第16話 神器”ランタン”を手に入れた

 異世界より天使を招き、彼らの持つ神器を使うことで、アポステル大国は魔王軍と対抗してきた。

 そして今回、ようやく神器”先導の灯”を与えられたジュリアン・ロットは、その神器の能力を調べるため、地下迷宮へと来ていた。


 神器というものは、最初から使い方が判明しているものはない。与えられた騎士が自ら調べることで、その能力や使い方を知る。

 剣などのはっきりとしている武具ならばいい。だが、一見、武器のようには見えない神器は与える相手を慎重に選ばれる。その神器を生かすも殺すも与えられた騎士次第だ。神器の能力・使用方法を判明させられなかった騎士は、途端に信用を失う。

 ジュリアンにとって、このランタン型の神器は、この先の命運を分けるものといえた。

 だからこそ、最初に魔力を通してかざした時、遠くの森に複数の火柱が上がった時の安堵と高揚感は格別なものだった。


「さすがは神器というべきか。加減が難しいが、準備もなくこれだけの炎が出せるとは」


 少量の魔力でも、十数本の木を焼き払えた。

 術式もエレメントも関係なく、神器に魔力を通し、まるで石を放るように火が放てる。


「これさえあれば、火のエレメントなど必要なくなるな」

「火のエレメントは不足しがちですから、我々は良い神器を賜りましたな」

「全くだ。ついでだ。この鬱陶しい森を焼いてやろう」


 周囲を焼き払い、うっすらと煙が立つが、ここに捉えられているという罪人たちの姿は無い。

 いたならば、対人戦闘で試してみたかったが、この見晴らしの良さでは、いくら罪人であっても無鉄砲に自殺になど来ないだろう。


「……生きていればの話か」

「はい?」

「例のカイザーン家の腰巾着共だ。まだ妄執に囚われる連中に、カイザーン家はもう終わったのだと教えてやることも、この”先導の灯”を賜ったジュリアン・ロットの役め゛ッ――」


 神器を掲げたその時、唐突に頭蓋をノックする音と共にジュリアンの意識は途絶えた。

 周囲にいた騎士たちは、突然聞こえた破裂音に身を屈め、地面に倒れたジュリアンに動揺する。

 攻撃を受けている。それは理解しても、攻撃方法がすぐには思い至らなかった。

 ここにいるのは、何の武器も持たない罪人たちで、爆薬など持ち合わせるはずがない。魔法の気配もなかった。しかし、確かに、自分たちの耳がはっきりと破裂音を聞き、同時にジュリアンが倒れた。


 どこから狙われているのかと動揺している9人に比べ、少し離れたところにいた5人は離れていた分、冷静だった。

 破裂音が爆薬に比べて軽い音が、子供騙しフクロダケだと気が付くと、草陰でまた何かを投擲している人影を発見し、弓を引く。

 弓矢が人影目掛けて飛び、まだ燃える木々の上を通った時、いくつかの破裂音と共にあらぬ方向へ飛んで行った。


「いない!? 小癪な……!」


 土埃が晴れた時、既にそこに先程までの人の姿は無い。


「逃がすな! 追、ぇ……?」


 妙に静かな背後に振り返れば、そこにいたのは見覚えのないふたりと、目の前に迫った鈍く光る切っ先だった。


「完全に、エリサさんが囮になっちまった……」

「ま、いいじゃないの。僕らがとっとと片付ければいいことだし」


 当初の予定では、10人はフクロダケの胞子塗れにし混乱させた上で、投擲して人を減らしていき、その間にクレアとカイニスのふたりが、背後から不意打ちする予定だった。

 だが、最初のフクロダケ以外投擲に失敗に終わったため、周囲に控えていた9人も日下部の存在に気が付き、注意がそちらに向き、日下部も身を隠したままだ。

 作戦発案者である日下部も自分が囮になることは理解していた上で、注意を引き付けた後は、全てふたりに任せており、複雑な表情で日下部の身を潜める草陰を見つめるカイニスと、微妙に嫌そうな表情で同じように草陰を見つめるクレア。


「ところで、僕は5回聞こえたんだけど、エリちゃんが今日何個持ってたか知ってる?」


 クレアたちに気が付いた騎士が弓を射るが、一薙ぎで打ち落とされ、投げつけられた剣に頭を下げる。


「緊急用に渡したのは3つなんすよ……」


 特に今日はひとりで狩りができるか試していたため、日下部のパンパンに膨れ上がっている採集袋の中にフクロダケがいくつ詰め込まれているかはわからない。

 少なくとも、カイニスが渡した3つ以外に自分で採集した分がいくつかあるらしい。

 その上、未だに木に隠れたまま顔を出さない。日下部の性格なら、神器なんて興味津々だろうが、顔を出さない異常事態。


((絶対爆発してないやつがある))


 確信に満ちた答えが一致し、つい頭を下げた騎士を蹴る足に力が入る。地面に倒れる騎士は左手の剣で突き刺し、開いた右手で倒れた騎士の腰に携えていた剣を抜き取る。


「アンタ、本当に騎士団かよ」

「切るなり殴るなり出来りゃいいでしょーよっ」


 王立騎士団のほとんどは貴族出身。身に着けている武器や鎧は特注のことも多く、クレアのように使えないと判断すれば捨て、相手の武器を奪う騎士は少ない。


「そう、っすけどっ!!」


 カイニスもまた同じように、相手の武器を奪うこともすれば、盾で鈍器代わりにしていることもある。

 荒々しいその姿は、貴族ばかりの騎士にとって、魔王軍と変わらぬ恐ろしさであった。

 

 その頃、木に隠れたまま顔を出していなかった日下部は、朗らかに笑みを浮かべていた。

 思った以上に飛ばなかった6個のフクロダケが、燃え盛る木の上に落ちたのを見た瞬間、笑いが込み上げてきた。

 背中に伝わってきた爆発音は、4回。あとふたつ、爆発予定がある。


「……気になる」


 投げた後がどうなっているのか、大変に気になるが、見上げた木の幹に刺さる矢に顔を出せない。

 しばらく矢も飛んできていないし、神器も気になるし、やはり少し顔を出そうかと顔を上げた時、草をかき分ける音と影。


 日下部は聞き分けられないが、フクロダケの破裂音と爆発音は違うらしい。もちろん殺傷力もフクロダケは装備が整っていれば、ほとんどない。不意打ちで少しの混乱であれば作ることはできる程度だ。

 タネが割れれば、騎士はフクロダケの危険地帯を軽々と進んでくる。

 だからこそ、この戦いはカイニスとクレアが、どれだけ早く騎士を倒せるかにかかっていた。


 明らかにカイニスとクレアのものではない鎧のシルエット。今から逃げたところで間に合わない。

 むしろ、その場に留まっているわけがないという油断に漬け込んだ方が嫌がらせできる。

 土を握り、見上げれば、姿を現した騎士は、体から剣を生やし、フラフラとした足取りで草むらへ倒れ込む。直後、破裂音がふたつ。


「うわぁ……すげぇ」


 焼けた木々がところどころ吹き飛んでいる様子もだが、15人の騎士が倒れ、その中に平気そうな顔で立っているふたりにも、その言葉が漏れた。

 剣を投げたらしいクレアの目は、近づけるのなら今すぐにでも一発殴ってやりたいと物語っていた。

 あまりにも味方とは思えない鋭い視線に、笑顔で手を振って見せれば、しばらく睨まれた後同じように笑顔で振り返された。


「もっと怖くなったな」


 カイニスすらクレアの笑顔に若干引いていた。


「エリサさん、いくつ投げたんすかー?」


 ふたりが近づけないのは、単純に日下部の投げたフクロダケの誤爆を警戒してだった。

 直撃しなければ、かゆみと腫れがあるくらいだが、被爆しなくて済むならしたくはない。

 つまり、正直に今のが最後だと答えれば、クレアからの説教(物理)が行われる。ふたりとの間の思い込み地雷地帯が自分を守る最後の砦。


「それで、神器ってこれ? これだよね」


 しかし、神器への興味は勝てなかった。


 クレアの視線から逃げるように一直線に神器のランタンへ向かう。


「エリちゃん、その前に言うことはぁ?」

「大変申し訳ございませんでした。作戦としてはお伝えした通りかと。投擲の失敗に関しては、こちらも責任ですが、数は作戦に入っていなかったはずです。フクロダケ見分けられるようになった私凄くない?」

「味方に被害を出しかねないことは共有すべきじゃなかったっけ?」

「私の世界には『敵を騙すなら味方から』っていう格言があるんだよ」


 全く反省していない日下部にクレアも頬が引きつるが、会話こそしているが興味は完全にランタンに向いており、何をしても聞く耳を持たなさそうな日下部に、クレアもため息をつくしかなかった。

 神器は、見た目こそ古びたランタンだが、魔力を通わせられない日下部が振ってみてもジュリアンの使っていたように炎が灯らない。


「?」


 逆さまにしてもオイルが入っている様子はない。やはり、魔力というものが必要なのかと、日下部もカイニスの方へ目をやる。


「カイニスー魔力って道具に込める方法って――」

「後ろ!!」


 石は確かにジュリアンの頭に当たり倒れた。だが、他の騎士のように、ふたりから確実にとどめを刺されていたわけではない。

 故に、目を覚ましたジュリアンは、ランタンを握る日下部へ手を伸ばした。


「――――」


 頭へのダメージのせいか、ふらついていたジュリアンに動きのキレは無く、日下部もまた容赦なくランタンをジュリアンに向かって振り抜いた。

 派手にぶつかる音と共に、ジュリアンは燃え上がり、声を上げる間もなく灰となった。



 武器や鎧は貴重な資源だ。特に、質のいいものは。

 今回のように騎士団の襲撃は危険ではあるが、同時に武具の調達にもなる。遅れてやってきた旅団は、騎士団の鎧と武器を回収していた。


「あ、結構うまくなってきた! 見て見て! すごくない?」

「そうねぇ。ちゃんとそっち向きでやっててねー」


 近くで明らかに神器と思われるランタンを振っては、倒木を燃やしている日下部を困惑した表情で見つめながら。


「い、いいんですか? アレ」

「そういう約束だし。それに使い方がわからなくちゃ、宝の持ち腐れだしね。ただ、加減は知らないだろうから、あっち行くなよ?」

「はぁ……わかりました。では、自分たちは消火活動の方に行ってきます」


 この森は旅団にとって生命線だ。燃やすわけにはいかない。

 旅団は手分けして、最初に燃やされた森の消火活動に当たっていた。


「僕も消火活動の方手伝ってくるから、エリちゃん、そっち向きだよ。そっち。カイニス頼んだ」

「全く信用されてないのだけはよくわかった」

「そういいながら、別方向向くから信用されないんですよ……」


 クレアの指す方向とは別の方向に向き始めた日下部の向きを戻しながらカイニスが正論で返せば、いじけたようにランタンを振り始める。

 変わらない様子に苦笑いを零すと、クレアも消火活動へ向かう。


 残された日下部は、いじけたようにランタンを振れば、赤い光が集まり、カラカラと音が鳴り始める。


「……」


 一度手を止めて、もう一度同じように振ってみる。すると、周りの炎が赤い光となり集まり、ランタンに吸収された。

 振れば、やはりカラカラと音が鳴る。

 カラカラと音を鳴らしながらカイニスに目をやれば、カイニスも何かとランタンを見つめ、ある場所を指す。


「ここ、外れそうじゃないですか?」

「ホントだ」


 カイニスが指す本来オイルが入る場所であろうを開けば、そこには赤い石。


「火のエレメント?」

「これが?」

「たぶん……」

「ワンモアワンモア」


 カイニスの手に火のエレメントを全て出すと、燃えている場所の近くに行き、同じように振ってみる。

 同じように炎は赤い光となり、ランタンに吸収され、火のエレメントが中に入っている。


「……これ神器チートだわ!」


 これまでにないほど目が輝いていた。



*****



 何が起きたのかわからなかった。

 気が付いた時には、目の前が真っ赤に染まっていて、近くにいた人が影だけを残して消えていた。


「な、に……?」


 状況もわからないまま、パキパキと枝の折れる音が聞こえたと思えば、目の前に赤く燃え上がった枝があった。


 誰かの叫び声と呻き声に、目を覚ませば、自然豊かなはずだった川原が赤く燃え上がっていた。倒れた木は燃え上がり、下敷きになった黒い何かや砂利に転がる人に水をかける赤く爛れた人。

 体が震え、声が上がらない。

 それでも、逃げなければと立ち上がろうとすれば、揺れる視界に手をつく。

 砂利に落ちる赤い雫。


「ぁ、ぁ……」


 震える手で、頭に触れれば赤く濡れる手。

 頭から血が出ている。


「助けて、たすけて……!」


 誰でもいい。誰でもいいから。


 こんな自分を見れば、誰だって助けてくれる。


「お願い……!!」


 駆け付けた旅団を掴めば、私を抱き留めながら、後ろの地獄のような光景に目を見張った。


「大丈夫か!? 貴方は奥に!」


 なんで、私を助けてくれないの……!?


 どうして、向こうを優先するの……!?


「! お前は…………怪我だけなら、そこに座ってろ」


 冷たく見下ろし、言い放たれた言葉。

 死にかけている人間に向ける優しさを持っていないのか。


 アレックスさんなら、絶対に助けてくれるのに。


 来る人、来る人、みんな、私を一瞥して、通り過ぎていく。


 ここにいたって、誰も助けてくれない。

 アレックスさんだ。アレックスさんなら。

 知らない人だから、拠点にさえつけば、絶対に。

 

 どうして。

 私があんなに優しくしたのに。

 他の人よりずっと優秀なのに。

 どうして、助けてくれないの。


 場違いな鼻歌に顔を上げれば、ランタンを掲げる日下部がいた。


「くさ、かべ、さん……?」


 彼女なら助けてくれる。

 入社した時からずっと面倒を見ているもの。

 優しい良い会社の先輩としても、人生の先輩としても、教えてあげて、庇ってあげたりもした。

 理解できないことも多い子だったけど、面倒を見てあげたんだから。


「あ」


 驚いた声を上げた日下部の前の木が燃え上がった。

 それは、覚えのある光景で、


「また誤爆っすか」

「吸収と発火の使い分けが難しくて……エレメントが溜まると誤爆しやすい……」

「気を付けてくださいよ」


 見知らぬ彼との会話は、この事態を引き起こしたのが彼女だということを物語る。


 日下部が、彼女が、あの地獄を作り出した。


「――――」


 最初に燃えたのは、私の近く。


 そうだ、アレックスさんが止めてくれたあの時。

 私の言葉に相槌も打たず、片手を後ろにして、注意もしないで大人に対応してあげていたあの時も。


 私を殺そうとしている……?


 まさか。ありえない。

 彼女がそんなことできるわけがない。


 でも、事実は事実。

 彼女は、他の人を巻き込んで、私を殺そうとした。


「ぁ、ぁ、ぁぁああぁあぁぁああぁあああッッッ!!!」


 殺さなきゃ。殺さなきゃ!!


 殺される前に!!


「!」


 伸ばした腕は空を切る。


「ん゛っ……!?」


 耳に届く金属音とくぐもった声。

 状況は全くわからない。

 だけど、彼女にとっても不都合な何かが起きたのだと、腕を振り上げれば、鈍い衝撃。


「あ゛……? ぁ……?」


 視界が反転して地面に近づいたと思えば、目の前に見覚えのある結婚指輪をした腕が落ちてきた。

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