第2話 呼び出されて早々地下迷宮に放り込まれました。
眩しさが収まり、目を開ければ、オフィスの廊下ではなく、礼拝堂のような厳かな空間だった。
「成功です。王様」
「素晴らしい。今回は3人か。まぁまぁの成果だろう」
「ははっ!」
魔方陣の外には、いかにも賢者だという風貌の年老いた爺さんと、これまたいかにも王だと言わんばかりの王冠を被った中年の男。
現実主義者であれば、痛いですねー。とでもいうべきなのかもしれないが、説明がつかないことが多いし、別に魔法や錬金術はあるならば喜んで受け入れたい側の人間のため、この状況には少し引っかかるところがあった。
というより、『会社を退職しようとしたら、世界を退職した件について』という奴だろう。
「して、この3名はいかがしましょうか。全員女のようですが」
「あ、あの、申し訳ありませんが、ここは一体……私共は先程まで会社の――」
「黙れ」
「相川さん!?」
最初にコンタクトを取ろうとした相川は、控えていた鎧を着た騎士に殴られ、倒れた。
容赦なく殴られたからか、本能的な物なのか頭を抱えて震えて騎士を見上げている。
「こいつらに価値はない。地下迷宮に放り込んでおけ。好みの者がおれば連れていけ」
王らしき人は、興味も無さげに踵を返していき、賢者も頷く。
騎士たちはと言えば、もっと若いなら考えるけどな。などと笑っている。
「日下部さん……! 日下部さん……! どうしよう!? 逃げないと……!」
見た目だけでも十二分に負けているし、どう考えても詰んでる。
「来い」
つまり、言われる通り動くしかない。
殺されるにしろ、”地下迷宮”とかいう面白そうな響きを聞いてしまったからには、それを楽しんでから死にたい。
階段を下り続けてようやくたどり着いた場所には、騎士がふたり、扉を塞ぐように立っていた。
「そいつらが新しい奴らか?」
「あぁ。開けてくれ」
石扉を開けた先にあったのは、正にダンジョンという風貌の通路。
どうやら監視はここまでらしく、騎士たちはこちらに来ないらしい。つまり、飲まず食わずで迷宮に放置。
辛い!!
だけどまぁ、制服のままだから荷物すらないのだし、動かなくても、動いても死ぬわけだ。
わかりやすくていい。
「開けて!! お願いします!! 開けてください!!」
うるさいノイズは本当にうるさいが、それも遠くに行けば行くほど小さくなる。
鼓膜を揺らす腹立たしい声から逃げるように、鼻歌交じりに進む。魔物がいるわけでもなく、トラップもない。
ゲームでいう入り口付近で、安全地帯なのだろうか。
騎士たちの服装からして、戦いがない世界でもないだろう。もしそうなら、現代のような服装は軽装になっているはずだ。しっかりとした鎧だったし、剣だって腰に吊るしていた。
「しかしまぁ、飲み水も無いよな……そもそも飲めるのか? 外国の水は腹下すって聞くけど……」
見つからないものを考えても意味はないが。
ふと、壁のくぼみに袋が吊り下げられていた。
「罠……?」
それにしては、随分と人為的だ。
それに、太陽のマークも描かれている。中を見てみれば、ビスケットのような何かと小さな水筒が入っている。
匂いはダメそうじゃない。割ってみても色は変わってない。少しだけ齧って、水も少しだけ飲んでみる。しばらくして腹痛が来なければ、とりあえず少量なら問題ないはずだ。
効果があるかはわからないが、毒だって少しずつ慣らされれば平気になるというのだから、試してみてもいいだろう。
それから、この太陽のマーク。よく見てみれば、時々通路に描かれている。
必ず、曲がり角の足元に小さく見つかりにくい場所に描かれてる。しかも、一部発電所の地図記号みたいに腕が生えてる。
「人為的だし……これ、わざとだよなぁ」
先程の食糧の件もある。一応、そのマークのある方へ歩いてみれば、今度はランタンに吊られているナイフ。
「……」
これはもう、確信だろう。
この太陽のマークを描いた人は、少なくともここに来た人間を助けるもしくは導こうとしている。
諦めた上での行為か、もしくはこの先のダンジョンには人が生きられる方法があるのか。それも、このマークに従えばわかる。諦めた上での行為なら、骨とかあるだろうし。
ナイフを捨てるなんて、もうだいぶ来てるだろうし。
「扉……」
この先かと、ゆっくりと扉に体重をかけていく。
広がる扉の隙間から吹き込む風は、どこか青臭い匂いがした。
「ぇ」
森だった。
まごうことなき森林。
「おや……無事、こちらに出てこられるとは……」
聞こえてきた声に目をやれば、片手に鳥のような何かを持った先程の騎士とは違うが、皮でできた鎧のようなものを着ている男。
「よかった。これから迎えに参ろうかと思っておりました。
「外!? 脱出できたの!?」
「すごい! 日下部さん、ひとりでブツブツ言ってるから怖かったけど、すごいじゃん!」
「人!? 私は相川と申します。こちら、同僚の石ノ森と日下部です」
人がいると知ってか、嬉々として人の横から顔を出して挨拶をしている。吐き気がする。
「実は、私共も何が起きたのか理解できておらず」
「落ち着いてください。我々は、貴方方の味方です。申し遅れました。我々は、洛陽の旅団 アレックス・トールマンと申します」
「アレックスさん。味方というのは、それに――」
「逸る気持ちはわかりますが、ここは安全ではありません。我々の拠点で説明します。ついてきてください」
初対面の人間に突然ついて来いと言われて、少し迷っていたようだが、何もわからない状況で唯一といえる手がかり。それに、この空間までに出る間に目印や食べ物や武器に描かれた太陽のマーク。
あくまで嘘をついていない前提ならば、味方である可能性が高い。
「安全ではないって……」
「ここには魔物が出ます。みなさんが出てきたルートは、すでに魔物は駆逐し、魔物除けの魔術をかけていますので、比較的安全です。それでも、トラップはあるので危険ではありますが。
怪我はされていませんか?」
「大丈夫です。それに、トラップ……」
「見ていませんか?」
それは、覚えがない。
「貴方方は運がいいみたいだ」
結局、その洛陽の旅団の拠点に向かっている間、楽し気に話している三人。内容は、ここまで大変だったとか。そんなところ。
腹に来る笑顔でこちらを見ては、男が不思議そうにぎこちなくこちらを見つめる。なんたって、自分でもひどい顔をしていると思う。
「でも、魔物ってなんです? 動物みたいなもの?」
「発情期に入り狂暴化した動物と思っていただければいいかと」
どんな発情期のイノシシなら火を噴くのだろうか。危険ってことはわかるが。
それにしても、この人、妙にこちらの扱いに慣れてないか?
いや、王様の件に関してもだ。
まるで何度も異世界の人間を呼び出したことがあるみたいな……
『素晴らしい。今回は3人か。まぁまぁの成果だろう』
”今回は”
呼び出してそぅ……
「――っ」
気が付けば、突然目の前に背中があって足を止めれば、アレックスがこちらを見下ろしていた。
「どうかされましたか?」
「ぇ、あ、いえ、別に」
「そうですか。何か気になることがあれば仰ってください。貴方は周りをよく見ているようだし、魔物を見かけたならそっと私の袖を引いてください」
こっそりと小声で付け加えられた言葉は、なんとなくあのふたりとの関係を察したからだろう。
「日下部さん、疲れた? あとちょっとだから」
「大丈夫だよね。若いもん。それに、アレックスさんかっこいいもんね。ご結婚されてるんですか?」
そんな雑談に雑談を返す余力も、精神も、好感度ももうすっかり枯れ果てている。
確かに、このまま洛陽の旅団の拠点に行けば、安全は保障されるかもしれない。
それに情報だって何やら知っているようだし、情報はなにより大切なものだとも理解している。
そうだ。ここが異世界だとして、魔物もいるような世界で、戦う術を持たず、情報も持たず、どうやって生きるのだろう。
ムリだ。
「お帰りなさい。随分と早かったですね」
でも、このままいけば、精神がやられる。
「あぁ。迷いの通路から自力で出てきていたのでな」
前から決めていたじゃないか。
本当に手が出る前に辞めようと。
それで辞めた。
「それは珍しい!」
辞めたはず、なのに。
「さぁ、こちらが、洛陽の旅団第一拠点です」
「本当に人がいっぱいいる!」
「よかったぁ!」
喜ぶ声は、荒れる息に遮られて紛れていく。
ここが異世界で、魔物もいて、戦う術は無くて、情報も無くて、どうやって生きるのだろう。
考えれば簡単だ。
生きるなんて考えなければいい。
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