幕間
ハイ回想中失礼しまーす。アクラちゃん、私のこと覚えてるカナ~?
アレよアレ。『アクラちゃんの中に眠る才能』ってやつ。リクくらい余裕で倒せたのに勿体ないことしたよね。……リクじゃないか、今はルーク君か。
「アクラ」
でっ。どうよ、ここまでの話。
なんかおかしくない? 筋が通ってなくない?
黄昏空の瞳なんて、どこかで見たことあるんじゃな~い?
「アクラ?」
取り敢えず、そういうのは次で最後にしてあげる。あんまり遊ぶと可哀想だもんね。
でも最後に名言! 「誰だっていつだって何だって出来る!」……なんちゃって。どやっ。
「アクラ……アクラ」
「え、はい」
ぼやけ眼の前で、ロードのあの滑らかな手がひらひらしていた。気をやった人の扱いをされていた。
「眠いのかい?」
「いえ、全然。ちょっと考え事してしまって」
という不出来な言い訳にしかし、アクラは焦らなかった。イケナイ事デスヨネスミマセンをせっつきせっつき追い付けることをしない。
胸元に眠りのような温度が
「興味がある。聞かせておくれ」
小冗談めいた、小芝居がかった、暖炉のような言葉遣いをした。
「えっと、なんて言うんでしょう……出来る人の妄言を聞いたっていうか」
「まさか、『誰だっていつだって何だって出来る』とでも?」
ドキつかず、幸せに笑み得た。
「よくお分かりですね。どう思います?」
「無論、誰だっていつだって何だって出来ないさ」
「うっわ出た。好きですねぇそういうの」
「そうだね、とても好きだ」
アクラはどうやったら言葉に詰まらないか考えて、その間に間が生じた。あくまでキョトンの目鼻ぶりを繕った。
「先生」
「なんだい」
「そういう言葉を安売りしたらダメだと思いますよ」
「君がまず言ったじゃない」
心に強いて「ごもっともです」とは言わなかった。何某か意地を張ろうと思い詰めた。
蝋燭灯のたなびきが彼の余裕顔をむやみに明るくして、けれど企み事などひと曇りもなさげにしていて、のれんに腕押しの心持ちにされ、また大方のことを忘れてしまう感覚、微睡み風味にほろほろと溶けていった。
きつかった唇が追って動き出した。
「ホントよくないですよ。先生がそうやって無責任だからローナもぷりぷりするんです。あのコ、本気で怒ったら怖いの、先生もご存じでしょう?」
「いや……怖いのかい?」
「え?」
「どう怒っても大変可愛らしいじゃない……ふむ、そうだね」
「何する気ですか?」
「声帯模写だよ……ンッ。ンンッ。
『先生っ、またポッケにティッシュ入れっぱです! これ本当に大変なんですよ! ……ごめんよで済んだらお巡りさんは要りません! 落とすの手伝って下さい! ……もーっ、お洗濯物の上でやったら意味ないじゃないですか! ほんとにいっつもいっつも!
もう先生なんて知りませんっ、ぷいですよ!』」
「巧っ」
「先週ひどく怒られた。可愛いだろう?」
「先生の碌でもないのはよく分かりました。やっぱり本気を見たことがないんですね」
「そんなものがあるなら見てみたいな」
「おすすめはしません」
「いや見てみたい。今度引っ切りなしにほっぺをつついて遊んでみよう」
「それ、お互いつつきあって楽しくなっちゃうんじゃないですか?」
「ああ確かに」
ロードの面立ちにこのとき、アクラは少年の様相を見つけた。気抜けたところがほんの欠片ほど、初めてそれを見せた。
彼の瞳と言えば慈眼なれ蛇眼なれ、くたびれたような垂れ目であったけれど、何かがそれを丸くしていた。いま笑えばきっと可愛らしかろうと、見つめて三秒経つことについぞ気付かずまだ微睡み笑む。
ふと山霧が色づいた。二人して窓の外に見向けば、暗夜に昇陽せんとしていた。
「あとどのくらいで明けるかな」
「まだ時間はありますよ」
新月の闇を微かずつ白ませて、安楽な夜を塗りつぶしていく。
「黎明の空は素敵だと思わないかい」
「まあ、一応好きですけど、どうしたんですか」
「ずっと焼き付いているんだよ。まるで、それと一緒に生まれてきたみたいにね」
あの少年の瞳は、空に向けられるとグラジュアルに移ろう。
丸く光る瞳が、悪い思い出にすれて、やさぐれてしまう。
けれどそんな瞳もすぐに、冷たい安心感が細く穏やかにして、くたびれてしまう。
常々の通り冬の硝子窓に似る。
「本当に空が好きなんですか?」
「……どうして?」
「嫌な顔をなさるので」
もう一度だけあの瞳が、隙が生じた。
「アクラ」
「はい?」
「焦がれたものには焼かれるものだよ」
それまでずっと彼は空に目を惹かれていた。
しかし座り直して、待っているアクラの水色の瞳をしかと見、思案の何事も言葉にしないまま、彼女のことを硬直させた。
「なんですか」
「さっきの台詞だけど、あれはレシーの口癖だったんだ。何でも出来る、何とかなる、何にでもなれるってね」
アクラはひとつ合点した。
「昔話の続きをしようか」
「はい、お願いします」
「行儀がいいじゃない……そうだね、あの後は特に何もなくて、すぐ王都に着いた」
王都に仰々と立つ摩天楼は灰黒く、まさしく、かつ例の如く白雲を摩す。
馬車は数十里の轍を踏み踊って土手を往く、そのおんぼろぶりは彼の街ぶりに不調和であるけれど、リシオンはこの感興をこそ好んだ。この隔絶こそガルターナ、
「お城だ」
行儀のいいロードがこの時、馬車窓から身を乗り出してまで景観に酔った。
「ロード君、揺れるぞ」
「あ、はい……わっ!」
揺れは大きかった。
しかし
「……あ」
「……」
相手方が何も言わないので分かっているけれど、椅子はスピナ・アリスだった。
「すみませんッ!」
スピナは飛びのく彼に目礼で応え、その様子は如何にも淡白で、こうなって恐ろしいのは無論のこと、彼女よりレシーである。チラと横見すれば冷酷非道の形相で、邪神グレイスには及ばざれど、循環器は数秒止まった。
「エー、エー……んんっ」
リシオンの咳払いがこのあと、ひとつ、ふたつと続く。
「何よ、どうしたの?」
「女神様、ご覧下さい、あれこそ我らがバーバラビルです」
それは天を突き抜く柱だった。
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