第13話 魔法への憧れはもちろんあります

 地図と睨みあうこと数分間。

 数日間、カイニスの冒険講座と共に、2階層を歩き回り、これで一通りこの階層は見終わったことになる。森を建物のようにマッピングすることはできないため、大雑把になるのは妥協点だ。

 大雑把とはいえ、旅団以外の建物はろくにないので、川や池、地面の起伏、魔物や植物の分布がメインだ。しかし、専門知識もない人間に詳細の記録は不可能。もし、アレックスがそれを求めているなら、お門違いだ。諦めて頂こう。


「それにしても、変わり過ぎだろ」


 わざとではあるだろうが、旅団から渡された地図は古いもので、1階層や3階層と似た迷路のような構造をしていたことがわかる。

 今や迷路の面影は無く、上から書き直した地図はもはや別物だ。

 我ながら大分お粗末な地図だ。旅団が欲しがる要素があるとするなら、カイニスの書き足した魔物・植物の分布だろう。というか、旅団が欲しい部分は、これ。

 黒竜だからと表立って協力を仰げないから、あくまで異世界人の仕事にしたかったというところだろう。まったく面倒だ。


 分布を書くにしろ、必要になるのは地図の起点。起点となるのは、今も変わっていない出入口と迷宮の端。端になればなるほど、崩れた壁が辛うじて迷宮の面影を残し、地図の位置と重ね合わせることができる。

 見つけた各拠点の位置も描き加えた。第四拠点だけ見つからなかったが、第三から第五までの距離が中途半端に長い辺り、少し道が外れた場所にあるかもしれない。当たりはつく。探してもいいが、拠点の位置なんて、クレアに聞けばすぐだ。


 気になるところと言えば、、唯一流れている川だ。

 川は壁の裂け目から染み出した水が池を作り、そこから流れていたらしい。池は人工的で、旅団が水源確保のために作ったと思われる。それより気になるのは、川の方だ。

 全ての拠点の近くもしくは内部と通るように流れている。単に川に合わせて拠点を作っただけかもしれないが、明らかに人工的な水源の川にそんな偶然が存在するか。しかも、蛇行も多い。自然な川とは思えないが、川を掘ったというのもしっくりこない。というか、妙な自然物感がある。


「…………」


 神器チート能力

 川を作りの?


 川を作る。天変地異レベルの力だが、なんか微妙にうれしくない……!


 これが合っていたとして、神器っていうのは、随分と尖った能力を渡してくることになる。汎用性には欠ける。

 神様も、突然強制的に連れていかれた人全員に慌てて送っているのだから、数もスピードも必要だと、使いやすさは二の次なのだろうか。そもそも考えが違うのかもしれない。

 川が作れるなんて相当だもの。文化が栄えかねない。


「あ、セミの抜け殻」


 昔の癖で手に取ってしまった。

 あまりにも考えていることの規模が大きくなってきて、手の中に納まるセミの抜け殻にほっとしてしまう。


「エリサさん」

「あ、カイニス。ちょうどよかった。ちょっと頭……あれ?」


 カイニスの声に振り返れば、覚えのある顔がいた。


「えーっと………………どちらさまでしたっけ」

「医者っすよ。ほら、六拠の」

「あぁ……」

「薬草を集めてるらしくて。エリサさんの採集袋に入ってるでしょ」


 いつものように採集袋は、目についたものを端から毟っているのでパンパンだ。

 いくら詳しいとはいえ、カイニスは冒険者。本職の医者とは知識量が違う。扱いきれないなら渡してしまうことに不満はない。

 医者に袋の中身を見せれば、明らかに眉を潜める。


「拠点でゆっくり確認させてもらっても?」


 ですよね。


 ちょうど迷宮探索チームが帰ってきているらしく、第六拠点は賑わっていた。


「だから、薬が無くなったってわけね」


 迷宮探索チームにはケガ人が多い。この迷宮内は設備も薬もない。つまり、大怪我をしたら死亡と同義。大怪我ではなくても、予後の良くない怪我なら貴重な資源を使うのはもったいない。

 前にカイニスの治療を渋ったのと同じだ。治した相手が自分たちに牙を振るうなら、論外なのだ。


「うわっ……」


 カイニスと医者の慌てる声に振り返れば、真っ赤なキノコに慌てているようだった。


「あ、それ、カエンダケっぽいから拾ってみたいんだよね」


 数少ない毒キノコの中でも少しだけ見分けがつくキノコ。赤くて、細長い姿に、まさかと思って布にくるんで取ってみたのだ。

 あの様子では、こちらの世界でも毒キノコの類のようだ。見た目が毒々しいって大事。


「え、カエンダケ知ってるんすか? いや、知ってたらこんな入れ方しないか」

「んー……? つまり、リアルカエンダケ?」

「リア……え? えーっと……これはカエンダケっていって、ものすごく扱いにくい火のエレメントみたいなもんです」

「火のエレメント」


 魔法の話を聞いた時に出てきた単語だ。

 エレメントとは、属性魔力を持った鉱石のことで、魔法使いはもちろん、魔法が使えない人間であってエレメントを使えば、魔法を扱うことができる。

 ものすごい手間だが、魔力量・属性を合わせたエレメントを組み合わせて使用すれば、魔法が使えない人間でも、大魔法を行使することができるらしい。なんて夢があるのかと思ったが、そもそもそんな数のエレメントを用意することが難しいらしく、冒険者の魔法使いならば、装備に使っているエレメントの質・属性数によってどの程度のランクの冒険者かわかるという。

 スーツや時計、アクセサリーで相手の収入を測るみたいだと思ったが、大外れというわけでもないのだろう。


「じゃあ、それがあれば、魔法、使える」


 そんなエレメントで相手の価値を推し量ることよりも大事なことがある。


「”ものすごく”扱いにくいって言ったでしょ」

「言った。察した」


 わかってる。わかってるよ。カイニスが言いたいことは。

 ”ものすごく扱いにくい”なんて、濁した表現をしたんだよね。


「わかりやすく言うと――」

「ダメ先生!!」

「爆発――え?」

「ですよねー!! 規模は!? やり方は!? あと一応、扱い方の注意点は!?」


 医者を静止しても遅かった。

 目の前でハイテンションになる人と注意を遮られたと思えば、頭を抱える人がいれば目も白黒になる。

 医者の気持ちはわかる。

 だがしかし! 目の前に面白そうなものがあって、試さないわけにはいかない。そう、成功すれば魔法、失敗すれば爆発。


「楽しそう……!!」

「いや、私は危ないってことをだね……」

「ダメなんです。先生。この人、本当にこういう頭は残念なくらいに悪くて」

「カイニス君が辛辣過ぎて辛い」


 カエンダケを手に取ろうとすれば、手は空を切る。


「この大きさのカエンダケが爆発したら、ここなんて簡単にクレーターになりますよ」

「実際に戦場で爆発して、武器の破片が周囲の人間を貫いて酷い惨状になったんだよ」

「手榴弾みたいな感じかな。実際、爆弾として使われてそうですね」


 表情が固まった医者。当たりか。


「と・に・か・く 誤爆が危なすぎるんで、こいつは無しです! フクロダケあげますから」


 子供に大人の都合に合わせたおもちゃを渡すように、丸々としたフクロダケを見せられる。

 仕方ない。もらって速攻爆発させよう遊んでやる


「…………室内っすからね」


 ヤッべ。心読まれてる。


 医者は、使えそうな薬草を見繕いながら、カイニスと日下部の睨みあいを眺める。

 彼らは旅団の中でも、元騎士団には有名だった。鋼鉄牛を倒したこともだが、最も大きな要因は、元騎士団でも屈指の実力を持ち、尊敬と畏怖の目を向けられているクレアに監視対象であるということであった。

 彼にその実力を評価されているふたりのことが気になることはもちろん、未だ監視対象であることへの不安。

 今、こうして話していて、根っからの悪人ではないことはわかるが、クレアが危険性なしと判断しかねている理由もよくわかってしまった。


 カイニスと妙な攻防を繰り返していれば、医務室に見覚えのない男が入ってくる。

 その男を確認した瞬間、カイニスが驚いたように目を見開き、日下部との攻防をやめ、日下部の前に立つと剣に手をやる。


「そんなに警戒しなくてもいい。今、お前たちを争うつもりはない。ここには、探索部隊を労いに来ただけだ」

「誰?」


 カイニスの尋常じゃない様子に小声で聞けば、答えはその男から帰ってきた。


「お初にお目にかかります。私は、ハミルトン・エッケンハルト。洛陽の旅団団長を務めております」


 微笑む彼に背筋に嫌悪感に似た何かがものが走る。

 こういった感覚は、昔からよくある。お世辞とかそういう腹の中では全く別の感情を抱いている人間に良く感じる感覚。建前とか雰囲気作りとか、社会的に必要であることは理解するが、「かわいい!」「すごーい!」の後に吐き捨てられた言葉にため息をつきたくもなる。

 しかし、団長であるというのなら、初対面で高圧的態度というのはさすがに印象が良くない。特に、保護をしているはずの異世界人相手に。


「以前の事であれば、報告は受けています」

「!」

「以前? あぁ……」


 そういえば、第三拠点相川を殺そうとしたんだっけ。その報告は、確か、アレックスから団長にって。

 しかし、先程、今争うつもりはないと言っていた。

 何かあれば、カエンダケでもフクロダケでも爆発させようか。


「弁明はあるか?」


 目が細まり、獲物を見定めるように鋭いものに変わる。

 先程の気持ち悪い笑みとは違う。

 

「いいえ。ありません。もし、その罪で私に死ねというならば、相応の覚悟をしていただけます?」


 勝てる算段などないからこそ、心が興奮する。

 どうせ勝てないのだから、できうる嫌がらせの全てをしてやれる。


 カイニスは煽らないでほしいという表情をしているが、ハミルトンはじっとこちらを見定めるように見つめ、頭を掴まれた。


「今度は何拾ったの。見せなさい」

「家の外から会話に入ってくるとか、さすがカリスマストーカークーちゃん」

「意味はわからねェが、ろくでもないことだけはわかるな」


 開いていた窓から頭を握りつぶされかける体験をしたことがある人間が何人いるだろうか。

 少なくとも私は初めてです。


「ったく、団長をカエンダケで脅すっていい性格してるね。エリちゃん」


 カエンダケを医者が見せれば、ハミルトンもクレアも驚いた顔をしていた。

 それだけ危険なのだろう。


「別に脅したわけじゃないし。カエンダケ爆発魔法やってみたいだけだし。迷宮の地下でぶっ放すのは? 成功すれば爆発しないんでしょ?」

「成功すればねー魔法も使ったことのない人が成功できると思う?」

「ビギナーズラック」

「なにも勉強してないでしょ」

「何事にも初めてのことはあるし、それを知るためには実践だよ」

「魔法も武術も研鑽は大事だよ」

「だから爆発させる研鑽するんだよ」

「ダメです」

「クソ直球で否定してきやがった」

「ダメです」

ボットかよ聞けよ


「「フクロダケにしておきなさい。ま、ここでは渡さないけどねー」」


 きれいに重なった言葉にクレアが驚いて、口を噤むが、すぐにカイニスに既に言われているのかと察しがついたのか、表情を歪めた。

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