第6話 旅団では

 洛陽の旅団第一拠点は、6ヶ所存在する拠点の内、最も入口に近く、最も栄えている拠点だった。

 やってくる異世界人の知識や年齢は様々で、自然の中での生活に慣れている者、慣れておらず不満を訴える者、急な環境の変化に精神に不調をきたす者、様々だった。

 最初こそ、旅団のメンバーも同情もあった。異世界から突然召喚され、有無も言わさず、魔物たちのエサにされるのだ。同情しないわけがない。


 だが、彼らはあまりに住む世界が違った。

 知識は確かにあった。ある者が言うには、教育の環境が整えられているのだという。

 アイデンティティも尊重され、互いが認め合い、争いは行われず、全ては話し合いによって解決する世界。

 武力に訴える人間は、罰せられ、淘汰される。

 それは、なんて幸福な世界なのだろうか。

 互いに手を取り合い、支え合うのことのできる世界。


 そんな世界あるわけがないのに。


「団長。アイカワ殿、イシノモリ殿に能力の覚醒は無いようです」

「そうか。他に変わった様子は? 昨日までは、随分と取り乱していたようだが」

「アイカワ殿は、大分落ち着かれたように思えます。イシノモリ殿は未だ……」


 ここに来た異世界人には、この国と魔王軍との戦いの事。異世界からの召喚による神器目当てに、異世界人を召喚し、異世界人を地下迷宮に放置することを説明している。

 そして、異世界人を召喚する方法を知っているのは、この国で唯一大魔法使いだけであることも。そして、その大魔法使いにとっても、世界を跨ぐ転移魔術は困難であり、同じ場所、同じ時間へ人を送り返すことはほとんど不可能であり、たとえ成功したとしても、命の保証はできないということも。

 それこそ、転移魔術で生物以外のものが召喚されたり、すでに息絶えた肉塊だけが召喚されることもあった。


「それなら、アイカワ殿にはどこかのチームに入ってもらおう。アレックス。彼女といくつか見て回ってくれるか?」

「はい」


 もはや、旅団だけで組織を回すことは不可能になっていた。

 いくら手練れであっても、体調不良や疲労はある。それをフォローできる状況でなければ、必ず限界は来る。

 故に、異世界人の手も借りていた。


 なにも、戦いは武力だけではない。ここは迷宮だ。ここで生活をするなら、生活基盤の確保も重要になる。

 彼らには、それらを主に行ってもらっていた。


「そういえば、もうひとりの彼女は?」

「クレアからの報告だと、彼女も覚醒はないらしい。ただ、貴公の思った通り、彼女は戦える側の人間らしい」


 戦える側。

 それは我々にとってもうれしい存在だ。

 こちらの世界にも戦いに向いている者、向いていない者は存在する。

 しかし、異世界人に向いていない者は多い。自分が傷つけること、傷つくことに恐怖し、戸惑う。倒さねば自分が命を落とす状況であっても、手を取り合えると錯覚する。

 自分の方が絶対的優位だと錯覚し易い。

 それでは、もはやこの地下迷宮を生き抜くことはできなくなっているにも関わらず。


 初めて彼女を見た時から予感していた。

 恐怖するわけでもなく迷宮を越え、冷静にこちらを見つめる彼女は旅団の力になる存在かもしれないと。

 しかし、逃げ出した彼女を見て、自分の勘違いである可能性も考えた。彼女が命を懸けてまで逃げる理由がわからなかった。


「戦力として、大きな補填というわけにはいかないだろう。しかし、仲間が増えることは心の支えになる」

「彼女は仲間になってくれると?」

「いや。まだはっきりと返事をされたわけではない。今は、黒竜と一緒にいるらしい」

「黒竜? 領地焼きの? 大丈夫なんですか?」

「何かあれば、クレアが動く。問題ない」


 団長との話を終えて、相川と共にできそうな仕事について確認する。

 娯楽などはない。最低限生きていくだけの仕事。


「大工仕事と狩猟は、さすがに……やったことないし。家で家事はしていましたから、家事はできます! 掃除とか洗濯とか料理とか!」

「そうですか。では、そちらに仕事が残っていないか聞いてみます」

「あの、申し訳ありませんが、石ノ森も一緒に行けるか確認していただいてもいいですか? 明日には、説得しますから。このままひとりにしておく方がかわいそうで……

 あの子は今年結婚したばかりで、これから子供だって作りたいって話してて。そんな時に、こんなことになってしまって、かわいそうなんです」

「お優しいんですね」


 そう返せば、嬉しそうに微笑まれた。

 正直に言えば、その方面の仕事は手が足りている。というより、仕事量の割に、そこに当てられる人数が多いのだ。

 半ば強制的に畑仕事を割り振っているが、いざこざが起きていることは聞いているし、仲裁に入ることだってある。


 彼女たちがそうならないことを願うばかりだ。



*****



 干されているアラウネの表情は、妙に夢に出てきそうな表情になってきている。


「ずっと気になってたんだけど、これ、何してんの?」


 ここ数日、天日干しされ続けているアラウネを気にしないようにしていたが、焚火に照らされているそれは、もういい加減聞きたくなった。


「あー……なんでしたっけ。コーヒーでしたっけ?」


 エリサが適当に拾ってきたキノコと植物を食べられるものとそうでないものに分けながら、カイニスが答える。

 皮の手袋とかごを渡したら、本当に乱雑に拾ってくるから、カイニスの冒険者の知識は本当に助かっていた。


「タンポポコーヒーって、マズいコーヒーがあってさ。本当は、タンポポの根っこを乾燥させて、焙煎するんだけど、これも一応薬になるらしいから、やってみた」


 相変わらず、話が途中で飛躍するが、要はアラウネの薬用茶を作っているということだろう。

 正しく薬にできるならそれが一番だが、それができないなら、腹に溜まる内に食べてしまった方がいいというのに、少人数故に許される行為だ。


「そろそろ乾いたかな? 後で炒ってみる?」

「いいっすね」

「コーヒーの代用って言われて飲んだ時のタンポポコーヒーがもう許されないくらいにまっずいの。是非飲ませたい」


 それは楽しみだというべきなのか。というか、マズいものを共有する気か。こいつ。

 カイニスも気にした様子はなく、ガキのように笑っている。


「やっべ……ぐちゃっていった」


 慌てたように手元に目をやるエリサの視線の先には、兎に似た魔物の死体。すでに皮は剥いで、今は内臓を取り出しているところだったのだが、どうやら肝臓を潰したらしい。


「あーいいよ。どうせ潰すから。溢さないようにね」


 金属のコップに形の崩れた肝臓を入れていく。肝臓は油分が多く、取り出して煮詰めれば油ができる貴重な資源だ。

 遠火で炙りながら木の棒で潰していく。


「じゃあ、俺は内臓と毒草捨てきますね」

「はーい」


 拠点の近くなら堆肥にできるが、ここは畑を作っている拠点から遠いし、少人数で狩猟が事足りる分、魔物が近づいてくる危険がある内臓は拠点から離れたところに埋める。

 ついでに毒草も混ぜれば、近づいてきた魔物も殺せて一石二鳥だ。


 元々要領は良いタイプではあったのだろう。加えて、子供のような純粋な興味に、容赦の無さ。

 攻撃的な魔物と戦えるかと言えば怪しいが、狩猟程度なら問題なくこなしている。投擲の妙なうまさはここ数日とは思えないが、そこは目を瞑ろう。きっと、向こうの世界でも投擲縄は使うのだろう。たぶん。


「そういえば、ちょっと前に旅団に顔出したんだけど、一緒に来たお友達のふたりは仕事始めてたみたいだよ」

「へぇ……」


 アレックスから三人の関係は気を付けた方がいいとは言われていた。実際、ふたりと話した時もエリサのことを心配している様子だったが、今の様子ではエリサ側が圧倒的に嫌っているようだ。


「こんな状況なんだし、同郷同士腹割って話したいこととかないの?」

「腸を引きずり出して首を絞めるとか?」

「そりゃダメでしょ」


 話し合いの余地なし。


「んじゃ、そのふたりを殺したら、旅団に来る?」


 張り付けた笑みで聞けば、エリサは少しだけ驚いたようにこちらを見て、少し考えるように視線を逸らし、手元へ視線を戻した。


「そこまで私を入れたい理由がわからないからやだ」

「自分で言ったろ。僕たち、詰んでるんだよ。なら、少しでも可能性がある方に賭けるでしょ。

 僕から見て、エリサちゃんは十分見込みあるよ」

「見込み?」

「うん。エリサちゃん、人を殴ることに慣れてるでしょ」


 異世界人にしては珍しく、人を殴ることに躊躇がない。怒るわけでもなく、冷静に、その場で必要だからと力を振るえる。

 人、は無さそうだが、動物を殺めている。そして、対象が人であってもきっと変わらない。

 その才能と慣れは、この閉鎖的で資源の限られた状況に置いて、逃したくないほどの貴重な資源だ。


 エリサはこちらを見て、何も言わない。

 真意は、わからない。


 彼女は妙に自己評価の低いところがあるが、今の言葉でこちらから見た評価を理解したはずだ。

 もう一押し。

 彼女が欲しい言葉。


「それに、これでも僕は心配してるんだよ」


 誰も味方がいない異世界で独りぼっち。

 自分を心配して、助けて、支えてくれる相手。


「カイニスは、ああ見えて黒竜を刻まれてる罪人だ。黒は殺人。竜は大量、数としては領地一個分程度の奴に刻まれる。

 アイツは実際に領地を丸々焼いてるんだよ。自分の不祥事を糾弾された腹いせに、仲間ごと、その夜領地にいた領地にいた全員を殺して回った」


 嘘ではない。事実だ。

 あの事件は、国を震撼させた。騎士団もその犯人を捕まえに行って、二つ返事にこの地下迷宮へ投獄され、その不気味さに処刑すべきだったと意見が上がるほどだった。


「いつアイツが本性を現すかわからねぇ。その前にアイツからは離れておいた方がいい。

 逃げるっていうなら、僕が抱えて逃げて――」


 しくじった。

 直感しても遅かった。


「…………はぁ。今のは忘れてくれ。でも、アイツのやったことは本当だ」


 急ぎ過ぎたか。

 いや、相手も悪かったな。

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