団第一拠点はいつもに増して、緊張感が漂っていた。
木製の塀の内部では、いつもよりも多い見回りに、出入り口は険しい表情で警備を続ける団員。
その中、クレアは疲れたような足取りで離れにあるテントの中に入っていく。
中には、眠っている日下部と座りながらこちらを見ているカイニス。
火事のこともあり、森の中の魔物も動物も騒がしく暴れている。そのため、いつもの川原では休みに休めないだろうと、今日だけはふたりにも拠点で休むように伝えていた。
「…………」
何も言わず日下部の元に屈むと、顔を覗き込む。
色々なことがあったはずだが、相変わらず緊張感もなく眠っているようだ。
「……起こさないでくださいよ」
毛布を捲ろうとしたクレアに注意すれば、日下部の手があるであろう場所に目をやる様子にカイニスも同じように目をやった。
「手ならちゃんと手当てしてもらってますよ」
「ひどいの?」
「ナイフを持ったりはできてましたし、そんなにひどくないと思います」
「そう」
ふたりと別れてからのことの詳しいことはわからないが、ランタン型の神器は炎を起こすだけではなく消すこともできたらしく、実験ついでに日下部は消火活動を手伝っていた。
おかげで、雨の降らない地下迷宮で致命的な火事になりかねないというのに、森としての被害は案外小さなものに収まった。
人の被害としては、運悪く川にいた6人が死に、地形が変わるほどの威力を持った炎は、川を破壊した。
それでも、神器が手に入ったのなら、迷宮攻略が進むかもしれないという希望があった。
神器が手に入ったのなら。
「神器、壊れたんだって?」
「……そう、っすね」
それは突然だった。
慌てた日下部の声と共に、音を立ててランタンが崩壊し始め、赤い火のエレメントを地面に巻き散らし、消えた。
元から神器が突然壊れたり、消えることは言われていた。しかし、
「でも、アレはエリサさんのものっす。なら、壊れようと何しようと、アンタたちに関係ないことでしょ」
偶然その光景を見てしまった団員が、日下部のせいだと、彼女を責めた。
彼ら以外にも、少なからず、手に入ったはずの神器を壊したのは彼女のせいだと責める声はあった。それを抑えたのは、洛陽の旅団団長であるハミルトンだった。
「別に僕はどうとも思ってないよ。むしろ、心配してるんだよ?」
全く信用していないという目をするカイニスに、クレアも苦笑いを返しながら、横になる。
事実、確証もない憶測で、ひとりを責め始め、そいつが責任を感じて自殺したところで、その悪循環は連鎖していく。その先は、ただの崩壊。
それに、どうでもいい奴が気を病んだところで気にしはしないが、もし、それが日下部で、その命を搾取されるというなら、別の誰かの命を搾取する。
いつかは終わるなら、その時まで隣にいる人間を選ぶ自由くらい許されるはずだ。
眠ったクレアの先程までの表情に、カイニスは頬をかいた。
昨日までの隙あらば切ろうという雰囲気がなくなっていた。利用とかでもなく、本気で心配しているような、そんな表情。
自分がいない間に、日下部と何があったかのだろう。少し目をやれば、先程まで閉じていた目が開き、こちらを凝視していた。
「――っ!!」
「カイニス、寝物語に聞き流してほしいんだけど、いい?」
淡々と、瞬きもせずに凝視される目に動揺しながらも頷けば、淡々と続けられる。
「あのランタンなんだけど」
あの後、広範囲に炎を撒いて相川が燃えるかを試した。
結果は、不自然に炎が相川を避けた。
次は、生成された火のエレメントで相川が燃えるか。
”相川”というものが、そもそも魔法の炎で燃えない特殊体質の可能性を潰すために、焚火をつける程度の弱い炎で燃やしてみたが、これは問題なく燃えた。
狙いを定めれば炎は現れず、広範囲は炎が避ける。
ランタンそのもので殴れば、妙な壁に阻まれる。
つまり、ランタンによる相川への直接的な障害行為ができないということだ。
「で、神器での異世界人への殺傷行為ができないようになってるかとも思ったんだけど、死んだ人たちに異世界人もいたんでしょ? それに私も火傷したし」
ここから導かれるのは、”異世界人”の括りではなく”相川”個人ということ。
次に確認したかったのは、彼女を不自然に避ける炎に、どうにか燃やす手段がないかということ。
模索した結果、相川を避けない炎を出すことはできたが、その炎で相川が焼け爛れることも無ければ、その炎で周辺の草木が燃えることもなかった。
「あの炎がなんだったのかはわからないけど、ひとつ可能性がでてくる」
少なくともあの炎は人や物を傷つける炎ではない。故に、相川を燃やすことができた。
つまり、
「あのランタンの本来の
そう仮定すると、そこから繋がることがある。
「そんでもって、本来の所有者が死んだから、神器が壊れた。正確な死んだタイミングはわからないから、誤差が発生するかはわからない」
だが、確実に相川が死に、そのタイミングで神器が壊れた。
神器の個人に対する異常な動きに、その個人の死亡と同時期の崩壊。
これが相関していないとは考えにくい。
「しっかし、再現性がない……」
この仮説の証明には神器が必要だ。
異能力者がいれば、その力が自分に対して効くかどうかを試せばわかるが、死亡との関連が不明のまま。あくまで、肉体と神器が分かれていなければわからない。
「それじゃあ、今まで神器が突然壊れるって言われてたのは、異世界人がここで死んだタイミングってわけで、その場で殺した時に出てこないのも道理ってわけだ」
床に肘をつきながら会話に参加するクレアに、日下部も毛布の中から手を出し、包帯に巻かれた手を見つめる。
「仮説が正しければ。でも、だったら王様とやらは旅団に感謝しなきゃな。じゃなきゃ、骨折り損どころか、ただの裸の王様だ。金一封くれって交渉してこいよ。クーちゃん」
「いいねぇ。王様に鳥のフルコースを献上ってわけか」
「ははは。よし、ここで全員ぐーぐーのたれじのう、そしたらいやがらせでき、る……」
ぺたりと遊ばせていた手が力なく項垂れ、先程までギラギラと異様に輝いていた瞳は閉じている。
「…………ぇ゛、寝た?」
「寝ましたね」
気にした様子もなくカイニスは、開けた毛布を掛け直す。
「え、なに? よくあるの?」
「たまにっすよ。気になることがあると突然目を覚まして、話して、寝る」
「ガキかよ……」
「それより、アンタも休んだらどうです? テリトリー内なんだし、心配ないでしょ」
「……あんまり甘やかすのも良くないと思うなぁ」
すっかり寝息を立てている日下部にため息をつきながら、クレアも毛布に包まれることにした。
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