5・おやつと有馬記念(後編)

『さあ、スタートしました! 最内のスプリングハーモニが真っ先に飛び出していく! ハナをグングングングン、加速が止まらない! それを追うように同期のメタモルアクトレスとコンティニュアスが追走。2、3馬身離れてセクスタイルナイトが好位置につけた。あとは団子状態で前には行けない。最後方はイニグゾースタブルが今日もまた定位置を確保しています!』


「相変わらずトップスピードに乗るのが速いね」

「いつもより気合いが入っているのがわかるわ。かかりまくりで騎手も匙を投げかけているんじゃないかな」


『とてつもないスピードでスプリングハーモニがスタンド前を爆走! 前半の1000メートルの時計は……なんと、58秒37! ハイペースの大逃げに、他の馬はついて行けないのか、ついて行こうとしないのか。早々と第2コーナーに差しかかり、2番手争いをしている2頭とは10馬身以上の差が出ています!』


「このままゴールまで走り切りそうな勢いだね」

「2500メートルは初めてだから、どう出るか。オークスでは暑さもあって3着だったけど、血統的にも長距離は少し厳しいかもしれない」

「マイルや中距離に強かったんだっけ?」

「そうなのよ。スプリングハーモニ側も賭けに出たんだろう。いつものように大逃げをやって、好成績を残せるか。それともガス欠を起こして馬群に沈むか。彼女にとっても、結果次第ではこれが最後の長距離になるかもしれない」


『スプリングハーモニが向こう上面を通過! 一足早い春一番が過ぎ去っていきました! 脚はまだまだ保っています! しかし、同期の2頭も徐々にではありますが、差を詰めていきます! 全体的にペースが上がっているように思えます! この2頭も負けてらない……。


 おっと、ここでセクスタイルナイトが上がってくる! 雪を切り裂き、芦毛の幸運の騎士が前の2頭に迫る迫る! しかしそうはさせじと2頭も押し上げられる形でペースを上げた!』


「ナイトくんは少し同化しているようにも見えるね」

「セクスタイルナイトの仕掛けにしては若干早い気もするけど、若駒(わかこま)たちの走りに焦ったのかも」

「足元が悪いし、大丈夫かな?」


『第3コーナーを過ぎて、先頭との差が縮まってきています! 10馬身以上あった差も、今や5馬身、いや4馬身ほどでしょうか! ここで最内から泥を跳ね上げてリトルデイドリームが最短距離でコーナーを攻略! 一気にセクスタイルナイトを抜き去りました! そして、今度は大外から鉄人・イニグゾースタブルが巨体を大きく揺らし、最後方から一気に他の馬を置き去りにして行きます!』


「猛牛のたぐいだよね……。地響きとか鳴らしてそう」

「いつも通りの走りでいつものように先行馬を蹴散らしていく。さすがはイニグゾースタブルって感じ」


『ああっと、第4コーナー手前でスプリングハーモニが失速! メタモルアクトレスとコンティニュアスが先頭に躍り出た! 牡馬戦線を駆け抜けた女傑対3歳牡馬最強の一騎打ちとなるか! 


 いや、古馬たちもペースを上げて迫ってきています! しかし、差が開くばかり! 時すでに遅しか! 


 そんな中で連覇を狙うセクスタイルナイトが、自慢の末脚で伸びてきています! 


 最内を陣取るリトルデイドリームも、苦手の馬場を克服して更なる進化を遂げ、香港ヴァーズでの1着の栄光と矜持を見せつけるかのように差し迫る!』


「デイドリちゃんはたくましくなったよねぇ」

「騎手の親子ツープラトンと猛特訓が実を結んだおかげね。人気で押し潰されることもなくなったし」


『鬼神がごとき不老のステイヤーが、加速度を増して大外も大外からまくって5番手で直線に入った! 2年前の有馬は5着。その雪辱を晴らすかのように鬼気が籠った脚が炸裂していきます! リトルデイドリームとセクスタイルナイトを蹴散らし、若い2頭が火花を散らす前線に突入だッ!』


「スタブルさんがんばるね~」

「年齢を詐称している噂もあるぐらいだけど、それだけ衰え知らずの傑出馬だからね。しかもまだまだ成長しているようにも見えるから、本物の化物なのよ」


『差しつ差し返されつつ、生粋のヒットマン・コンティニュアスは諦めない! カミツキガメともあだ名された母馬のチェイサーガールの血を、より濃く受け継いだ走りは、4度もメタモルアクトレスに苦汁を舐めさせました! 


 しかし、メタモルアクトレスもその都度進化を遂げてきた名牝(めいひん)! 変幻自在の脚質と諦めない根性と余りあるスタミナは、牡馬や古馬に負けず劣らず! ここで勝って更なる高みを目指したい!


 ゴール前100メートルでまた差した! メタモルアクトレスが最後の最後で突き放しにかかる! おおっと、そこにイニグゾースタブルが猛加速で割って入ってきた! 若駒に有馬はまだ早い! とでも言わんばかりだ! 先頭を争う2頭は必死に前を行く! 壮絶な叩き合い! 瞬きすら許されません!


 勝負は数秒後につきます! ゴールの寸前、最後の最後でメタモルアクトレスの脚が伸びた、突き放した! 最後の力を振り絞ってコンティニュアスも伸ばす! 一瞬仕掛けが遅かったイニグゾースタブルは、2頭に置き去られた! 1着はメタモルアクトレス! メタモルアクトレスです!!』


「すごい、すごいよ! メタモルちゃんまた勝ったね!!」


 エルケはすっかり冷めたホットビールを喉を鳴らして飲んだ。ようやく安心して酔えたのか、頬が一気に緩む。


「手に汗握る素晴らしいレースだったわ。今日の有馬で11戦5勝で2着5回で3着1回。大負けがなくてワイドに入る素晴らしい成績を残したし、『最優秀3歳牝馬』は確定かな。来年も楽しみね。国内か国外か。さすがに今年ほど走らないんだろうけど」

「1勝1敗1分けだね……。そうだ、来週のホープフルステークスで決着をつけない?」

「そうしようか。毎年思うんだけど、ホープフルと有馬って逆よね」

「ねえねえ、忘れてない?」


 新和は唇に指を当てている。そんな新和をエルケはからかいたくなった。


「引き分けでもするんだ?」

「あたしたちのルールでは引き分けだけど、メタモルちゃんは見事に1着だったもん」


 新和は酔いも手伝い、指でエルケの体中を指で刺す。


「わかったわかった」

「勝利の女神のメタモルちゃんに感謝して、ね♡」


 ふたりの唇が重なり、雪をも融かすような熱いキスをしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマスイブの祭典 ふり @tekitouabout

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ