第15話 ひとでなしでいさせて
――――殺す?
何故、そんなことを自分から提案する?
何故、そんなに簡単に死を受け入れるんだ?
ここにいた連中は全員、死にたくないと、死の直前まで、許しを請った。
――――すまんな。
かつて、目的のために殺した男が残した笑い残した
「他に、言うことないのかよ」
何故、助けてと言わない。
「殺される側なのに……」
何故、人でなしと、ふざけるなと罵らない。
もし、そうしてくれたなら、俺はこの剣を振るえるのに。
「あ、そうだ。これ、あげる」
顔の砕けたアラウネを取り出して、いつものように笑いかけられる。
「腹の足しになるよ」
冗談でも命乞いでもなく、目の前の女は、ただこのまま死ぬなら自分に必要のないものだから程度の感覚で。
「なんで、アンタらは……」
俺たちに、そんな価値はない。
重荷を背負わされたって、抱えていける人間じゃない。
背負わせないでくれ。頼むから。
否定してくれ。
敵となってくれ。
殺さなきゃいけない存在でいてくれ。
そうすれば、俺は”人でなし”でいられる。
「……私にはクレアみたいな優しい人間の感情はわからないし、たぶん理解できない」
一歩また一歩とテントの中に足を踏み入れる。
「だから、否定できない。称賛できない」
入り口が閉まり、薄暗い辛うじて人がわかる程度の明るさになる。
「私はそれを評価できる土俵にすらいない」
それでも、彼女の歩みは止まらず、目の前で止まった。
「だけど、その行為が必要であったことは理解する」
頬に触れた手に誘われるように見下ろせば、嘘など微塵も感じない目は、自分の奥の奥、心の底まで見透かさんと見開いていた。
「不完全燃焼で欲求不満なら付き合おうか?」
あの時と同じ言葉。違うのはお互いの立場だけ。
頬に触れた手に誘われるがままに、背中を丸め、エリサの肩に顔を押し付けた。
「…………ごめん。ちょっと、見せたくない顔してる。肩、貸りるね」
「散々見たけど?」っていう、エリサの皮肉が聞こえた気がした。
しかし、エリサは何も言わずに、ため息を共に二回軽く背中を叩くだけ。
乾いた笑いしか出てこなかった。
完全に負けだ。
生き物も魔物も、殺せる人間は多い。
人間を殺せる人間も、それが敵意を持っている相手ならば多い。
だが、敵意を持たない人間を殺せる人間は、少ない。
自分が生きるためだと、無情に殺し続けて、人間であり続ける人間は、そういない。
人間ではないそれに称賛は無く、
人間ではないそれに非難は届かず。
それでもなお、それを人間と呼ぶならば、そいつはきっと余程の
「口」
「え――むがっ!?」
落ち着いてからテントの外に移動すれば、突然口の中に突っ込まれた何かに、慌てて取り出せば、白い何か。
「……」
「生ウネ」
「生で食えんの?」
「知らん。生で虫食う人だしいいかなって」
「食ってないし、っていうか、エリちゃんも食うの?
「生大根は食えるし、採れたては大半生で行ける」
「なにその自信。腹壊しても知らないからね」
生のアラウネを齧っているエリサの手を止める。本当に、体調を崩されても困る。
「つーか、エリちゃん、なんでこんなとこにいんの? 今日はソロ狩りデビューって言ってなかった?」
「アラウネと一騎打ちして、鳥と空中デートして、迷子」
本当にこの子見てると飽きなさそう。
それで、生き死にの一線に乗せられてしまうのだから、本来は同情するところだが、エリサにとってそれは日常なのだろう。
肩と背中に寄り掛かれば、くぐもった声。
「疲れてるなら帰るよ。ほら、道案内」
そろそろ日も暮れてくる。帰らないといけないのはわかってる。
「なぁ、本当にいいのか?」
迷子だからじゃない。
別に、俺がいなくてもカイニスが迎えに来る。
「俺はひとでなしだ。それでも、一緒に――」
「うるっさいな。ひとでなしがそんなクヨクヨしないし、自称するなら高笑いしながら首を落とせよ。
お前は人間だ。否定する奴がいたら、首を落として、肥溜めに並べとけ。私が後でけり落とす」
気遣いなんてない本心の罵倒に、自然と笑いが漏れた。
「なにそれ。普通、肥溜めに落としとけでしょ」
「見る目のない人間の顔くらい拝んでおきたいだろ」
「意味わからん」
小さくて、簡単に殺せる命のくせに、触れれば止まっていた脈が動くような気がした。
今度こそ帰ろうと顔を上げたその時――――
突然、目の前の森が燃え上がった。
「――は?」
魔法の予兆は無かった。だが、この規模の爆発ではない純粋な燃焼は魔法の類だ。
しかも、ほぼ同時に数か所に火柱が立った。
魔物の襲撃にしては森が静かすぎる。考えられるのは、王立騎士団の襲撃。
だが、ここは2階層の中腹の第四拠点。その手前に三つの拠点がある。何かしらの襲撃を受けたなら、魔物同様音がするはずだ。それが今まで一切なく、これが初めての攻撃のようにも思えた。
また森の向こうで火柱が上がる。戦っているというよりも、魔法の練習に似た火柱の上がり方に、思い至るのはひとつ。
「――ぃ! クレア!!」
「!!」
腕の中で呆れるような視線で見上げるエリサは、どうやら以前に警備の依頼をした時に、誤魔化したことを察したらしい。
「”神器の試し撃ち”とか、お互いに関わる大事な情報は共有すべきだと思うんだけど……!」
「そんなこと言ったら、エリちゃん絶対入口に落とし穴作るでしょ」
「作るよ! 作るだろ!? 普通!」
「だからだよ。うちにも一応理念があるの」
「犬に食わせろ! そんな理念!」
いまだに火柱の位置は動かず燃えて上がっている。おそらく、使用者はその近くにいる。最初のアレは事故だったのだろう。
しかし、近場に慣れてくれば、次は先程と同じように遠くに撃ってくる可能性もある。今のうちに距離を詰めようと、エリサと共に火柱の方へ向かいながら、神器の試し撃ちに来ることがあることを正直に話せば、呆れられた。
国の周辺は、ギリギリで戦線を保っていることもあり、神器の試し打ちで味方に被害を出しては戦線が崩壊しかねない。
そのため、能力は把握しておきたい使用者にとって、表立って処刑できない訳ありの罪人ばかりが閉じ込められており、耐久力としては折り紙付きの地下迷宮は、王都近くの都合のいい練習場なのだ。
「危ないからエリちゃんは拠点の方に」
「だから迷子なんだって! 帰り道わかりません!」
だからといって敵地に行くこともないと思うが。
目に入った影に足を止めれば、向こうもこちらに気が付いたらしく、姿勢を低くしたままこちらに近づいてくる。
「ふたりとも無事だったんすね」
「カイニスも」
「今回は、炎系の神器の試し撃ちみたいっすね。数は15人。今は周辺の森を焼いてるみたいですけど」
カイニスが指さす先には、騎士が10人立っていた。少し離れたところに5人。
無駄に凝った装飾のある鎧を着た男の持つランタンのようなものが、どうやら神器らしい。振るたびに、火柱が上がっている。
「……ねぇ、カイニス、試し撃ちのこと知ってたの?」
「え、あ、はい」
「……そっかぁ」
「…………あ゛、だから」
若干悲しいのか不貞腐れているのかその中間のような表情で俯くエリサに、カイニスもそっと視線を逸らした。
カイニスも入り口付近に落とし穴程度は掘りそうなのに、エリサが言い出さないことに疑問を持っていたのだろう。
「はぁ……ねぇ、クーちゃん。食べ物じゃない拾い物の提供義務ってないよね?」
「ないよ。っていうか、提供しろっていったら、燃やされそうなんだけど」
「でも、どうします? 周りを燃やしてるせいで、いくら煙があるとはいえ隠れて近づくには厳しいですよ」
旅団を警戒してか、周辺の森は焼かれており、見晴らしがいい。隠れている森から駆け出したとして、気づかれないのは不可能。不意打ちで間に合うのは5人。
その間に神器持ちと他9人が体制を整えて、こちらを迎え撃つだろう。
いくら行楽気分の騎士団とはいえ、飛び道具は、地下迷宮に幽閉されている旅団との差は歴然としている。武器の質も、兵の数も上。どうしたものか。
「数値で人を殺せる時代ですら、未だ現役なパイセンがいるんですよ」
拳ほどの大きさの石を持ち上げ、こちらをニヒルに笑い見上げた。
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