お年玉
胃が痛い
お年玉
ガチャガチャ
僕の財布の中で、小銭が騒ぐ。
支払いのために、何枚かの硬貨を抜き取り、会計を終える。
これでしばらくの間は、小銭の大合唱を聞くことはない。
しかし、小銭がぶつかる音を聞くと、思い起こされる記憶がある。
それは、生まれて初めてもらったお年玉のことだ。
もう何年前のことになるのだろうか。小学校には入学していなかったから、僕が幼稚園児の頃くらいだと思う。流石に、幼稚園に入園する前ではないはず。
そんなお金の価値もわかっていない年頃。
ポチ袋に入った金額は、100円玉が5枚で、総額500円。
ポチ袋を振った時の音が、どこか物珍しく、未知の感覚で面白がったことを鮮明に覚えている。
けれど、覚えている理由は別にある。
くれた相手が特別だった。
お年玉を初めてもらった相手は、親だったり、祖父母だったりすると思う。
僕の場合は、叔父だった。
僕にとって、叔父さんは特別だった。
叔父さんは、数年前までお婆ちゃんの家に住んでたこともあって、小さい頃はよく面倒を見てもらったし、遊んでもらった。
両親が揃っていない日は、祖父母ではなく、叔父さんが世話をしてくれた。
親戚みんなで旅行に行った時は、叔父さんのそばから離れなかったらしい。
そんなこともあって、僕は昔から叔父さんに懐いていた。
叔父さんは、気前も良かったし、優しかった。
でも、1番印象に残っているのは、あの大きな手だ。
時には僕を手を包み込み、ある時には僕の頭を撫でてくれた大きな手。
初めてのお年玉をもらった後、手を繋いで、一緒にお菓子を買いに出かけた。
あの時の手の温もりを今でも覚えている。
きっと、あの手に魂を落とされていたのだろう。
お年玉の記憶から、叔父さんについて考えている間に、新幹線はギュンギュン進む。
少年とも青年とも取れる年齢の僕。
その僕が1人で新幹線に乗って、向かう先は叔父さんの家だった。
いつのまにか、ジャラジャラではなく、スカスカと音がするようになったポチ袋。
だけど、大切な人の分が足りなかった。
数年前に叔父さんが引っ越してから、会う機会がめっきり少なくなった。
最初の頃は、年に2回ほどお婆ちゃんの家に帰ってきていたが、最近はお正月にも帰ってきていない。
僕は、叔父さんがどうして引っ越したのかを知らない。
お婆ちゃん達とは連絡は取り合っていて元気らしいが、僕は連絡先も知らない。
ただ、連絡先を知っていても、満足はしないだろう。きっと、僕は会いたいと思うに違いない。
だから、こうして会いに向かっているわけだが。
叔父さんに会いに行くに当たって、障害になるものは特になかった。
叔父さんに会いに行きたいと両親に話したら、叔父さんに懐いていたこともあり、即了承を得た。
何だったら、移動費までも得ることができた。
事前に家にいる日を聞いておいてくれて、そして僕が行くことまで伝えておいてくれた。
障害になるどころか、安全で快適な旅が送れるようになったくらいである。
僕としては、理由を追求されたらと悩んでいたが、気にすることは全くなかった。
女の子であれば、止められる恐れがあったが、幸いにして僕は男だ。
だから、両親もあまり心配することなく、送り出せたのだろう。
もうすぐ目的の駅に到着である。
ここにきて、僕は不安になってきた。
未開の地に対する冒険心的な楽しさや叔父さんに会えることの嬉しさなどはなく、不安だけが僕の胸を渦巻いていた。
ほんの何年か会っていないだけで、僕を認識していなかったら、あの手が僕を拒んだらとそんなことを考えるだけで辛くなる。
地図を見ながら、道を進んでいく。
どの道にも僕が落としたものは、見つからない。
多分、どの道にもないだろうし、どの人も持っていないだろう。
持っているとしたら、ある人だけ。
目的地に到着した。
ここに何があって、何を得られるのかはわからない。
ただ、このインターホンを押すと、明日から僕の世界が変わるような気がする。
落とした魂を探しに門をくぐる。
お年玉 胃が痛い @igaitai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます