第8話 真面目な話は苦手です
右手を壁に当てながら、緩やかに下りていく。
カイニスたちが、2階層が異様だと言っていたことを証明するように、そこはまさに地下迷宮といった様子で、石造りの廊下が入り組んでいた。
火の灯っている松明と置かれているだけの松明。おそらく、松明が置かれている場所が攻略済。灯っている松明の通路が現在攻略している通路。部隊は見えないが、火は奥まで続いている。
そうやって、帰り道と後から来る人たちに居場所を伝えているのだろう。
一度、迷宮に攻略に入ったら、最前線はしばらく潜り続け、補給部隊が炎を目印に食糧と物資を届ける。
クレアの言っていた後方部隊っていうのは、補給線を維持する係だろうか。
「エリサさん、さすがにこれ以上は勝手に行ったらまずいっすよ」
「んっ!? そ、そうだね?」
「いや、そんな散歩しに行くみたいな感じで……迷宮は危ないっすよ。攻撃な魔物も多いですし」
ダンジョンと言えば、各階層ごとの中ボスに、ダンジョンのボス。そして、レア武器が定番だ。
攻略済と言っていたし、各ボスもレア武器も望めないというのは、大分テンションが下がるところだ。
純粋な興味が先行してしまったが、無限湧きのような魔物はいるのだろうか。ゲームだと大して気にしてなかったが、無限湧きってなんだ。現実的じゃ無さ過ぎる。
しかし、異世界っぽいこと第二弾が始まって、テンションが上がってしまっていたのは事実。
少し、落ち着かなければ。
「…………どうするんです?」
「え、見に行っていいの?」
「今はダメっす」
「あ、はい」
純粋に危ないからダメって言われた。
「旅団の誘いですよ。後方なら問題ないって言われてたじゃないですか」
少し、茹る思考に水が差し込まれる。
「アンタ、相当買われてますよ」
カイニスを見れば、眉を下げて、こちらを見ていた。
どうやら前のクレアとの会話を聞かれてたらしい。
「領主の息子ってマジ?」
なら、隠さなくてもいいか。
「…………昔の話っすよ。って、そこ……?」
領主の子供だったから、訳あり罪人ってことか。訳ありってどんなかと思ったけど、単純に権力ってことか。つまんない。
若干不貞腐れてれば、カイニスが少し呆れたような表情をしている。
「カイニスが言いたいことはわかるよ。答えは変わらない。カイニスだって、あの会話知ってて態度を変えなかったじゃ――」
視界が反転して、すぐ傍で響く重い音が鼓膜を揺らす。
直後、背中の痛みに息が詰まるが、体の自由はすでになく、首に当てられた手と見上げた先のカイニスの表情は、冗談なんて通じる気配は無い。
「言ってるだろ。俺は黒竜なんだよ。仲間だって……守らなきゃいけねェ奴らも全員殺した! そんな奴をテメェは良い奴だっていうのか!?」
締め上げられる首は、答えさせる気はあるのかと問いかけたくなる。
「怖ェなら、逃げりゃいい。ガキじゃねェんだ。嘘をつかれる方が嫌だ」
嘘? 誰が、何のため?
私が、殺されないように。カイニスに。
それなら、あの時、その場で頷く。罠用にとっておいた毒草を食事にでも混ぜればいいだけだ。
違う。
違うなら、他になんの嘘が――
「――伏せろ」
頭が痺れて、感覚も麻痺する中、脊髄反射的な言葉を口にしていた。
「……!!!」
また視界が強制的に回転する。
「ちょっと、前の冷静さはどこに行ったのよ。死にかけて、まともな判断もつかなくなった?」
咳き込み、霞む視界と若干傾いている三半規管に、見覚えのある長身の影が映る。
敵意を持って細身の長い剣が抜かれているのは、これで二度目だ。
前と違う点といえば、今回は最初から前にカイニスがいることくらいだ。
背後から気配を消して襲ってきたクレアを、私を抱えて回避し、すでにクレアに向かって盾を構えている。
こちらへ無防備に背中を向けて。
「……」
「つけてきたんですか? サイテーっすね」
「迷宮をなんも用意せずに進んじまうから心配したんだよ。それとも、ここでなら殺せると思ったか? お前もここに放り込まれてからしばらく経ってるしな。溜まってんのか」
「相変わらず、旅団は上からっすね。だから、発狂する奴がいんだよ」
これは、俗にいう『私のために争わないで!』的状況なのだろうか。
クレアは、旅団の人手不足を補うための人員にしたくて、カイニスは私を殺そうとしていた。でも、今は背中を向けている。
可能性1 私に相手にするような戦力・危険性がない。
これは、最初の時に抱えて飛ばれたから、きっと違う。ひとりを抱えて回避するよりも、とどめを刺して回避するか、放置した方が簡単だ。
可能性2 せっかく捕まえた獲物を横取りされたくない。
クレアとの会話で殺すことを決めていたなら、それから殺す機会はあった。でも、完全にふたりきりになるまで待って、決行した。
つまり、何かしらのこだわりがあって、そのために我慢し続け、決行したタイミングで邪魔が入った。
………………これだ。
「違います」
「ノールック否定やめて!? わりと自信あるから、話くらい聞いてくれてもいいと思う!!」
「アンタのそういう時は大抵間違ってます」
名推理に、つい手を打ってしまえば、即座に否定が入った。
自信はあったのだが、内容すら聞いてもらえそうにない。
「エリちゃんさ、殺されかけてた自覚ある? あったら立って、入ってきたところから上に戻ってね。こいつは僕がなんとかするからさ」
やっぱり、これ、変則的だけど『私のために争わないで』展開だ。
今まで、あまりにもそういったイベントに関わらなさ過ぎて、どうすればいいかわからない。
「自覚なし? ちょっとお人好し過ぎない? それとも、ちょっとまともだと思ったのは、僕の勘違いだった?」
ため息混じりに聞こえてきた呟きに、『はい! そうです!』と即答できる程テンションが吹っ切れているわけではなく、少し唸る。
「勘違いも何も、同じことされてるからなぁ」
しかも、初対面の時に。
「じゃあ、後で謝るなり何でもしてあげるから、今は離れてくれない?」
「それは……それをしたら、お前らふたりが殺し合いをし始めるから、ちょっと大分困る気がする」
「そう。じゃあ、死ね」
次の瞬間、金属音が弾ける。
薄々わかってはいたけど、無慈悲な上に判断が早すぎる。
今、冗談だとか、話し合おうとか言ったところで、笑顔で近づいてきて真っ二つにされる自信がある。
クレアの攻撃は、カイニスが防いでくれているが、器用に剣を両手で持ち替えながら素早く切り込んでいる。
今まで弱い魔物の狩りしか見たことがなかった。多少の個性はあるが、食料の狩りなんて、ほとんど同じ。
しかし、こうしていざ本気の戦いを見てみれば、戦い方に特徴が出る。
カイニスは片手に盾を構え、相手の攻撃を防ぎながら、隙を見ながらもう片方の手で持った剣で攻撃するタイプ。タンク的ポジションをやりそうな戦い方。
大してクレアは、腰に長い刀を二本。その内の一本を左右に持ち替えながら戦い、防ぐよりも避けて手数を稼ぐ戦い方。
どちらも、まさに前衛。
それなら、このまま戦いが続けば、カイニスが負ける。
理由はわからないが、カイニスは私を庇っているし、なによりこの戦い方をするには、鎧が足りない。
大して、クレアは手数で攻めてくる。剣を持ち替えて、右、左。盾の隙を作って、狙う。
「……」
一歩、カイニスの背中から出てみれば、クレアの目が一瞬こちらを向き、右手に剣を持ったまま大振りに盾を弾く。
そして、体を捻ると何も持っていないはずの左手には、鞘に納められている剣の柄を握られている。
「――」
次の瞬間、目の前を冷たい感覚が通り過ぎて行った。
「やっぱ、両利きだよね」
同じような長さの剣を二本。それを持ち替えながら戦うのは、絶対にないわけではない。でも、どちらかと言えば、二刀流が不意打ち用に隠している方がしっくりくる。
特に、クレアは性格的にそう思えた。
予想がつく一刀目だけを躱すなら、それほど難しいわけではない。
「ぅらァアッッ!!」
驚いた視線がこちらを見ていたが、カイニスの声に左手に持った剣をカイニスに向け、左肩へ突き刺すが、カイニスの動きは止まらず、盾で殴り飛ばされた。
「俺も鈍ったかねぇ……素人に避けられるとか。ま、次は外さんが」
「っはぁ……はぁ……エリサさん。アンタ、もう動かねェであの人に従ってください」
「何故だろう。ビミョーに子供をあやすみたいな声色」
「そこまで分かってんなら、マジで言うこと聞いてくんねーっすかね」
めんどくさいって気配だけがひしひし感じる。
「じゃあ、そろそろ――」
クレアが動こうとした時だ。
何かに気が付いたように、顔を通路に向け、剣を向け、直後弾丸のような何かが通路にぶつかった。
「鋼鉄牛!?」
長い体毛を持つ、闘牛のような魔物だった。
先程、クレアが体を切りつけていたはずだが、その切り傷のようなものは見えない。名前からして、おそらくあの長い体毛が鋼鉄のように硬いとかなのだろう。
「どうしてこんな時に来るのかねぇ。しかも、出口付近に」
迷宮の壁を壊す威力の体当たりに、盾すら突き破る角。
これが、2階層に逃げたとなれば惨事だ。ここで食い止めなければいけない。しかも、カイニスの血の匂いか、先程までの攻防の音にか興奮している様子の鋼鉄牛は、逃がしてくれる様子はない。
「珍しいの?」
「それなりには。超好戦的で、その辺の鎧なんか紙切れみたいに貫くし、轢かれば人間ミンチができる」
小回りの利く電車かな。
そんな危険な魔物が出口付近に来て、暴れるなんて、なんて運の悪い。
「チガウヨ」
「何も言ってねーっすよ」
「お手本のような棒読みありがとう。素晴らしく悲しいよ」
こちらを興奮した様子で睨み、突進してくる鋼鉄牛を左右に分かれて避ける。
直線にしか走れないなら、一度避ければ余裕があるはず。
「ん?」
意外に小回りが利くらしい鋼鉄牛はすでに血走った眼でこちらを見ている。
奥の壁の一部が、横一線に抉れている。まるで、そこに角をぶつけながら無理矢理Uターンしてきたように。
「頭いいな!? コイツ!?」
当たれば死ぬ。止めるのは、もちろんムリ。
避けるのも足が引っ掛かる。電車にちょっと引っかかった人がホームを転がっていく衝撃映像は、テレビが大好きな奴。ムリ。死ぬ。
でも、相手は電車程大きくない。意志だってある。
投擲紐の一方を投げつければ、角に巻き付く。すると、嫌がったのか、角に巻き付いた投擲紐を振りほどこうと、首を大きく振る。
電車にそんなことされれば、もう一方を持っている人間は容易く振られるわけで、気が付けば、鋼鉄牛を見下ろしていた。
「エリサさん!?」
妙に長く感じる浮遊感。
混乱して自分の場所もわからなくなっている頭に、重力を教えるように落ちていく目の前のナイフとか、食料、調味料などの数少ないこの世界で増えた荷物。
「――あ」
宙に浮いている肝油を叩き落せば、お粗末な皮で作られた袋から肝油が溢れ出す。
鋼鉄牛の背中が離れていく。それと一緒に地面が近づき、思っていたよりも柔らかい痛み。
「だ、大丈夫っすか……?」
思っていたよりも柔らかいだけで、痛いものは痛い。唸ることしかできないが、妙な蹄の滑る音と壁に激突する音に、顔を上げる。
そこには、明るい通路の壁に激突して、油に足を滑らせている鋼鉄牛の姿。
転がった石を手に取り、投擲する。
狙いは、鋼鉄牛の上。火の灯った松明。
狙い通りに石は松明を落とし、鋼鉄牛に降りかかる。そして、油に引火した炎は鋼鉄牛を燃やす。
「ア、レ……?」
予定ではこれで倒せるはずだった。
だったのだが、火だるまの中、鋼鉄牛は元気よく動いていて、明らかな殺意と共にこちらに体を向ける。
もはや、感心してくる。
確かに、人を襲う魔物がこれほどの耐久性に強さなら、上にいる魔物なんてかわいらしい。今更ながら、カイニスに心配され続けていた理由を理解した。
しかし、今すべきなのは、より凶悪になった火だるま突進の対策。数秒以内に可能な方法で。
「ムリでは?」
考える余地すらなかった。
だが、火だるま突進は来る事無く、鋼鉄牛はその場に崩れ落ちるように倒れた。
興奮した声と地面を這いずりながら暴れる様子は、まだまだ元気といった様子だが、立ち上がることはできないようだ。
「ふぅ……このまま放っておけば死ぬでしょ」
二本の剣で鋼鉄牛の足の筋を切ったクレアは、剣をしまいながら、騒がしくなってきた入口に目を向ける。
「クレア殿!? 一体何が!?」
「あー、ちょっと鋼鉄牛が暴れててね。まだ暴れてるから気をつけろよ」
燃えながら暴れている鋼鉄牛に、旅団も動揺の声が上がる。
「彼らも鋼鉄牛に? ここは我々が見ておきますから、上で手当てを」
「悪いね。じゃあ、そうさせてもらうよ」
鋼鉄牛のことは、他の旅団に任せ、クレアはふたりに近づくとカイニスは警戒の色を見せるが、頭を抑えている日下部はこちらを見る様子もない。
「そんなに警戒すんなって。取って食おうってわけじゃないって」
「さっき取って食おうとしたじゃん」
「さっきはさっき。今は今。昨日の敵は今日の友っていうでしょ。やっさしー僕の部下が手当てしてくれるってさ。動ける?」
「ムリ」
何とも素直すぎる返事が返ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます