第14話 森で迷ったらその場で立ち止まりましょう

 魔王軍に劣勢を強いられている人類最後の砦と呼ばれるアポステル大国は、常に優秀な兵士を探していた。

 優秀な人材を見つければ、すぐに王立騎士団へ招集し、国を守る兵とした。


 洛陽の旅団の元となる王立騎士団 第十三師団のほとんどは貴族ではない才能ある平民の集まりだった。

 才能があろうとも、生まれが違うのなら考えも価値観も異なる。貴族生まれが大部分を収める王立騎士団において、平民生まればかりの第十三師団は扱いにくい下等な物だったのだろう。

 故に、第十三師団の戦場は、常に魔王軍との最前線。

 表向きには、騎士団が前線まで出てきているというアピールになり、戦闘能力は折り紙付き。騎士団にとっては、一石二鳥だ。


「また難しい顔して、どうした?」


 そんな面倒な第十三師団を押し付けられたのは、アポロム・カイザーン。

 カイザーン家の当主であり、一癖もふた癖もある連中のまとめ役を買って出た。

 その上、第十三師団だけではなく、神器のために呼び出された異世界人を助けたいと言い始めるほどのお人好し。

 今も、異世界人を地下迷宮に幽閉するのではなく、兵士として育成してはどうかと提案してきたところだ。


「どうしたもなにも、いつも通り、アンタのお人好しに呆れてたところだ」

「そういってくれるな。異世界の人間だって同じ人間だろ。無実の罪の人間を投獄するなんて許されることじゃない」

「そうだな。許されることじゃない。救う術があるならな」

「お前はまたそういう棘のあることを……術はあるだろ」


 地下迷宮に幽閉された異世界人のため、表向きはアポロム本人が異世界人の面倒を第十三師団含め面倒を見ると上申し、裏では地下迷宮へ忍び込み、異世界人を直接支援していた。

 もし、直接支援していることがバレれば、異世界人は早々に処理してしまいたい王は、アポロム含め関わった人間を地下迷宮行きにするだろうだろう。

 そんなリスクを負ってでも第十三師団が苦言を呈さないのは、偏にアポロムへの恩だ。

 彼は誰かが苦しんでいるならば迷わず手を指しだす。そのためなら人一番奔走する。そんな彼を見ているからこそ、師団の中に彼を本気で悪く言う人間はおらず、手を貸していた。


 だからこそ、異世界人への支援が露見した時、アポロムは責任を取り、自分だけが地下迷宮へ幽閉されることを望んだ。


 しかし、王はそれは許さなかった。

 見せしめの意味もあったのだろう。加担した人間全ての投獄が命じられた。もし、虚偽を働くなら、第十三師団全員を処刑するとも。

 結果、第十三師団の約半数が幽閉となった。


 それからの地下迷宮での生活は、ひどいものだったと思う。

 全ての人間を平等にというアポロムの精神に乗っ取り、第十三師団から洛陽の旅団へ名前を変えた彼らは、迷宮内での生活基盤を整えようとした。

 最初はカイザーン家の援助も、外に残った師団の援助もあり、多少の融通も利いた。

 しかし、それらの援助は徐々に減り、ある日を境に質も急激に落ちて行った。

 その意味は、すぐに分かった。


「…………あの王様もバカじゃねェからな」


 師団の資本であった、カイザーン家の取り潰し。

 もしかしたら、師団の中でもまた見せしめがあったのかもしれない。今度は、幽閉などという甘い処置ではなく、目の前で処刑されたのかもしれない。


 その日、大穴から落ちてきたのは、ひとり分の鎧と剣。

 洛陽の旅団にとって見覚えのあり過ぎるそれの意味は、アポロムたちにもすぐに理解できた。


「……」


 アポロムはただそれを見つめると、自らの鎧と剣を手に取った。


「悪い。ここまで付き合わせておいて、俺はここまでらしい。後は任せる。ハミルトン」


 上流貴族として、元王立騎士団第十三師団師団長として、戦場で死ねと。

 それを送ってきたのが騎士団なのか、それともカイザーン家なのか、師団仲間だったのか、それはわからない。


 だが、翌日、地下迷宮のドアは開き、幽閉した異世界人と旅団を葬るため、騎士団はやってきた。

 アポロムはそれにたった一人で立ち向かった。


「なぁ、ハミルトンさん。本当に団長だけに行かせるのか? そこまで、あいつらに守る価値はあるのか!?」


 珍しくクレアが感情を露わにしていた。

 クレア・レイノールは、腕だけではなく、立ち回りもうまかった。

 自分の感情など後に、目的を優先できる。

 だからこそ、守る価値を見出せない者のために、大切な人間のひとりが死ぬのが許せないのだろう。


「アポロムさんの決めたことだ。これが、アイツなりのケジメなんだよ。クソったれなことに、ここにいる連中のことは俺たちが何とかしてくれると、本気で思い込んでやがる」

「……」

「クソが」


 クレアは何も言わなかった。


 ただ、戦いが終わりアポロムが死んだ後、クレアはクレアなりに、アポロムの意志を汲み取り、洛陽の旅団が少しでも長く続くように力を尽くしてくれた。

 昔のように笑うことは無くなってしまったが。



 そう思っていた彼が、本気で呆れた顔で笑っているのを見たのはいつぶりだろうか。


「カイニスークーちゃんにいじめられたーカエンダケー」

「はいはい。ダメですからねーこれ飲んでちょっと待っててください」

「最近、カイニスの扱いが雑になってる気がするんだけど、クーちゃんどう思う?」

「自業自得って奴じゃない?」


 洛陽の旅団として、残った仲間と異世界人を少しでも生きながらえさせる。それが、アポロムとの約束だ。

 たとえ、その方法がアポロムの選ぶことのない方法であっても。

 その約束を違えれば、心を失う。

 それが、本当の死だ。


「惚れたか?」

「は!?」

「冗談だ」

「じょ……アンタの冗談、わかりにくいからもう少しわかりやすくしてくんないすかね?」

「そうか? わかりやすいだろ」


 どこが? と聞き返すクレアに、心底わからない表情を返せば、ため息をつかれた。

 そんな表情すら、久々に感じた。



*****



 地図もできた。ある程度の狩りなら、ひとりでできるようになった。

 というわけで、さっそくひとりで夕飯の調達をしてみることに。


「お呼びじゃないやつが来た……」


 肩で息をする隣に横たわるのは、白い大根。アラウネである。

 今回は追われるところを正面から石を投擲したおかげで、顔面が割れ、みずみずしい断面が丸見えである。

 カイニスとクレア曰く、いくら地下迷宮とはいえ、アラウネは珍しいらしく、医者もその万病に効くアラウネを手に入れたら、ぜひ持ってきてほしいと頼まれた。残念ながら、カエンダケとの交換は許されなかったが。


「鳥とか、そういうのがいいなぁ」


 文句を言いながら、アラウネを袋の中に詰める。

 狩りなんて、わりと運の要素が関わる。特に、危ないからと遠くに行くことが禁止され、別の場所で狩りをしているカイニスが駆け付けられる狭い範囲なら尚更。狩れる程度の動物が運よくいてもらわないといけない。


「物欲センサーが働いてちゃ、取れるもんも取れないから」


 仕方ない。と言いかけてた瞬間、背中に鋭い感覚と浮遊感。

 妙に覚えのある感覚。

 確か、山でトンビかタカかに襲われた時の――


「うわぁぁあ!?」


 慌てて腕を後ろにやれば、案の定羽音が響く。

 体ごと持ち去られそうになったのなんて、小学校の時以来だ。それ以降はフンと落とされたり、頭に乗られたり、蹴られたり、背中で休まれたり、結構鳥にはバカにされてるかもしれない。


 どうにか地面に降りて、振り返れば、そこにいたのは、自分よりも一回り小さいであろうかというサイズの鳥の魔物。


「ん? さすがにあのサイズは難しくないか?」


 前の世界でいうハゲタカ位のサイズの鳥が、完全にこっちをロックオンしてる。さすがに、石を投げて当たるものかも怪しい。なまじ当たってもダメージが入るとも思えない。


 争いっていうのは、無駄にエネルギーを消費する。ただ食料が欲しいだけなら、無抵抗か弱い肉を選ぶ。

 故に、動物にとって威嚇行為は重要な意味を持つ。

 なので、とりあえず、威嚇でもいいから、石を投げておこうと全力で投げておけば、鳥にとってもあまりおいしくない相手と思ったのか、飛び去って行った。


「……まぁ、仕方ない」


 狩りはうまくいかなかったが、今回は追い払えただけで十分だろう。

 私が狩れるのは、草食系だけだし。


「それにしても」


 鳥に襲われる心配は無くなったが、見渡したところで、見覚えのない風景。

 正直、木々の見分けがつくかと言われれば難しいが、それでもはっきりとしていることがある。


「迷子だ。これ」


 現在位置がわからなければ、地図だって意味がない。


 磁石でもあれば、水に浮かべて方位が調べられるが、生憎磁石なんて持っていない。

 もし道に迷った時は、その場で狼煙を上げて、大人しくして待つ。危険が迫っていれば、フクロダケを鳴らして、逃げる方向に木に傷をつけろ。それが、カイニスの教えだ。

 今回は狼煙だろうか。


 発煙筒なんて便利な物はないため、適当に落ちている乾いた枝に火をつけるしかない。


「水の音?」


 2階層に流れる川は、蛇行が多いが一筆書きの川だ。つまり、川原を拠点にしている身としては、一度川を発見できれば、道沿いに進めば必ず帰れる。

 狼煙を上げて待つのもいいが、その材料を探す手間もある。まずは材料を集めながら、音のする方へ進んでみるのもありだろう。


 そうして進んで、数分の事。

 開けた場所には、作りかけというより、修理をしていない集落があった。拠点によく似たテントは確かに存在するが、黒い汚れや傷の修理はされていない。しかし、テントの形や構造は洛陽の旅団によく似ている。

 なにより、人の気配がしない。

 妙な静けさ。

 森の中のような緑の香りがするわけでもなく、人間が生きている匂いがするわけでもなく、何の匂いもない。


 作りかけの拠点。放棄された拠点。罪人たちのアジト。

 可能性は頭に浮かぶが、どれも確信には至れない。


 一番きれいなテントに近づき、入口に手をかける。

 第六感が辞めておけと警鐘を鳴らす。こういう時の警鐘は、本当によく当たる。


 このまま布を捲らず、大人しく狼煙を上げに戻れば、きっと何も変わらない生活に戻れる。何も変わらない、先の決まった生活に。





「――――なんで、開けちまうんだよ」


 暗いテントの中には、クレアがいた。暗いおかげで見えにくいが、鼻につく鉄臭い匂いが、その興奮して冷め切った目が、ここで起きていることの答えだった。


「そのまま帰りゃよかったのに」


 いつものようにへらりと笑う彼の声には、諦めと悲しみが混じっていた。

 彼にとって、この光景は見せたくなかったものなのだろう。足元に横たわった死体が異世界人なのか、旅団の仲間なのか、はたまた罪人かはわからない。

 だが、彼が行っていた行為は簡単なもの。


「口減らしだろ」

「…………うん。そ」


 いくら支援物資があるとはいえ、不可能なのだ。全員で生き残るなど。

 それなら、行われるのは命の選別。

 まずは不穏分子。これは、罪人たちだろう。

 次に働けない、未来のない者。そして、規律を乱す者。最後は価値のない者。残った価値のある者は、自らの判断で命を落としていく。


「もしかして、わかってた?」

 

 口減らしなど、一時凌ぎの手段。

 この地下迷宮での効果は、初期では絶大だろう。だが、諸刃の剣。解決策を見出せなければ、数ある死にゆく行為のひとつ。


「カイニスから旅団の事を聞いた時に、なんとなく想像はしてた」


 食糧問題が第一に。

 支援物資を取りに行く時も、罪人を見かける回数が減っているとも言っていた。

 そもそも食料を抱えている拠点が、支援のない罪人たちに狙われないはずもない。それなのに、私たちが毎回忍び込める程度の警備しか置いていない。

 まるで、魔物や動物以外を警戒する必要がないとわかっているように。


 他にも、旅団の人間が数人発狂したと、カイニスは言っていた。外部の人間であり、旅団との関りを持たないようにしていたカイニスが知っているということは、発狂した数人を見たのは拠点の外ということになる。実は、カイニス自身が襲われて、返り討ちにしている可能性は往々にしてあるが、重要なのは、発狂した人間を養ってやる余裕は旅団にないということ。


 なら、どうするか。

 殺すだろう。


 私ならそうする。そして、クレアも。

 カイニスに殺されかけていた時に、カイニスを庇うというおかしな考えをした人間に、”殺す”と即決し実行しようとするのだから。


「そっか」


 暗い部屋にその目だけがいやに浮かんでいた。

 やせ細った狼の洞穴を掘り当ててしまったかのような。


「――――殺す?」


 首を晒して、指で小突いて見せる。

 旅団の規律は知らない。知らないが、規律違反なんて叩けば大量に出てくる自信がある。殺されない理由を探すより、殺される理由を探す方が簡単だ。


 なにより、ここはきっと第四拠点なのだろう。

 旅団はいくつかの拠点に意味を持たせている。それでも、第四拠点だけは旅団内で聞くことは無かった。

 ただ一度を除いて。

 あの時のアレックスの動揺した表情が答え。

 洛陽の旅団第四拠点行きは、口減らし対象となったという、いわば死刑宣告。

 なら、第四拠点にいる人間は、死刑台に上った死刑囚。だから、それだけで理由になる。

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