21. 海底区画事件××:ああああああああああああああああ

 文化混交世界の道理、内側は栄え外側は途上にある。けれど、最外縁だけは、東西南北極地に港を構え、けれど狩人の他ほとんど使わない。結局のところ潮錆びている。


 粗砂浜に並ぶ木造小屋は、黒び、はがれ、朽ち廃れ、曇天下の海すら廃墟の色ざまにしている。

 来迎にふさわしからず。


「ロードはロードでいいのよ。内向きって、自分の内に情熱的ってことだもの」


 しかし雲は拓かれる。妖しい紺と濃桃色の黄昏だった。

 それらの色が白く泡立つ波に交わり、瞬間ごと様々に陽で光沢する。

 彼女の瞳はそれらに溶け込んで、あるいはそれらが彼女の瞳に溶け込んで、魅せて、ロードに優しくて、天に広げられる彼女の腕は照りつけて見えなくて、槍が握られた時きっと神与だと思わされた。


「女神様の愛に導かれて大敵を討ち滅ぼす神話はどう?」


 その日、海は割れ天に晒された。

 ロンコーネが手渡される。


 ……。


「でも多分、今からお亡くなりになるんですよね」

『うん、アスラに頭からがぶっと』

「アスラ?」

『海底区画の司祭。海狼の長。フェンリル狼。北欧神話の破滅』

「アスラって、インド神話……」

『親狼がつけた名前もあるんだ、け、ど……あのコ、受け継ぐこと全般大嫌いだから。ちょっときついトコあるの』

「……親しげですね」

『そりゃそうよ。ロードの回想で何度も共演してる仲だから。みんな仲良し』

「みんな、ここが記憶の中だって知ってるんですか」

『ううん、わたしだけ』

「寂しくないんですか」

『どういうこと?』

「あ、いえ、そういう感覚じゃないんですね」


 ――空が青白い月夜に呑まれ、紅黒い凶星が月より巨きく光る。


「え、なに」

『そっか、んだ』

「どういう意味です」

『例えば強烈に残る過去があったと、して。

 それを回想するとき、どうでもいい直前直後も順追って丁寧に思い出すことは耐えがたくない?』


 波が寄せ、浜は流れていく。アクラはもう腰まで浸されて、波の引き戻す速さに足を取られて。

 転び、海はあがれないほどもう深く、木屋の材・砂・引きちぎられた草などに世界を覆われながら上下がわからなくなっている。清冽な月夜の中央の紅黒い眼光だけ、折節それを教える。


 泡を噴き、瞼を閉じた一瞬後。


『だって、自分を罵る根拠に思い出すような記憶をわざわざ丁寧に待ったりしないものよ』


 紅黒い眼光と青白い剛毛の巨体。しかし、目に収まらないわけでもないのに全体像を見取れない、非論理的な靄がかかっている。そのような象徴性のものが姿を現した。


『……っし』


 美しい彼女は息をよく吸って、


『行ってくる』


 アクラの傍らから踏み出して、笑っているままロードの傍らへ行く。


「ロード」

「レシー、なんであいつ、槍……槍っ」

「できる限り、小さく丸くうずくまって、目立たないようにして」


 黎明が瞼の裏で焼ける。『できる限り、小さく丸くうずくまって、目立たないようにしてください』。


 時系列が折れる。


 首の薄皮をもちゅ、ぶぷつっと噛み裂く狼の青白。巨大な眼球の紅黒、海底にしぶく血花。髑髏を割る牙もてらてらと濡れる。

 悪臭が黒光る口腔を漏れ出る。ロードは隠者を想起した。己とあの、駆逐されていく隠者とに何か違いがあるのだろうか、その一歩も進まないあたりが。


 立った。『なんで、飛び出してきた』。


「――――」


 悲鳴を上げる呼吸が止まった。


「不味い」


 狼はその腕を食まず、返しやった。

 その主義ゆえに、彼は嫌悪を、血なまぐさい牙に垂れる唾液の糸を前にふきながら、言葉にする。


「貴様の腕は弱輩の味がする。

 弱肉強食。

 されど良肉は強者のそれを喰らわねばならん。

 生まれてしまった先天的無能。

 補完しえたものを補完しなかった手遅れ。

 誰もがそれを一目で解するほどに弱い。

 肉の味でわかる。

 誰も貴様に教えてやらなかったか。

 局促。

 木石。

 小器。

 貴様は一生一切何も得ぬであろう。

 それらしき仮初めにすら、折られるまでもなく自ら折れるであろう。

 意味を己の手に掴む意志を持ち得ぬであろう。

 生涯この世の端の最も貧しいところで、誰にも聞こえぬよう小さくなって悪態を垂れるか。あるいはすべてを無と解した顔で賢ぶっているであろう。

 生まれてしまった先天的無能め。

 そのうえ何もしなかった堕落者め。

 疾く、疾く消え失せよ」






「コレやめませんか」


 アクラは投影機に手を延べた。


『……グロ苦手?』

「いえ」

『見ててキツい?』

「はい。でも、見たくないんじゃなくて」

『きちんと順を追って、考えて、向き合うべきだと思うのね』

「はい」

『どうして? 最も劇的な瞬間は、その具体的内容をできるだけ忘れ置いて、もたらされた教訓にのみ思いを馳せるべきじゃない? そうでなければ壊れてしまうでしょ』

「先生は私にこの話をしなきゃいけないんです」


 手を延べた、投影機の裏を、アクラは一点じいと見る。






 あのとき僕が彼女の代わりになっていればよかったし、自分の屈辱を人に晴らしてもらおうとする滑稽な浅慮のせいでこうなったし、夢なんて見なければよかったし、憧れなんて抱かなければよかったし、街になんて出なければよかったし、彼女と出会わなければよかったし、僕はあのまま溺死していればよかったし、それより前に干ばつで干からびていればよかった。


 海底区画の祭壇に異常あり、一切の侵入を禁ずる。


 個人情報を伏せたニュースが、一昨日も、昨日も、今日も、きっと明日も。消したら逃げで、痛みを痛みと認める事で、そんなもの可視化したらずっと響くだろう。


 ……これはやっちゃいけないことだとか、これが分からないなんて恥ずかしくてありえないとか、こうあってこその人間だとか、この程度じゃ人としてつまらないだとか、こうしてこそのお前だとか。もう沢山です。懲り懲りですよ。人としての最低限ってなんですか。

 こうでなければならないなんて、そんなもの、本当はないでしょ。それをみんな勝手に決めてるだけで。

 ……僕は生まれついての無能です。生まれてしまった先天的無能です。そのうえ何もしなかった堕落者です。


「その言葉は借り物だな。お前はお前の言葉で」


 だからそういうのはもう沢山だって言ってるでしょう?


「……」


 もう分かりましたから。僕の拙劣さは十分分かりましたから。僕が全部悪かったんです。僕は何も出来ないんです。あらゆる場面で最低で、想像力がないんです。受け容れろとは言いませんから、お願いです、放っておいて下さい。リシオンさん。


 などという勝手をほざいた。『そういう人間もいるんだ』なんて自己弁護をして、守られたっていいだろうと主張した。人はそうやって、お互いがお互いの性質にあわせてバランスを取るものなんだと理屈づけた。そんな理屈にすらなっていない理屈に、自己矛盾して論理にすらなっていない話に、のうのうとしがみついた。


 それで、僕はそうやって、構わないでもらうように強要して、どんな強要も受け容れないわけだ。面白くもない。

 思うままに生きて何者も害さない、何者にも害されない、そんな場所くらい用意してくれればよかったのに。


「だめだ」


 どうして?


「そういうもんだからだ」


 それはあなたの願望でしょう。


「黙れ、そういうもんだ。……お前は親から貰った名前を裏切るのか」


 だから!! そういうのが一番嫌なんですよ!!

 最低限これだけはしなきゃとかそういうのが!!

 ……自分の命くらい自分の好きにします。


「勝手に生きて勝手に死んどくってか? ふざけんな!」


 もう勘弁して下さいよ。




 ――違う違う。まだそんな幼稚な哲学してるのかって言ってるの。考え終わってなきゃダメでしょそんなの。みんなもう行き過ぎてる所だよ? その悲しい気付きは行き過ぎてなきゃいけないの。遅いよ。幼稚すぎ。……そっか、人のせいなんだ。じゃ、もうどうしようもないね。一人で壊れといて。

 いい加減諦めて認めろよ。人生まるごと無駄以下なことだってあるんだ。お前が特別とかあるわけないじゃん。


 あいつらみんな、歳をとってから、僕の言ったことを思い出して悔やむんだ、そんなことをいつか思っていま、僕はこんな顔でこんなことをしていて、15ほど歳をとってから振り返ると、僕の一生のどこにも意味はなかった。


『そんなにボロを出したくないんですか!!』


 ホントのボロを知りませんでした。


 やめろ おまえみたいなやつは 前向きに生きていこうとするな 勘違いするなよ お前の自己否定は何一つ勘違いじゃない 考えすぎじゃない まだやれると思って立ち上がる考えなんか持つな 迷惑だ あとはホラ やることやれ 責任があるだろ


 僕をひんやりとナイフが映す。

 こんなときになって、自分が逃げることしか思いつかないの?

 人殴っといて、いざ殴られると酷いよーって泣いて、逃げ出すのか。

 もういいよお前。

 お前にはもう何も期待できない。

 残りの人生意味なく生きろ。あるいはさっさと死ね。世界の価値を落とす前に。天才を、天恵を、馬鹿のひと悪手で殺す前に。

 自分だけは他と違う何かになれると思って(た)んだろ。あ?

 人それぞれの良さとか言うけれど、その良さについて完全上位互換な人がいるわけでして、その事実は、どう誤魔化しても事実でして。

 僕の15年とちょっとは、見事に無駄、いや、恥だったわけだ。

 いいひとの話が好きでした。

 いい話だと思って、そうなりたいと思っていました。



 やっちゃいけないとか言っちゃいけないとかもう勘弁してくれ。

 お前が一番言ってきたことだろう。人に強いておいて、自分は苦しいから嫌ですってか。

 そうです僕はそういうろくでなしです、もう言いませんから、だから勘弁してください。

 したことはもうかえらない。お前は人に強いたぶん自分にも強いねばならない。取り返しのつかないことをした以上わかるな?

 やだ。

 死ね。償え

 やだ。

 生きてるなんて不義理だと思わないのか。

 許してください。

 許される類じゃないとわかっているはずだ。

 もうそんな正義はいいから。

 お前がいいと思っても誰も許さない。

 たすけて。


 ずっと、ずっと、自分の中には、普通の人が普通に持っているものがない気がしていた。それは「わかってる」とか「察する」とか「空気を読む」とか「そういうもん」とか言われるもので、明文化出来ない無限の靄で、けれどいつか僕だってそれを貰えるものと思っていた。みんなは最初から持っていて、僕は持っていなくて、だけどいつか許してもらえるのだと信じていた。

 どうしてそれは、はっきりとした形を持たないのだろう。僕に与えられてくれないのだろう。みんなどうして明瞭な文章として教えてくれないのだろう。言ってくれればきっとわかるのに。

 言ってもわからないかもしれない、けれど伝えてくれればよかったのに。

 いいないいな、僕にもちょうだい、お前にはだめぇ、そう言って拒まれている気分だった。

 今馬鹿なことを言った。伝えてくれていたんだ。無限の靄は無限だから、有限の言葉じゃ本来表せないけれど、その輪郭をどうかこうか写し取って、がたがただけれど、その形を教えようとしてくれていた。ただ僕があまりにも見なかった。


 自分の人生はたったひとつだから、自分がもし、しょうもないものだったら大変だ。だからそうじゃないと思いたかった。

 けれどしょうもないものだった。知っていた。でも、それを認めたら、何も為せない人間だと認めたら、僕はただ、死ぬためだけに生きているわけだ。

 それだけならまだいい、けれど、僕はそれまでにどれほどのものを浪費し、害するのだろう。


 正論が一番ひとを傷つける。その意味がよく分かった。正論は突っぱねられない。自分自身分かっていることだから。だから今僕はこうして傷ついている。

 ……何を被害者ぶっているのだろう。そういうことなら僕がおそらく一番やってきたじゃないか。因果応報であって、可哀想な要素なんてひとつもない。


 何日か経った。ルーク閣下の歴史的大勝利で、僕のニュースはいなくなった。

 すごいひとの話が好きでした。

 すごい話だと思って、そうなりたいと思っていました。

 小物が不釣り合いな願いを抱いて、そんなもの、傍迷惑な厄災を招くと昔から決まっている。


『心持ちの強いだけ、道はよく拓くからだ』


 そうだね、父さん、心持ちの強さがないと駄目だね。だからこれで終わりだ。


 結局僕は典型的な――で。

 つまんない。

 下んない。

 要らない。

 ……結局自分のことばっかりか。あれだけ害しておいて。

 凍えてしまう。

 終わってしまう。

 忘れてしまう。

 気付いてしまう。

 いやだ、僕は、僕のままでいたい。


 わかったもうわかった全部わかった!! 僕が一番駄目で醜くて悪くて恥ずかしくて想像力も読解力もなくて退屈で半端で無意味で不実で小心で……わかりました、もうわかりましたから……だから、もう勘弁してください。


 未来の自分を恥殺しにするためだけの自分なんていなければいい。

 この、人として最低限の誇りが定められている美しい世界で、僕は外れた。

 優しい言葉をひとつずつ殺して、自己否定の論理が完成されていく。

 諦めた。望んでいた。

 望まないことにした。望めなくなった。

 恋に恋をして、夢見ることに夢を見て、尊敬することを尊敬して……

 何も与えられていなくても何かにはなれる。その積み重ねをすれば。……僕は積み重ねてこなかったけど。

 何もしません、何も自分から得ようとしませんから、どうか何も背負わせないでください。

 いろんな人が、気付かない僕に、気付かせてくれようとして、けれど間に合わなかった。僕は手遅れになった。

 もう何もするな。お前が善意だと思ってすること全部迷惑だ。

 思えば世の中の歌は僕みたいな独善的正義に皮肉を言っていて。

 普通のやつならこれくらい出来るってとこを一生見せつけられながら、出来ない自分で生きていくしかないのかな。

 僕は何か言う度、例え自分だけ追い詰めるつもりの言葉であっても、絶対に貶めてはいけない何かを貶める。だからいなくなれ。諦めろ。

 例えば立派な人が「私の評価するある人がいまして」なんて言うとむずっと身構えたりするような恥ずかしい人間だしな。


 狩人なんて馬鹿なこと言わずに、あの四人暮らしでいればよかった。


 僕は要らない人間だって嘆くのはそうじゃないって言いたいからだろ。

 いや、そうなんだよ。お前はちゃんと要らないやつだし、居ない方がいいやつだよ。

 なに『そんなことない』とか思おうとしてるんだ。そうに決まってるんだから消えて詫びろよ、普通に考えろそれくらい。


 普通に。


 死ぬべき人間は、要る。だから死刑があるんだろ。

 それでも生きたいとすればどうするの。

 生きたいの? え? 本当に?


 まるで、二匹食い殺すことで一匹産み落とす、破綻した生き物みたいだ。生まれた頃から間違えているモノ。在っては害なモノ。

 勤勉ではあったかもな。勤勉な無能だ。


 どうしてあの頃の大人は、子供の夢を守ろうとしたんだろう。

 いつか砕けて泣く夢を、どうして尊く守ろうと思ったのだろう。そんなものをいつまでも持たせて、それだけ味わう痛みを大きくして。そこに輝きを見たのだろうか。その折れる痛みを自分も味わっておきながら、それを大きくするような真似を、どうして。そのおめでたい脳味噌で、足手纏いになり、勝手な正義で素晴らしい物を台無しにし、ひどい顰蹙と非難を買っただろうに、どうして。

 ……最後まで守りきれると思ったなら、それこそ絵空事だ。

 伝説的な功績を、一手を、名言を残すような人になりたかった。わかっている側の人間になりたかった。

 けれど、僕は永遠になれないのだ。それを理解することがひとつの「わかっている」だとしても、なんら無意味で無用で、何も為せない。この「わかっている」に何かを為す力はない。


 努力した上でだめだったからと言ってだめだと言われることを免れると思うな。必死に我慢したけど堪えきれなかったからと言って、わがままなやつだと言われないと思うな。

 しょうがないことなんてない。無能だからしょうがないなんて低いところでの安心を与えてもらえると思うな。


 死ねと言われて当然で。

 死ねと言われずとも死ぬべきで。


 僕の中には、何も、何も溜まってない

 酷い人間性を想像した。誹謗中傷する人間、公衆の場で怒鳴る人間、風見鶏じみて笑うだけで何も出来ない人間、被害者ぶるだけの人間。

 自分はそれらと同類で、同等以下にひどい。

 ナンセンス格好悪すぎる酷い野暮本当に分かっていない。

 みんなの冷たさは、理不尽な迫害なんかじゃなくて、他人を大切にしない僕に対する妥当なミラーリング。かちかち山の狸が燃やされるのと同じ。

 そんなやつに大きなものを背負わせた結果があれだと。

 まったくもってその通りで。

 非の打ち所なく同情の余地なく。

 僕こそが最悪で、ひどい拙劣だった。

 馬鹿が馬鹿を自覚して黙るお話になってくれるかな。どうせ僕どうにもなんないよ。

 何かひとつでいいから成功させてくれよ。


 この世の必修科目多すぎない?

 あれ知ってなきゃダメ、これ知ってなきゃダメ、こんなことも知らないでは生きる資格がない……いつまでやるんだソレ。そんな無限ループやるくらいなら、僕は何も掴まない。何も始めない。それで知らず知らずの内に誰かを害したってしょうがないんだ。どうやったってそれは免れ得ないよ。


 何か価値観を設けてみる限り、そこには許せる相手と許せない相手があらわれる。何もかも許せというのは、生きるために必死に価値観を組み上げた人々に対する暴力であり、侮辱であり、無粋であり、思慮不足であり……。

 普通の人はそんなこと考えなくても生きていけるんだよ。

 そんな、ゴミみたいな失敗の先で考えるゴミ哲学なんか一生触れずに終えるの。


 自傷気持ちいい?


 ロード・マスレイは何かしらのメッセージなんてものを受け取れない。

 お願いです。何もかも足りない僕を、そうやって誰も彼も最悪の気分にする最悪な人間を、それでも生きさせて下さい。

 いや死にたくないだけだろ。普通に嫌だろ。死んで当然のことやったくせにそういう懇願するあたり想像力足りないんだって。


 ああああ……。


 病んで逃げるのやめろ。ひどいって思ってんだろ? 生きたまま苦しむより死んだ方がましだと思って言ってやってんだけど。


 ああああ……。


 そんな資格もうお前にはないんだ。さっさと首切って晒されて石つぶて喰らってこい。

 もうお前には人並みに悲しむ資格もないんだ。世間からしたら客観的に見てまったくそうなんだ。お前がナントカ生きていること自体、勝手なことで……なあ。別に全然ひどいこと言ってないよ。お前みたいなやつはいきながらの地獄と死後の陵辱を受けないと足し引きが釣り合わない。人道に従って首を切れ。誇りなく死ね。


「みんな、『お前は何も見てない』って言うんです。でも違うんです。見えないんです」

「見ようとしてないだけだろ。自分ばっかりで」

「出来ないことは出来ないんですよ」

「やってみろ」

「人の気持ちがわかるリシオンさんに僕の気持ちは分かりませんよ」

「……」

「人の気持ちが分かることは素晴らしいことなんでしょう、でも、人の気持ちが分からないことでこき下ろされる側の気持ちになって下さいよ。そういう人間だって居るんです。誰にだって弱点はあるのに、何で人の気持ちが分からない人だけはこんなに苦しむんですか。言外に言っていることを察しろとかその手の話大っ嫌いです。

 僕は隠者を倒すあなたに憧れました。でも僕は、あの隠者の側の人間です。想像力がなくて、狭くて、強い力にまんまと転がされて……僕は憧れたヒーローになれない」


 いろんな風に気持ちを伝えて貰った。僕は一度も自分から言わなかった。すべて人任せにして、彼女が言ってくれるのに合わせて言うばかりだった。

 この話になるのおっそ。今回それ最初でしょ。まったく、どれだけ自分がえらいんだ。

 はいもうワンループ。


 ……もう許してください。






「先生。私はお母さんじゃないので、『もういいよ』なんて言ったりしませんからね」


 アクラは投影機を投げ割った。


「ちゃんと自分の口で、もう一回、私に話してください。けじめつけてください」

『あーらら、優しいのね』


 破片は世界の幕を走って、切り裂いて、光で闇は晴れた。

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