第5話 天罰覿面! 王様の目を焼こうぜ!

 誰?


 胡散臭すぎる笑みを携えたまま近づいてくる男は、剣を突き立てると、足元から聞こえていた声が徐々に弱くなる。

 敵、味方、共通の敵を前にした協力者。

 6割以上の確率で逃げないといけないですね?


「10秒、逃げるの待ってあげようか?」


 近づいた笑顔で問いかけられた言葉。


「お前、りょ――ぉぉお?」


 突然、乱雑に襟を掴まれたと思えば、後ろに引かれ、たたらを踏めば、殴られた足に痛みが走り、そのまま地面に座り込む。

 見上げればカイニスが、男との間に立っていた。


「……話が違うっすよ」

「僕は助けに入ったんだよ。な? って、何してんの」

「足痛い」


 裾を捲ってみれば、思っていた以上に痣になってる。

 そっと触って、ちょっと後悔する。


「僕が言うのもなんだけど、普通逃げるとかするところじゃない? ちゃんと教えておかないと」

「教えるも何も、お前、旅団だろ。その上、カイニスと話は終わってるみたいだし、痛いし、逃げなきゃいけない事情でもできたのかよ」


 男もカイニスも驚いたように少しこちらを見つめるが、男は一歩近づくと首に触れる冷気。


「そうだって言ったら?」


 見下ろされた目は冷酷に、本当に首を落としかねない目をしていた。

 今更、剣を構えているカイニスも、私の首が切られるのには間に合わないだろう。

 だから、剣に触れてみた。


「…………」


 本物の剣なんて触ったことがない。昔、文化祭で模造刀を持ってきた子に触れさせてもらったり、全力で振り回したことはあるが、本物の初めてだ。

 西洋の剣だからか、日本刀とは少し手触りが違う。


「……なぁ、なんで僕が旅団だって思ったの?」

「足跡。あと服」


 迎えに来たようなアレックスたちとは一見違うが、よく見れば罪人側のカイニスや山賊よりも質が良さそうな服の上下。

 なにより、川辺でぬかるんだ土に残った足跡が足の前後が分かれていた。山賊の靴は日本の地下足袋のように、全面が足跡として残る。それに、使い方の問題だろうが、皮を使っている部分は足の裏だけのように見える。

 それに比べて、カイニスとこの男の靴は、側面や足首まで皮で覆われている。それこそ、先程のように足首を掴まれたり、殴られたりした時に少しは衝撃を緩和してくれそうだ。ブーツ履くのは冬くらいだし、そもそも職場だったし、履いてれば痛くなかったのだろうか。

 カイニスのように、ただの元冒険者という可能性はあるが、カイニスの反応からしてそれもないだろう。


「要は、昨日の夜にカイニスとは話がついてたんでしょ」


 完全に寝落ちしていて気が付かなかったが、その時しか、長時間カイニスが話す時間は無かったはずだ。


「だから、犬がいた時も、まず旅団を疑ったんでしょ。後付けだけど、カイニスが助けに来てくれたってことは、あの別の誰かが近くにいる状況で、私をひとりでここに戻ってくるように言わないだろうし。

 つまり、カイニスはあの時、旅団の誰かが近くにいるから、そいつらとコンタクトを取ろうとした」


 でも実際は、違う奴が覗き込んでいて、まんまとひとりになった私が狙われた。

 少しだけ目が泳ぐカイニスの反応は、それが正解だと告げていた。罪人だとは言うが、本当に彼は良い人らしい。


「…………確かに、これは殺すには惜しい存在か」


 ため息交じりに剣をしまうと、男は私の前に屈み、抱えあげられた。


「!?」

「はいはい。暴れないのー足冷やすだけだから」


 きっと目の前のカイニスの混乱した顔とよく似た顔をしているのだろう。

 為されるまま、川辺の石に座らされ、濡らした手拭いを足首に当てられる。曰く、骨は折れてなさそうとのこと。


「んで、嬢ちゃんの言う通り、僕は洛陽の旅団 クレア・レイノール。気軽にクーちゃんって呼んでよ」


 クレアの任務は、逃げ出した私の保護だったらしいが、その日の夜にカイニスから話を聞き、様子見に切り替えたという。

 旅団へ報告は続けているが、強制的に保護する気はないらしい。


「強制的に保護って、なんでそこまで……」


 カイニスの疑問は最もだ。

 慈善団体程度なら助けを求めない人間に手を差し伸べることはない。むしろ、助けを求めていない人間に手を出して牙を向かれても面倒だ。

 それなら、何故、逃げ出した人間を強制保護などするのか。

 旅団にとっても、なにかしらのメリットがあるということか。


「この世界は、いや、この国は長年、魔王軍と戦い続けててな。魔物ってのは、人間よりも狂暴で強い奴も多い。おかげで、この国は随分劣勢でね。

 そんな時、とある魔法使いがある古代魔法を見つけ出した。

 黒竜くんは聞いたことない? 

『人々の嘆きを聞き、神より遣わされた天使。天使は悪しき魔物を罰し、傷ついた人々を癒した』って言い伝え」

「あぁ、昔の言い伝えっすよね」

「そそ。その言い伝えの古代魔法が見つかったのよ」

「……ん?」

「天使を呼ぶ魔法ってことっすか?」

「天、使……? んんん……?」


 このタイミングで、その言い伝えを出してくるということは、神より遣わされた天使というのは、異世界人私たちのことなのだろう。

 しかし、問題はその続きだ。

 『天使は悪しき魔物を罰し、傷ついた人々を癒した』

 傷ついた人々を癒すは、なんとか医療知識と技術を持っていればできるだろう。

 魔物を罰するのは?

 単純にめちゃくちゃ強い人が偶然きた? もしくは軍略がうまい人がきた?

 でも、言い伝えになるほど特出した人間が来るとは思えない。それこそ、向こうの人間にできることは、こちらの人間にだってできる。技術的な革新だというなら、もう少し彼らの見た目に現れてもいいだろう。


「その天使には必ず、神様から”神器”って呼ばれてる特殊な武器を持たされててね。その神器が強いのなんの。劣勢をたったひとつの武器で押し返しちまったのよ」

「なーるーほーどーなー

 びっくりするほどクソみたいな話じゃないか。王様の目玉太陽で焼こうぜ」

「え、どういうことっすか?」


 要するに、王様たちは”天使異世界人”が必要なのではなく、”神器付属品”が目当てということだ。

 しかも、呼び出した天使は、高確率で戦いのたの字も知らない。そんな天使をいくらチート武器を持っているからと前線に出したところで、簡単に死ぬだろう。

 確かに一時しのぎにはなるだろう。しかし、まともな上司ならこう考えるだろう。


『優秀な戦士にチート武器を持たせられたなら、魔王軍との戦いはもっと楽になるだろう』


 同感だ。

 そして、事実、使えてしまったのだろう。その神器が、チート武器がその武器をもらった異世界人本人でなくても。

 

「正解。それを知った王様は、異世界人から神器を取り上げて、優秀な兵へ渡すことにした。それでこの国は守られてきた」

「それなら、とっくに魔王軍との戦いも終わってるんじゃないの? あの王様、めちゃくちゃ異世界人召喚してそうだったぞ」

「そううまくいかないのよ。召喚直後に、いらない人間はさっさと処理したら神器は現れない。使用制限なのか、時間なのかわからないが突然消える神器。

 目に見える武器じゃなくて特殊能力を持っていて、牢屋で暴れて脱獄する異世界人」

「だから地下迷宮……」


 カイニスが言うには、ここは王都の地下にある既に攻略済みで、かつては騎士の実戦向けの訓練場として使用されていたらしい。

 つまり、王城は頭上に存在する。高さの座標は無視かと言いたくなるが、がめつい王たちがこの方法を取っているということは、少なくとも神器は王たちの手元に届くのだろう。


「…………」

「エリサさん? 大丈夫っすか?」

「チョコエッグって中身だけじゃなくて、チョコも楽しむもんじゃん? 甘ったるいけど」

「よ、よくわかんないっす」


 頭痛が痛くなるような話ではあるが、ここの人間が妙に異世界人に慣れている理由はわかった。


「一応、聞くけど、旅団が異世界人を保護してるっていうのは」

「騎士団の中でも、神器欲しさに別の世界から強制的に呼び出して、地下迷宮に捨てることを容認できなかった奴らの集まり」


 まぁ、そうだろう。


「最初は警備の振りして、支援してたんだけどな。ま、バレて、今や共々地下迷宮にいるってわけ」


 いまだバレていない彼らの仲間は、大穴から支援物資を隠れて投げているが、それもいつまで続けられるかもわからない。

 しかし、王様としてはいつ使用期限が来るかわからない神器を絶やすわけにはいかない。それどころか、魔王軍との戦いが続いているなら、多いに越したことはない。異世界人は可能な限り召喚し続けるだろう。そして、その度、異世界人は地下迷宮に捨てられる。


 この階層にいると忘れそうになるが、ここは迷宮で、本来食べ物はほとんどなく、武器だってない。

 本来、攻略日数を考えて、装備を整え準備して、攻略するところなのだ。そこへ、半永久的に居住するという考えが異常なのだ。


 魔物のいる迷宮に、知識も技術もない、ついでに体力もない温室育ちの異世界人は増え続けるのに加えて、訳ありの罪人も投獄され続けて、治安は悪化し続ける。

 それでも、異世界人は身勝手な願いで召喚されてしまったのだと、異世界人を旅団は守り続けている。


「お前ら、詰んでない?」

「詰んでるねぇ」

「心中するつもりかよ」

「一応、するつもりはないな」

「でも、迷宮攻略なんて難しいだろ。しかも、何もできない一般人抱えながら」

「何もできない一般人じゃないさ」


 じっとこちらを見据えるクレア。

 それはこっちの心の中を探っているようで、


「残念だけど、特殊能力系ではないよ」


 同時に、こっちにも心の中がわかってしまった。


「えー……てっきり、心の中が読めるとか、未来が見えるとか、そういう能力でもあるのかと思ったのに」

「残念だったね。クーちゃん」

「マジかぁ……あのふたりもそういう能力じゃないって話だし」

「諦めるんだ。クーちゃん」

「クーちゃん呼ぶのやめてくんない?」

「男に二言はないんだぞ。クーちゃん」

「なんか腹立ってくるな」

「なんか楽しくなってきたよ。クーちゃ――むぎゃ」


 呆れるような嫌そうな表情が楽しくなってきて、クーちゃん呼びしてたら、口を乱雑に抑えられた。

 自分で気軽に呼べっていったのに。


「それで、能力がないってわかったなら、アンタが俺たちを監視する理由もなくなったんじゃないっすか?」


 旅団にとって、継続して異世界人を保護し続けるのは不可能。

 それなら、残りの可能性は、信憑性にかけるがこの地下迷宮の攻略だ。

 そして、その鍵は、チート武器を持っている可能性のある異世界人。物質として存在する武器であれば回収されてしまう。だが、物質として存在しない能力であるなら、王が横取りする方法はない。

 魔王軍との劣勢をたったひとつで押し返すほどの能力を迷宮の攻略に使えれば、それは彼らの目的達成にいち早く近づける。

 クレアが監視してまで確認したかったのは、逃げ出した異世界人の能力の有無。それがないと分かったなら、貴重な人材を遊ばせておく余裕はない。


 なるほど。とできる限り早くバイバイと手を振って見せれば、口を抑える手に力が入る。


「ホント、君、度胸あるよねぇ」


 カイニスが苦笑いしている。


「悪いが、監視は続けさせてもらう。というより、勧誘だな。嬢ちゃ……エリちゃんの洞察力と度胸は、戦闘力を差し引いて後方支援に回る分にも十分だ。

 新しい人材確保ができない状況じゃ、貴重な人材だよ。エリちゃんはさ」


 胡散臭い笑顔で、エリちゃんエリちゃん連呼されるのは、存外煽られている気分になるのはよくわかった。

 よくわかったので、


『これが人を勧誘する態度か? クーちゃん』


 と、ジェスチャーしてついでにウインクもつけて見せれば、無言の圧力(物理)が返ってきた。


「その時々全力でバカになるのやめましょう。エリサさん……」


 今、正論は辞めてくれ。カイニス。

 正気に戻ったら負けなんだ。

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