第7話 洛陽の旅団 第六拠点へ

 家庭科の授業で習った、必要な三大栄養素。炭水化物・脂質・タンパク質の三つ。

 考えてみれば、魔物の肉を食べてタンパク質・脂質は取れる。野菜は、その辺の草っぽいのとかキノコ採れば案外手に入る。

 そうなると、最も難易度の高い栄養素は、炭水化物なのかもしれない。降ってくる食料は、保存を考えてなのか、ビスケット一択だけど、ある意味貴重な栄養素かもしれない。


「そういえば、クーちゃんって必ずビスケット割ってるよね。せんべいとか割る派?」

「せんべい? いや、別にビスケット割ってるのは、中に虫が湧いてるか確認してるからだよ」


 虫、湧く……?


「あれ? 知らなかった? 結構いるのよ。ビスケットの中に虫がいること。まぁ、別に毒があるわけでもないし、食べても問題ないんだけどさ。気分ってあるでしょ」

「確かに、食べられる動物がいない時は、虫は貴重な食料っすよね。どこにでもいますし」

「そーそー。もしかして、エリちゃん、虫苦手?」

「苦手云々以前でしょ」


 魚とかタコとかエビとかの踊り食いならまだしも、虫の踊り食いはさすがに抵抗ある。

 生きたまま生物を食べるって意味では、同じジャンルかもしれないけど、虫を生で食べる人は今まで見たことは、いや、テレビでやってたな。

 しかも、今までやっていたかもしれないって考えると……これからは割って食べよう。アニサキス的な感じだろうか。よく噛んで食べよう。


 パキッと硬いビスケットを割れば、白い何か。


「……」


 びっくりして、つい焚火で割れ目を炙ってしまった。

 元々焼けているものだから、これ以上炙ったところで大した味の変化はないだろう。なので、良く炙ろう。踊り食いは勘弁。


「……真っ黒」

「エリちゃん、やっぱり虫苦手だろ」

「無理して食べなくても」


 炙り過ぎて、真っ黒な何か。頭がどっちかもわからない。

 とりあえず、口に入れてみた。


「炭」

「でしょうね」


 焼き肉の最後によくあるこびりついた黒い物体の味がする。ただ苦いだけの炭素の塊の味。触感は、辛うじて水分を含んでいた柔らかい何かだった気配がある。

 結論。よくわからない。

 でも、気分的に良くないから、これからは割って炙って食べよう。


「さて、メインディッシュです」


 タンポポコーヒー改め、アラウネコーヒー。

 匂いは完全に虫と同じ!


「完全にこれ嫌がらせだよね。マズいんでしょ」

「マズい。オリジナルがマズいんだから、亜種がおいしい道理がないよね」

「マジでなんで作ったの」


 まずは一口。味を確かめて、もう一口。大量に飲んだ時の味とのど越し。


「これ、虫コーヒーできるわ」

「却下」

「ですよねー」

「にしてもこれ、最後に炒る必要なくないです? ただひたすら苦い。こっちの炒ってないのでやってみましょうよ」

「お、いいね。僕もそっちの方が好きかも」


 今度はカイニスが乾いたアラウネを細かく刻んで、お湯に投下し、完成したアラウネ湯。


「これ、ふつーに薬湯っすね」

「そうね」


 切り干し大根の戻し汁(薄味)

 薬に使われると言っていたし、葛湯的な奴だろうか。



 寝過ごした初日以降、夜の火の番と警戒役はちゃんと交代して行っている。

 カイニスとクレアが。


 夜は魔物も活発になるため、ひとりでの行動に慣れているカイニスもクレアも可能なら複数人でいたいのだという。

 曰く『誰かが襲われている間に、逃げることができる』

 わかりやすすぎる理由だった。


「そういえば、前の世界は人間を食べる動物はほとんどいないって聞いたことあるんだけど、魔物は? 人間食べる?」

「食べますよ。魔物のほとんどは肉食ですし」

「そっちの動物は人間食べないの?」

「お腹減ってれば食べるらしいけど、人間だ。わーい。って食べる奴はあんまりいないって聞いた」


 だから、お腹がついてる動物の前に行くのと、テリトリーの中に入ることさえしなければ、ほとんど動物に襲われることはないと田舎の爺さんが言っていた。

 おかげで、畑以外のネズミの巣穴に爆竹投げ込むと、ものすごく怒られた。


「確かにこっちにも、人を好んで食べる魔物はいないっすね。人を好んで襲う魔物は割と多いっすけど」

「それ、ほとんど差なくない?」


 むしろ、襲うだけ襲う方が嫌じゃないか。


「そっちの世界って、争いがほとんどない理想郷って聞いたよ? 帰りたいとか思わないの?」

「え、前に帰れないって……」

「今のところはな。でも、別に方法があるかもしれないでしょ」


 ふたりの視線がこちらを向くが、元の世界に帰ることなんて考えてなかった。

 というよりも、退職する気満々で揉めてた人が行方知れずになって、突然ひょっこり帰ってきたなんて言われても、確実に会社に席はないだろうし、まずは転職活動からだろうけど、空白期間の言い訳をどうするって話だ。異世界で魔物を狩ってました。何ものにも動じない度胸があります。って面接でPRしたところで、採用とはならないだろう。

 まず精神科に行くように勧められそうだ。


「考えれば考える程、むしろ帰りたくない」

「え゛……」

「帰ってほしい?」

「そういうわけじゃないっす。ただ、理想郷っていうくらいですし」

「向こうでは、理想郷の住人はどんどん醜く堕ちていくって教えがあるんだ。単に老いるってだけの話なんだけど、クモに食われた人間みたいだよね」


 厚めの布に包まり、目を閉じる。


「いつものことだけど、安心し過ぎじゃない?」

「何かあれば抱えて逃げればいいんじゃないっすか」

「まぁ、そうなんだけどさ」


 体力があるわけでもない。夜目が効くわけでもない日下部が、無理に起きていたところで、結局カイニスもクレアも休めないということで、大人しく眠ってもらっているが、それにしても安眠しているように見えた。

 度胸があるといえば聞こえはいいが、もう少し警戒してもいいところだ。


「エリサさんって、あんまり向こうの世界の話しないんですよね。よくわからないことを言う割には、はぐらかすっていうか……」

「まぁ、こっちに来た時も何か揉めてたらしいしな。性格もアレだし、あんまりいい思い出はないのかもな」


 そっと目を逸らしたカイニスに、クレアも小さく口端を上げた。



*****



 目が覚めたら、適当に朝食を取り、その後は罠や狩猟、採集といったその日をその日を生きるための行動をする。ややルーチンになりつつある行動。

 正直にいえば、本当の意味で生活に余裕はない。

 歴史上、稲作などの生産が始まって、ようやくちょっとした余裕ができて、文化が栄え、人も増えたのだろう。狩猟民族のままでは、明日もわからぬ命だ。

 それを思えば、この閉鎖的な迷宮で2.3人の少人数での行動は、賭けなところはあるが、わりとうまいのかもしれない。これが、大人数ともなれば兎一匹では事足りないだろう。そうなると優先順位をつけて、下からの不満を抑えて、なんて社会的行動が必要になる。足4本あるからじゃんけんな。みたいな適当さは許されなくなる。


「おはよう」


 どうやら今日は、クレアも一緒に行動するらしい。

 旅団の仕事だとかで、クレアは一緒に行動しないこともたびたびあるのだが、朝食の時までいる時は、一緒に行動する日だ。


「ふたりが嫌じゃなければ、今日は六拠に行ってみない?」

「六拠?」

「洛陽の旅団第六拠点」


 旅団の拠点は、全てで6つあり、その中でも第一拠点、第六拠点は、地下迷宮2階層の入口と出口付近に作られ、他の拠点は、その間を埋めるように作られているという。


「第一拠点は、新しく放り込まれた連中の確認と騎士団の撃退、第六拠点はここより先の階層攻略とそこからの侵攻防衛目的に作られてる。

 他も細かくいえば役割はあるけど、僕が言いたいのはこの階層の一番端に行ってみないってことだからさ」 


 昨日のこともあって、その言葉の意味がそれだけではないことは想像がつく。

 旅団の大きな拠点の一つということは、きっと第一拠点と似通っているのだろう。上級者向けキャンプではなく、初心者向けキャンプ程度にはなっていて、生活とかも少し楽になることを見せて、旅団に入らないかと勧めてくるのだろう。


「いいと思いますよ。何かあっても、逃げ込める場所を覚えておくのは」

「そうだね」


 でも、迷宮攻略の後方支援って話が本当なら、初心者キャンプはほとんど使えないってことじゃないか?

 詐欺の常とう手段じゃないか。


「クレア殿!」

「よっ変わらずって感じね。このふたり入れてもいい?」


 どうやら、クレアは洛陽の旅団の中でも上の方らしく、警備のひとりはこちらを訝し気に見ながらも、頷いていた。


「クーちゃんって結構偉い人?」

「知らないっすけど、きっと偉いんすね。クーちゃん」

「実はクーちゃん、影の団長とか」

「かもしれないっす。ちゃんとクーちゃんさんって敬わないと」

「聞こえてるからねー」


 わざとです。

 ため息をつくクレアは、旅団に声をかけられ、離れていく。

 特に何をするとかをは聞いていなかったので、来てからずっと見えていた、その洞窟の入口に近づく。

 松明が灯り、薄暗いそこは、なだらかな円形の坂になっているようだ。


「ここが3階層の入口っすか」

「カイニスってここから先に行ったことあるの?」

「いや、旅団が塞いでるようなもんですし、俺みたいなサポートない奴じゃ、ここから先に進むのは自殺行為ですよ」


 確かに、装備を整えろも何も、旅団は外の仲間の支援を切り盛りすれば、迷宮攻略の資本にできるけど、普通は身一つで投げ出されて、生きていくにも旅団の支援を横取りしているくらいだ。

 追加で攻略なんて、まず不可能だろう。


「じゃあ、旅団と協力すればいいんじゃない? カイニスだって、攻略反対ではないんでしょ?」

「……入れないんす。俺」


 困ったように眉を下げるカイニスに、首を傾げる。


「旅団は、罪人の中でも”黒”の時点でまずは入れない。”竜”は以ての外っす」


 大量殺人。それも、領地ひとつ分程度の人数を殺害した人間につけられる刻印。

 さすがに旅団も、誰でも彼でも手を借りているというわけではないらしい。


 殺人は一度犯せばタガが外れる。一度犯せば、どれだけ頑張って理由があっても”殺人者”のレッテルが貼られる。それの人数などほとんど興味が無い。

 社会的な抑圧の大きさは計り知れないだろう。そうじゃなければ、向こうの世界で物理的に血で溢れているだろう。

 法や罰は、人間を人間たらしめるというが、事実社会を回す上では絶対的必要な物のひとつだ。


「元冒険者の何人かは迷宮攻略に協力してるらしいですけど、色々あったみたいですよ。冒険者の大半は、自分の命と宝って奴も多いですし」

「なんかそれは想像がつく。っていうか、冒険者って割と殺人してそうだけど」

「一応、両者合意の決闘は殺人罪には入らないっすよ」


 つまり、コロシアムみたいな場所での戦いも、殺人には入らないということか。意外にガバガバ前科だな。


「あとは、まぁ……」

「あっ、うん」


 表沙汰にならない系ね。

 

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