17. 正しくなれない⑤:ATTACK OF FRANKENSTEIN`S MONSTER!!

 ゴレム、フランケンシュタインの怪物、その全容は醜悪であった。赤と黒灰色の岩石をありったけ押し込め、その間をネットリとした何かが埋めている。「何か」とぼかすほど生々しさが足りぬわけではなく、赤々と肉塊が接着しているらしかった。

 肉の纏う血まだらの粘液が乾いた岩と砂を濡らし、しかしジネイの熱は容赦なく蒸発を強い、ゴレムの半不死性はただ彼を苦しめる。


 渇きと激痛がすべてであり、不快な腐臭をさせている。一歩動けば砂利と肉の擦り潰し合う音が、表皮に溢れだした体液の沸く音が、人に吐き気を催させる。半室内であるために、腐臭は濃密をきわめた。


「ゔ」


 ローナは口元を抑え、視線を右斜め下に背けた。


「ローナさん、大丈夫ですか? ……アクラさん」

「司祭って、自分で血だまりを作らなきゃいけないルールでもあるのかしら」

「そうでもありませんよ。李徴もコレも、ちょっと悪趣味が過ぎるんです」

「ふぅん」


 それでどうしますか、と声をかければ目配せだけだった。


「サモン・オムニス」


 アクラは二人を背にして巨像の下、水色の極光を束ね上げた。


 伴って周囲半径数十メートルほどは浄化力で満ち満ち、ローナは楽になった喉元を幾度も膨らませた。過呼吸に相違ない。酷暑ゆえ、脱水症状を拗らせたらしい。アクラは唇の端を噛んだ。


「アクラさん、自責は後です」

「とことん見抜かれるのって、やっぱり癪に障るわね」

「水の恩恵持ちですから、こういうのに疎いのは仕方がないことですよ」

「……三分無防備になるから、守って」

「わかりました」


 アクラがローナに駆け寄れば、トウカは入れ替わりで前に立つ。そうして相対し、彼はいつも通りの穏やかさというわけでもなかった。


「哀れなケモノ」


 罵り笑い、右手を掲げ、現存人類には理解できぬ古い呪文を発した。


 全身を包む泥沼のような感覚、視界を茫とさせる黒ならざる闇、胎内追体験じみた安心と不安の狭間、すべてトウカを中心に広がっていく。追って四方の大地が隆起し、ザラザラと砂をこぼしながら繋がった。これは彼も「スパインドーム」と、人にわかる言葉で唱えた。


 アクラは一瞬唖然としてから、気を引き戻してローナの胸に手を添えた。


「命の水よ」


 闇に一点だけ灯った。水色の法力がローナに溶けていく。壊さぬよう緩やかに染ませ、流れは整序の導となる。


「トウカ、厳密にはどのくらい持つの」

「三分半ですね。隠者と砂漠は好相性ですが、ゴレムはそこかしこを叩き潰しますから……数発当ててくるでしょう」

「それでこの壁?」

「はい。五発は耐えるとして三分弱、あとは」


 トウカは物言わず、懐でガチャリと言わせた。


 頷き合ってから治療を再開するや、早速第一回目の衝撃がきた。揺れ、砂埃が立ち、吸い込まぬようにトウカがローブで軽く囲うけれど、なおも頭に降りかかる。ローナがむせだしたころ、トウカはついにローブを投げた。いま闇の中、彼は素顔である。


 覆われてしまったローナはともかく、アクラはその後ろ姿だけ見た。光源は手に宿す光のみだけれど、青ざめた肌のように青白い短髪には、若い青年の意気があった。平時の彼と印象がまったく異なる。


「トウカ、顔見えそう」

「前は恩恵で隠してあります。それに見ないでいて下さるでしょう?」

「……まあ見ないでおく」


 そんなことを言って、沐浴するルークの、あの処女雪のような背を見続けた彼女である。後ろ姿だけはずっと見続けた。


「置いていって下さい」


 急にローナがそう発した。


「作戦を伝えるわよ」

「アクラ」

「なに」

「これじゃ足手まといです」

「もう治療始めちゃったから」


 闇の中、ローブの隙間から見つめ合う。トウカの匂いなのだろうか、煙たい香のようなものが肺に満ち、二人を落ち着かせた。


「……わかりました」


 このように合理不合理で説き伏せるように見せかけて、その実強引なのがアクラ・トルワナである。これを自己嫌悪する一方、多用する少女である。


「治療が終わったら即離脱、逃げて引きつけながら、このゴレムをルークにぶつける」

「なるほど」

「私たちじゃ五十三人束になっても勝てないからね」

「それでいいのですか?」

「何が?」

「ルークさんに真っ向勝負で勝たなくてもいいのか、ということです」

「そういうのは、もういいの」

「そうですか。それはよかった」


 四発目が撃ち込まれた。一点に穴が開いて、ちょうどトウカの口元に光がかかり、アクラは流石に目を伏せる。一方のトウカは撃鉄を起こし、例の隙間に銃口を差し向けた。光のちらつきがゴレムの躍動を想起させ、アクラとローナはどうしても息を呑んだ。


「来ますね」


 五発目の衝突音、追って風圧と砂埃がきた。


「耳を塞いで下さい」


 もう一度あの巨体が露わに、肉と岩の塊が眼中に。それは彼女らの柔らかい脳髄にフォークを突き刺すがごとき暴挙であった。青白い髪の後ろ姿を頼りに治療を続ける、けれどアクラは手の震えに、すなわち策定の甘さに歯噛みした。

 ゴレムが怖くて術が遅れる。指と上腕で耳を抑えると、髪の隙間から冷や汗が染みた。


「また僕たちに殴りかかってきたら終わりです」


 未だ迷っているゴレムは、なおもアクラたちを見ていない。


「……こっちだっ!」


 銃を構えたトウカは珍しくも舌なめずりなどして跳躍し、猫騙しのような轟音が精密に、ゴレムの接着肉を穿った。


 あがる呻きは銃声よりも耳に残る。アクラは先刻の遅れ分だけ癒やしの光を強め、ローナの瞼と拳が若干力むけれど構わなかった。また向こうを走るトウカ、ゴレムが従って振り向けば再度穿ち呻かせる、それが連射される。


 連射を終えた彼の手に銃はなく、投げ上げている。振り出された弾倉に高速指弾で計十二発の弾薬を収めた。そうして宙の銃身を掴み、クルルと回して構えを直してしまう。


「すごい」


 アクラの口がそう漏らした。


「!!أوه أوه グオオオオオ

「五月蠅いな……わざわざアラビア語で呻くなよ」


 トウカは野性的であった、攻撃的であった、厭悪的であった。口調を迷惑げにしている。

 再連射する、それは決してゴレムを滅ぼさないが、その場に留めた。


「トウカ!」


 持ち上げられた巨大な脚がトウカの上に影をなし、しかし彼は後退をしなかった。数拍引きつけ肉薄するほどのころ、横逃げしてから飛び乗った。

 飛びついた羽虫を蹴り上げるゴレム、けれど狙い澄ましたように跳躍を合わせ、高く飛ばされながら宙返りをする、そのうえゴレムの目の高さで銃を構えた。モモンガに似ている。


 二丁同時に撃ち放し、鉄火の閃光は怪物の両眼を突き刺した。


أوه グオオ、!!أوه أوه グオオオオオ


 わめき散らす巨体を今度こそ足場にし、煉瓦壁を蹴りアクラの側に着地するトウカ、


「……あ」



 アクラはそのときその顔を見た。



「治療も終わったようですね。これで……アクラさん?」

「トウカ、その顔」

「……なるほど、しくじったな。もうあなたに恩恵は効かないのか」


 アクラはそのあまりにもややこしい、意志と諦観が入り交じったような存在を真っ直ぐに見つめて、ただひとつ「悲しい」という想いだけを抱いた。


 何があったのか、もう誰にも問うわけにいかなくなった。人の悲痛にやすやすと触れてはならない、そういった年齢分の感覚が躊躇させた。そして彼の姿は、幼童にそれを悟らせるほど痛々しい。真紅の眼は美しいけれど、賞賛が不謹慎になりうるそれだった。


「トウカ、私」

「何ですか」

「私、あなたをこれからもトウカって呼んでいいの?」

「……」


 ローナから焦茶の、あのくたびれたローブをさらい、トウカはまた口元だけの格好に戻った。


「今更ほかの呼び方なんて、困ってしまいますよ」


 横でローナはポカンとしている。彼女には何も見えなかったらしい。

 アクラも追随することにした。


「……トウカって、意外とアクロバティックなのね」

「隠し技です」

「隠者だから?」

「言われてしまいましたか」


 その微笑がもう、いつものようには見えなかった。




「おいロード。こいつの恩恵はどうにかならんのか、全然映らんぞ」

「隠者の恩恵ばかりはどうにも」

「そうか。ならいい」


 言いつつ舌打ちするブライジンを、横でリシオンが宥めていた。


 ロードは気怠げに首を揉んだ。


「ロード君」

「どうされましたか?」

「……ううん」

「白金銀河の瞳に何か映りましたか」

「……うん」


 年長組がそれを聞くや、思わずの溜息が出る。スピナは髪で目を隠すように俯いた。


 リシオンはそれでハッとするけれど、ブライジンは止まらぬなので睨むのを止めなかった。「もう少し早く言え」か、「黙ってないで何とか言え」か、何を言うべきか暫く迷っている。少なくとも優しい言葉をかけるつもりはなかった。


「ちったあ自分で考えろ」


 そうして最痛烈の言葉を吐き捨てた。


「……」

「下向いて逃げんな、お前は今仕事しに来てンだろ? 言われなきゃ出来ねえカスなぞ願い下げでな、上に頭下げてでもお前をクビにしたい気分だ」

「……」

「サッサと何か言えッ! 誰でもお前に優しいと思うなッ!!」


 沈黙が十秒続いた。

 十秒間、スピナは俯きに徹したのである。


「ブライジン」

「口挟むなリシオン、こいつの問題だ」

「……」


 ロードは何もせずじっとしていた。決して嵐の過ぎ去りを待つ仕草ではなく、寧ろ何事もないかのごとき無関心で居る。スピナもまた、彼に一分の期待もしなかった。俯く向きは変わらない。


 ブライジンは歯ぎしりした。


「どういう……どういう、状況だ」


 絞り出すようにした。


「アクラちゃんとローナちゃんが、戦いました」

「どうだった」

「……」

「指導員としてどう評価する。言ってみろ」

「……」

「お前は何しに来たんだ、クソッ!」


 手に持っていた紙束、くしゃくしゃになった学生五十四名分のデータ一覧を彼は、斧でも振り下ろすように投げた。


 また歯ぎしりが聞こえる。


「チェックシートでも作れってか? お前の中にそういうのはねえのか?」

「……」

「ロードお前、そいつとそういう関係なんだろ……お前はちぃとでも庇えよ……」

「……」

「……そりゃ弟もああなる」


 鞘走りの、法力と魔力の轟き。


 ブライジンが振り返ったとき、リシオンとスピナは鍔迫り合っていた。


「……っ」

「スピナちゃん、やめとけ」

「……」

「まだやんなら本気で斬り返すぞ」


 剣豪の白磁斬は、しかし彼のブローチが剣と化して受けきった。


 互いに押し離し、収めた。


「なぁ、リシオン」

「んだよ」

「弟子の世話くらいちゃんとしてくれ」

「……わかった。本当に、申し訳ない」

「わかったって言葉の意味わかってるか?」

「……」

「てめえもダンマリかよ」


 いっそ気楽になったブライジンは、手枕しながら仕事に戻り、沈黙を痛みに感じるのは三人だけとなった。


「スピナ、今のブチギレくらいになってもいい。何か思ったら言ってくれ。頼む」

「……はい」

「それでいい。じゃなきゃお前は知らず知らずで誰かをぶっ壊す。そうだな、弟からぶっ壊れるぞ……いやコリャもう駄目か」


 そう言って彼は入り口から返ってくる脱落者数名に横目した。


 かつ、その怯えようを銘記した。




「ローナ、リフレク!」

「アクティベート、リフレクション!」


 憤血するゴレムの両眼は、黒い光線を吐き出しながら反動分へこみ、それ相応の威力でローナの魔法陣にのしかかった。アクラは後援に立ち替わり魔力増強するけれど、そのうえに魔法陣を三枚連ねるけれど、未だ押し返し得ない。


「トウカ、鏡!」

「クリスタライズ!」


 押し返した。結晶化した魔法陣がそれそのもので反射力を携え、ついに真上、天井の脆い部分を穿った。ゴレムは一瞬頭上を見上げるような人間くさい仕草ののち、崩落に飲まれていく。


 全速力で駆け出し、十分の距離を取ったのち三人、見事な呼吸で立ち止まった。


「二人とも、悪いけど後ろ任せる」


 返事の代わりとして、構えに同時する衣擦れが返った。アクラは正面に、水面の後方鏡を横広く置いた。


「アクラ」

「何」

「ルークのところまで引きつけるのって、欲張りな気がします」

「あのデカブツにビクビクしながらやりたくないでしょ」

「海底区画遠征の件で焦ってませんよね」

「そんなのさっきの喧嘩で大減点でしょ」

「あー……」


 崩落の山が呻きをあげ、意識を無意識的に引き戻させた。


 まだ逃げるなと理性で箍をしながら、狂気の容貌から目を逸らさぬよう踏みとどまりながら、アクラは冷や汗を数滴零した。ローナとトウカはこれのみ恃みにして振り返らず、前進の構えで居る。


「ローナ、そういうコトこれからはちゃんと言って……くれると、嬉しい」

「じゃあもう一言余計に言います。今言ってるのに指摘されるのはイラッときます」

「ごめん」

「変に素直ですね」


 一瞬間の間があって、打破音だけがその静けさを埋めた。


「ルークの行き先、分かるんですか?」

「それくらい分かるわよ」

「……今のは自爆でした」

「それは言われても困る」


 そしてもう一瞬間ののち、


「今っ」


 踏み込みが三つ重なった。


「サークルドーム!」


 展開直後、瓦礫・砂利の類いが群を成して飛びかかり、跳ね返す魔法陣はひどい音をたてた。駆け出す先に積み重なった土砂が行く手を阻み、間合いは地鳴りとともに詰められていく。けれどまだ、アクラの算段は働いていた。


「スプラッシュ!」


 間欠泉が円形に押し流す。

 その道を三角陣で突っ切っていく。

 四足歩行で追いすがるゴレムを寄せず離さず、低知能を混乱させぬよう諦めさせぬよう引きずり回す。


「トウカ!」

「ウッドグロア!」


 トウカが叫ぶや、先刻噴水した位置に緑が数十芽吹いた。富栄養の間欠泉が砂漠上でなお成長をさせ、進行軌道上に樹壁を築き、ゴレムは片手で道を塞がれたアリ宜しく左を向く。


 アクラは声を張りながら、至極冷静を保った。


「それで、どちらに!」

「この区画、地図によれば高台があるみたいよ!」

「ルークはそこにいるんですか!?」

「多分!」


 多分を、「多分」本来の意味で言った。


「ここでもう少し左向かせて、あとは全部なぎ倒しながら直進させるわよ! リキッドブレイク!」


 オムニスの投擲は、血肉で穢れたケモノには最悪らしかった。避けの挙動は重鈍なゴレムらしからぬ高速度で、遙か下を走るアクラたちへの注意を断ち切らなかった。


 地鳴りの一歩がまだ繋がれる。アクラたちは半ば走り、半ば歩き、ペースの乱れに足を取られぬよう絶妙を尽くした。高台はもう見えている。


「人もケモノもいない……」


 かわりにそこかしこ、ふかく細い剣筋を数十刻まれている。


「やばいっ」


 そのとき極光が、水面に映るまでもなく見えた。


 あの光線を高消費と断定し、そうそう打たれぬと割り切った、けれど司祭はやすやすとそれをする。眼光は尖り尽くし、黒く澄み、漏出し、そして噴射した。


「アイアンウォールっ……!」


 非常に弱々しい叫びだった。間に合わないことを織り込んでそのようになった。三人流石に振り返って、絶望的な黒さを目の当たりにした。


 光線が巨体の目下から前一直線を焼く。


 アクラは吹き飛んだ。岩盤を吹き上げる圧に引き摺られ、少しの間、意識を失ってから醒めたころ空を舞っていた。人が死ぬには十二分の高さに居る。受け身をどうこうの話でもなく、そもそもゴレムの眼が彼女の方を向いていた。連射をしようと言うのだから、先程の読みは節穴らしい。

 トウカとローナのほうを確認し、左右に逸れているのを承知した。前者はあの芸達者で、後者は例の防壁で難を逃れるに違いない。


『お前はその態度を、安定していて、氷結していて、冷静なものだと思っているだろう』


 そのように犠牲の覚悟をした瞬間、熱河のようなが押し寄せた。


『だが僕には、流れぬ川が濁り淀んだだけに見えるぞ』


 無意識の歯ぎしりが彼女をより醒ました。その言葉は何よりも巫山戯ていて、迷惑で、生き方を強いていて、むやみに輝くので鬱陶しい。酸っぱいブドウの合理化は、年頃の都合、自覚してしまうので使えない。処理をどうしようもなく、ただ人を苛つかせる。


 無限の選択肢の前で頭を抱えるだけだった、けれどやっと選ぼうというのに、それをちらつかせるのは、彼女の都合にとって最大の邪悪だった。

 

「こンの……」


 黄金の光がどれだけ鬱陶しいかについて、彼は自覚していながら構わない。


「ボンボンが!!」


 オムニスを空に突き立てた。伴って、槍先から大地まで凍てつく。


 アクラはそれを軸にして旗の翻りの如く回った。光線は氷柱を僅かに掠めてから、向きを変え、横一文字に折る。

 彼女に死ぬ気はなかった。指揮官の理性で二人の無事を確認しつつも、今日は少しも抑えきれない憤激に任せて氷柱を乱造した。


「ウォール!」


 遙か下から土壁が高く、バーバラの摩天楼のように屹立した。


「乗って下さい!」

「ありがとっ!」


 飛び乗りしがみつくや急降下する、減速する、着地する。


 安心が心臓に被さる、けれど間合いは取り返せぬところまで崩壊していた。


「これをルークに任せなきゃいけないの、なんか悔しいわね」

「アクラ、どうしますか?」

「作戦変更なんてしないわよ。無理はしないの」


 それが彼女の決意であって、弱々しく、英雄に見せれば恥じ入るものだけれど信念だった。あの星空の下でそのようになった。


「でもこれチョットどうにもならないかも。高台、遠すぎよ」


 けれど高い影に覆われて、雑草の如く取り払われる直前の心地になって、後悔じみた何かが湧いた。力一杯の生き様ではなかったかもしれないと、英雄的に立ち向かわなかったせいで噛ませ犬の役目を当てられたのかもしれないと、物語的な思案をせねばならなかった。


 それをアクラは止めた。弱虫の道を、そうと知ってなお選んだ。


「アクラさん、少し目をつぶっていただければ、どうにかしないこともありません」

「それ、リスキーだったりしない?」

「まさか、不確定要素なんてありません。確実に僕の人生がひとつ不意になります」

「じゃあ駄目。トウカはその気になれば逃げられるんだから、そうすればいいのよ」

「そうですか、お優しい」


 琴線を千切るほど張るようなしびれが、足先から脳天まで心臓と汗腺になるような狭窄がきた。


 ゴレムは地盤を踏みならし、肉を零して潤しながら苦悶をやめない。それでいて、何かの解決になると信じながらアクラたちに迫る。黒の光線をため込みながら、血混じりの唾液でやはり砂を潤す。


「これで、もう」


 走馬灯が三周はした。アクラからしてみれば、毎周必ず『accurate』の文言が脳裏をよぎるので苦しい。

 救いを求めるけれど、期待をしてはいけないと思った。いけないわけではないけれど、不合理だと思った。何かしらの救いがある世界などあるわけがない。覚悟をした。


 …………


 …………


 三、二、一と過ぎる。




 そのとき黄金の光を、あの瞳のゆらぎを見た。




「――アッ」


 それは降下してくる。打算も何もなく、光は真っ直ぐに突き進んでくる。清々しい光だった。着地音はしかし、葉がこぼれ落ちるようだった。


「白磁円斬」


 そして一閃走る。


「……嘘」


 このときアクラはひとつ、読み違いに気付いた。


 背後で岩と肉が真っ二つに、赤土の頭が粉々に、その巨体が殆ど小石に。


「すまない、怪物。お前の伴侶は作ってやれない」


 黄金の軌道は、信仰の総算を一蹴した。

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