異世界に行けると信じた俺が、何故か恋愛世界に巻き込まれた話

うさこ

第1話


 俺、御子柴健一みこしばけんいちは異世界に行きたかった。

 子供の頃からずっとそう願っていた。

 この世の中には異世界ファンタジーの小説やアニメ、漫画が溢れている。

 俺は子供ながら疑問に思った。星の数ほど異世界の物語があるなら、本当に行ったことがある人がいるんじゃないかって。


 だから、俺は異世界にいけると信じてやまない。

 俺は子供の頃からいつ異世界に飛ばされてもいいように準備をしていた。




 異世界で金儲けするために極限まで俺の頭の中に知識を溜め込んだ。

 それこそ小学生ながら大学の勉強を理解できる程度の知能になっていた。


 異世界に転生、または転移した時、きっと身体能力が向上する。だが、もしも向上しなかった場合の事を考えて、戦闘できる身体を作りたかった。

 近所に住んでいる退役アメリカ軍人のじじいが丁度いた。俺はそいつに土下座して頼み込んで戦闘技術を教わる。

 中学になると、そいつのつてで海外で傭兵部隊の訓練に参加できる事になった。

 老け顔だったから年齢はごまかせた。死ぬかと思ったが、異世界に行った時役立つと思うと、どうとでもなる。


 小学校、中学校はほとんど登校しなかった。そんな暇はない。俺は異世界に行くんだから。

 だが、もしもクラス転移されたときのことも考えて、俺は高校ではちゃんと通う事に決めた。


 そういえば俺はほとんど学校にいってなかったから友達はいなかった。

 日本では元軍人のじじいしか友達はいない。あとは訓練中に壮絶な体験を一緒にした訓練生たちだけだ。


 そんな俺がクラスで友達を作れないのは当然だ。むしろ好都合である。

 なぜなら俺は地味な生徒を演じなければならない。

 普段は地味なヤツが、転移した事によって才能を開花させてクラスメイトたちを牽引する。

 まさにそれを目指していた。


 といっても、流石に挨拶程度はする。クラスメイトからのヘイトを貯めないようにする。異世界に行った時に追放されたら嫌だ。

 追放は……好みではない。どうせなら王道系が素晴らしい。


 俺は教室でいつ転移してもいいように、バッグには異世界用の荷物を入れている。

 準備はばっちりであった。


 ――あとは異世界に転移したいと強く思うだけであった。







「……何故だ。何故異世界に転移しない」


 高校入学して一年が過ぎた。

 その間も己を鍛え上げることに余念はない。だが、いつまで経っても異世界に転移できない。


 ……何が悪いのか? もしかして、異世界で召喚魔法を使っても俺を補足しきれないのか?


 ということはこの世界で魔力というものを身につける必要があるのか?

 俺はその日からオカルトの勉強を始めた。

 聖書を読み解き、古今東西の魔術書と呼ばれるものを研究し、超能力というものを解析した。

 一番勉強になったのは、【気】というものであった。


 俺は高名な気の使い手に弟子入りした。

 滝に打たれながら世界の真理を探求する。

 そして、一週間後――


 素手で大きな岩を砕く事ができた。

 だが、これが特殊な力かどうか判断できない。

 俺はまた普通の日常を送ることにした。







「ね、ねえ、御子柴君、ちょっといいかな?」


 教室で静かに異世界小説を読んでいたら、クラスのリア充の女子生徒、柊美代ひいらぎみよが俺の声をかけてきた。

 この子は異世界転移されたらきっと妖術使いタイプ女子だ。


 俺は女性に免疫がない。正直話しかけられただけで戸惑ってしまう。


「……なんだ」


「あ、あのね、ここだとちょっと恥ずかしいかな……、校舎裏に来てもらえるかな」


 柊はそれだけ言うと教室の外へと向かった。

 そして、教室の外から顔だけだして、俺に恥ずかしそうに手招きする。

 俺はその仕草の可愛らしさに強烈なダメージを受けてしまった。





 校舎裏に着くと、柊は深呼吸して俺に言った。


「……御子柴君の事、ちょっといいなって思ってたんだ。……わ、私と付き合ってくれませんか?」

「もちろんオッケーだ」


 俺は食い気味に返事をした。今は仮の彼女で問題ない。それにきっと彼女だったら一緒に異世界に行った時すばらしいパーティーになるだろう。なにせ妖術使いタイプだ。きっと大魔道士なれる。


 何故か柊さんは薄っすら笑っていた。

 足音が聞こえてきた。数は5人。振り向くとそこにはうちのクラスの生徒が笑いながら立っていた。


「ぶははっ、マジごめんね」

「おい、笑いすぎだって! すげえ勢いでOKしたからびっくりしたけどよ」

「御子柴ってこんなに面白れえヤツなんだな」

「ふふ、ごめんね、御子柴君……、ちょっと罰ゲームで誰かに告白しなきゃいけなくて……」


 俺の顔が熱くなるのを感じた。


「……バツゲーム? そ、そうか。これが噂の……」


 物語では何度か見たことがある。何かのゲームで負けたモノがバツゲームとして、好きでもない男に告白をして反応を楽しむ。

 ……なるほど、こいつらには人の心がないのか。


 俺は今まで生きていた人生の中で一番のダメージを負った。

 あらゆる苦痛を演習の時に経験したが、ここまで心にダメージを負ったことはない。

 ――なあ、ボブ、お前の拷問は雑だったんだな。


 柊さんはリア充仲間の元へ駆け寄り俺を笑っている。

 それがひどく悲しかった。

 だが、大丈夫だ。こんな悲しみは異世界にいくためには耐えなければならない。


 俺は笑っているリア充たちから逃げるように、その場を離れた。





 とぼとぼと校舎を歩いていると、突然声をかけられた。


「あーー! 御子柴先輩、何してんすか! 今日は私に護身術教えてくれる約束っすよね! ……あれ? 泣いてるんすか?」


 後輩の日向彼方ひなたかなたが口角をあげて笑っていた。


「泣いてなどいない。目にゴミが入っただけだ」


「ふーん、泣いてるんすね。けけっ、私より歳上なのに泣き虫なんすね!」


「う、うるさい」


「あー、そんな事言うと、私のパンツ覗いたの言いふらしちゃいますよ」


「そ、それは……困る」


 俺は学校の階段を歩いていて、何かの紙切れがヒラヒラしていること気がついた。

 それを取ろうとして上を見上げたら、そこにはパンツがあった。

 俺はパンツに釘付けになってしまった。

 パンツの主である日向が俺をガン見していたのであった。

 俺たちの関係はその時から始まった。後輩だけど……、頭があがらない。

 くそ、きっと異世界に行ったら可愛らしい魔獣使い系の女子生徒なのに――


 日向が俺の腕に抱きついてきた。


「あー、ここで私が『痴漢です〜』って叫んだら先輩ヤバいよね? ぷすす」


 俺は日向の体温と匂いで頭がクラクラしそうであった。まさかこいつはサキュバスのたぐい……。


「んー、先輩、ほら、いきましょ? 話聞いてあげるからさ」


 そんなこんなで俺は日向と一緒に他愛もない会話をして放課後を過ごした。

 緊張して脇の汗がすごいことになった。






 **********




「あー、今日はあんたが来る日だったんだ。今日は親父が休みだから私が切ってあげる」


 休日になると、俺は近所の理容室へと向かった。

 理容室は俺の同級生である橘早苗たちばなさなえの実家だった。

 橘とはほとんど話した事がない。ここに来る時に目が合うと挨拶を交わす程度の仲だ。


「ま、まて、お前は高校生だろ? マ、マスターがいる日に出直して――」

「うっさわね、あんたいつもちょびっとしか切らないじゃん。ていうか、もじゃもじゃすぎっしょ。ていうか、私超うまいから、そら、早く座って」


 こいつは異世界に行ったら女戦士になるだろう。

 屈強な男どもを蹴散らして、大きな斧で魔獣を打ちのめす。

 ……俺は大人しく従った。今の俺は地味なクラスメイトだ。大人しくするのが正解だろう。


 橘は手際よく準備をして、カットに取り掛かった。

 規則正しいハサミの音が俺に眠気をさそう。

 ……状態異常効果があるのか、このハサミ、は……。

 俺はいつしか寝てしまった。




「な、なんだ、これは!?!?」


 起きたらびっくりした。俺の自慢の長髪が台無しである。

 髪は短く切られ、まるで最近の若者の髪型ではないか!! これでは異世界に行って、長髪をかきあげた時にカッコいい決め台詞を言うという行為が出来ないじゃないか。


「そ? あんた結構顔整ってるから超似合ってんじゃん。ていうか、いつも暗いから怖いんだよ」


「そ、そうか、似合ってるのか? ……ふむ、まあ腕は良かった。感謝する」


「上から目線ね。……ていうか、あんたマッサージした時思ったけど、部活やんないの? 絶対なんかやってたでしょ?」


 確かに色々殺っていた。だが、部活など子供の遊びには興味がない。

 橘は俺の肩をポンポンと叩き、笑顔で俺に言った。


「――じゃあ、代金ちょうだいね」


 俺は橘の笑顔を見たら恥ずかしくなってしまい、代金を払ってすぐさま店を出た。





 *******




 次の日、朝の日課で図書室に行くと、上級生の岬理恵みさきりえさんが驚いた顔で俺を見ていた。

 岬さんは俺の図書館仲間だ。白魔道士が似合う彼女はとても知的な印象で好ましい。

 いつか聖女にランクアップできるだろう。


 その日はいつもよりも彼女とたくさんお喋りをした。


 なんだか、最近俺の周りの様子がおかしい。

 隣のクラスの俺の幼馴染と称している中島萌なかじまもえもわざわざ俺の教室に来て、俺と会話をする。幼馴染だった記憶はない。




 ……俺は誰とも仲良くするつもりはなかった。


 だって、俺は異世界に行くんだから。別れは辛い。だから仲良くしてはいけないんだ。嘘告白を受けたのは気の迷いだ。


 クラス転移や学校転移ならいいけど、最近の流行りは追放ばかりだ。

 ……一緒にいける保証はない。


「おはよう、御子柴! 髪型似合ってんぞ!」

「そうだよ、ただの長髪のキモ男だと思ったら爽やかじゃねえか!」


 俺が髪を切ってから同級生が声をかけ始めてきた。

 男子も女子もそうだ。ただ、リア充グループは俺に声をかけてこなかった。



 その後も、教室にやってきた後輩である日向の相手をしたり、橘に宿題を教えてあげたり、なんやかんやで放課後を迎えた。






 夜の散歩は日課であった。

 転移しそうな雰囲気が夜にはあった。

 特に海辺の散歩は気持ちが良い。このまま転移できたら幸せだろう……。

 ふと頭に疑問が生じた。俺はここ最近の学校生活を楽しいと思い始めている。


 話す生徒も増えた。普通の学校生活が俺の心を豊かにさせた。

 ……異世界にいきたい気持ちが鈍ったのか? いや、それはない。俺は異世界に行きたい。


 そんな事を考えていると、なにやら港の方で騒がしい声が聞こえてきた。

 俺は耳がいいからな。

 気になって港に向かってみると、そこには俺のクラスメイトである柊率いるリア充グループと……柄の悪い男たちがいた。


 柄の悪い男たちは学生ではなかった。明らかにその筋の人間の匂いを感じる。


「おい、てめえら俺の事指差して笑ったよな? あん? どう落とし前付けてくれるんだよ」


 リア充グループは怯えて声が出せないでいた。

 柄の悪い男の取り巻きが騒ぎ立てる。


「事務所連れて行きますか?」

「兄貴が馬鹿にされて黙っちゃいねえぞ」

「このクソガキが、喧嘩する相手をちゃんと見やがれ」


 港町は正直治安が悪い。だが、これは運が悪い方だ。

 関わらなければ本職は学生に手出しをしない。


 ……本職だったら手出しはしないはずだ。ただのチンピラだろう。


 チンピラの言葉の通り、きっとリア充グループがチンピラを遠くから馬鹿にしたんだろう。だって、今の時代でモヒカンはないだろ? きっと髪型を笑ったんだ。


「す、すみません……、わ、私達――」


 柊さんがチンピラに頭を下げていた。

 チンピラは柊さんを見てリア充グループに言った。


「……ちと若すぎるが問題ないか。おい、お前だけ事務所に来たら他のやつは帰っていい。なに、少し説教するだけで終わる。安心しろや」


 チンピラが優しい言葉でリア充グループに語りかける。

 柊さん以外のリア充グループがひそひそと相談をし始めた。


「……その間に警察を呼べば」

「う、うん、それが」

「で、でも」


 柊さんは足が震えていた。それもそうだ。こいつらが柊さんを連れてったらどこに行ったか分かるわけない。


「え、あ、そ、それは……」


 俺は見ていられなくなって、柊さんとチンピラの間に入った。


「なんだてめえ、まだお仲間がいたのか? この女が心配なのか? ならお前も一緒に事務所に来るか?」


 俺は震えている柊さんの手を握ってあげる。演習の時もそうだった、ボブが瀕死の時に手を握ってあげると元気が出たんだ。


「大丈夫」





 俺はそれだけ言うと、チンピラに向かって馬鹿にするような口調で話しかけた――


「いい大人が子供をいじめるな、頭が足りないのか? 今は時代が違うんだよ。暴力が全てじゃないんだ。そんなキモいモヒカンなんてやめて俺みたいにスタイリッシュな髪型にしろ」


 案の定チンピラは眉間にシワを寄せて殴りかかってきた。

 俺はその攻撃を甘んじて受ける。俺が座り込むと他のチンピラがケリを食らわす。

 暴力の嵐が俺に襲いかかった。


「てめえ、死ねやこら! あとでもっとひでえ事してやるよ! お前の家族や知り合いも地獄に落としてや――」


 このくらいで十分だ。俺は何事もなかったかのように立ち上がる。

 なに、異世界ならこれくらい普通だ。

 まだ魔法は習得してないが――


「――ヤラれた分は返す」


 多分誰も見えなかったと思う。近接演習における俺の成績は最上位だった。誰も認識できない攻撃はニンジャと馬鹿にされていたもんだ。

 俺が腕を振るたびにチンピラが糸が切れたように倒れる。

 そして、最後のチンピラの頸動脈を締める。


「て、てめえ……なに、もの、だ……、暴力が全てじゃないって……」


「チンピラに答える名前はない――」


 考えに考え抜いた決め台詞だったが、辺りは静寂に包まれた。

 暴力には暴力だ。

 俺はチンピラの身体を弄り、名刺や免許証など身元が分かるものをスマホで撮影する。


 そして、俺は夜の散歩を続けるのであった。リア充と関わると面倒だからごめんだ。






 次の日、クラスの雰囲気が非常に悪かった。俺は朝の日課で図書室の白魔道士と楽しい会話をした気分が台無しである。


 橘が俺に近づいてきた。


「ねえねえ、なんか雰囲気変じゃね? ていうか、あんた誰かに殴られたの!? ……ねえ、誰? ちょっとそいつぶちのめして――」

「いや、それは終わった事だから大丈夫だ」


 俺と橘が話している所に柊がやってきた。

 他のリア充グループは落ち込んでるようで柊を見ようとしない。

 見捨てる寸前だったからな。これだから人間関係は面倒で仕方ない。


 柊は少し照れながら口を開いた。


「ね、ねえ、御子柴君、き、昨日はありがとう。……お、お礼にご飯でもどうかな? あ、嘘告白した事怒ってるよね? ……あれは恥ずかしくて、あんな風に言っちゃったけど……、本当は御子柴君の事、すごく気になってるんだ」


 俺は首をかしげる。昨日の事は不測の事態だ。あれの記憶は消した。

 処理は友達のじじいに任せてある。どこかに所属してる闇の住人ではなかった、ただのチンピラであった。もう俺には関係ない件だ。


 俺は気にせず橘との会話を続けようとした。


「ところで橘、お前は戦士の素質がある。筋トレをすすめるが……」

「はっ? お、乙女に筋トレすすめるって、あんた馬鹿? ていうか、戦士ってなによ!」


 柊は無理やり俺たちの間に入ってくる。

 橘がむっとした顔になった。


「おい、柊、何があったか知らないけど、あんたはこいつの事を陰で馬鹿にしてたっしょ。マジいまさらなんのよう? こいつは私の友達なんだよ。また嘘告白したら許さねえぞ」


「あなたには関係ないでしょ! わ、私は昨日、御子柴くんに助けられたのよ! それに御子柴くんは私と付き合うって、いってくれたもん!」


 俺は口を挟んだ。



「……ん? そんな事を言った記憶はない。……俺はいつかこの世界を去らなければいけないから、誰とも付き合うつもりはない。悪いが今は橘と話している。どいてくれ――」


「え……、あ、み、御子柴君……、う、うぅ……」



 柊は目に涙をためながら悲しそうに悔しそうに唸っていた。

 俺はそれを無視して橘と会話を続けるのであった。


 何故か橘も少しだけ悲しそうな顔をしていた。




 *********




 数カ月経つが未だに俺は異世界に行けていない。


「はっ? 異世界? 意味わかんねえって!?」

「そうか? 信じ続ければいつかはきっといける」

「そう……、な、ならその時は私も付いてってやるよ。……せ、戦士、必要だろ?」

「へ? せんぱーい、私が必要っすね? エロい服来てあげるっすよ」

「ま、まって、私だってい、異世界モノすきだもん! なら、今度みんなでMMOゲームで―――」

 …

 ……

 …………



 いつからだろうか? 

 俺は異世界に行くことを強く願わなくなった。

 もしも俺が一人で異世界に行ってしまったら、友達を残すことになる。


 いつの間にか俺はこの世界で仲間が出来た。

 いつの間にか俺は異世界転移物語ではなく、現代恋愛物語に迷い込んだらしい。


 だが、それも悪くない。今から恋愛物語の勉強だ。


 これは異世界に行こうとしたが、何故か俺の周りが恋愛の世界になってしまった話だ!




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