4・おやつと有馬記念(前編)
レースが終わって約1時間後に、お互いのスイーツが完成した。
スマホで撮影してSNSに投稿すると、間髪置かずにナイフが入刀され、綺麗に等分された。
「飾りがこうも叩っ切られると、苦労して飾り付けしたのに……って思うよね」
真っ二つになった砂糖菓子のサンタとトナカイを見て、新和が虚しげにつぶやく。
「作る人と食べる人は別がいいっていうものね」
「ま、結局は食べますけどねー。あー、サンタの半身おいしいなぁ~」
「聞きようによっちゃサイコよね、その言葉」
ふたりはお互い褒め合いながらケーキとバームクーヘンを食べていく。
そこに、ドイツから取り寄せたロンネフェルトのアールグレイを口に含む。柑橘系の爽やかな香りが鼻を抜け、甘すぎない味わいが広がる。口の中にあった甘味の大雪は一気に溶かされた。
「さすが高級ホテルで紅茶だけあって、とてもおいしいね~!」
「ここにさっきのキルシュを数滴垂らすと、素晴らしい味わいが――」
『さあ、ここでパドックを見てみましょう』
テレビの画面がパドックの映像に切り替わる。エルケの目が釘付けになり、危うくティーカップを落としかける。
その鹿毛(かげ)の馬は、冬の優しい太陽光に当てられ、艶やかな馬体を衆目に見せつけていた。玉虫色のメンコを着け、しっかりとした足取りで歩みを進めている。
「やっぱり、メタモルアクトレスしかいないわ。昨日から予想していたけど、期待したいし、3歳馬ながらワイドの鬼だもの。古馬にも引けを取らない実力や成績。何よりクラシック戦線で皐月と菊花の二冠馬。牝馬(ひんば)で牡馬(ぼば)戦線で戦い続けたのは称賛するしかないわ。……どうしたの新和? ポカーンとしちゃって。何にしたの?」
「名前に懐かしみとカッコよさで、同じ馬にしたよ~」
「私は単勝を10万円で買うけど、新和は?」
「わぁ、ドーンといくねぇ。あたしは1万円にしようかな」
「ただ、同年代のライバル馬が2頭いるから、その2頭にやられなきゃいいけど……」
1頭は牡馬で黒鹿毛のコンティニュアス。新馬戦からメタモルアクトレスをほぼ同じローテーションで最大のライバルとして戦ってきた。名前の由来となったカメラの追尾機能のように、メタモルアクトレスを徹底的にマークし、牝馬初のクラシック三冠を阻止した。また、皐月賞ではメタモルアクトレスと史上初の1着同着を果たした。主な勝ち鞍は皐月賞、ダービー、ジャパンカップ。
さらにもう1頭が、牝馬で栗毛のスプリングハーモニ。逃げを得意とする走りで他の馬を寄せ付けない。メタモルアクトレスとコンティニュアスと同じ新馬戦を走り、2着に終わる。メタモルアクトレスと反対で、牝馬クラシック路線を進んだ。オークスでは真夏並みの暑さにやられ、3着に終わってしまう。が、他のレースでは1着を譲らなかった。主な勝ち鞍は阪神ジュベナイルフィリーズ、桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯。
この2頭だけでも強敵なのに、古馬たちの存在もある。
オーストラリア、アメリカに挑み、6月の宝塚記念でメタモルアクトレスを唯一古馬で下した牡馬で5歳のセクスタイルナイト。
同じく海外遠征で香港に挑戦し、12月上旬の香港ヴァーズではレコードタイムを叩き出した。小柄で細い体躯ながらも名を上げた、牝馬で4歳のリトルデイドリーム。
ステイヤー(長距離)路線をひた走り、今年の勝ち鞍だけでも3勝。勝ちを逃したレースでも、3着以内には必ず入っている。過去には春の天皇賞2連覇などの成績を誇り、来月には8歳になる牡馬のイニグゾースタブル。ちなみに、馬体重は550キロと大型馬だ。
まさにファン投票で選出された強豪中の強豪がひしめき合い、年齢や性別関係なく火花を散らす――それが有馬記念なのだ。
テレビ画面では本馬場入場が終わり、返し馬が行われている。曇天の空のもと、積もらない雪がパラついていた。
「どの馬もいい走りをしているよね~」
「ホント、来年は現地で生観戦したい。雪が憎いわ」
「あったかいものを食べながら見たいね」
「ホントだわ。豚モツ煮込みとおでんをつつきながら、熱燗をタンブラー移してチビチビ飲みながら観たい」
「日本に染まったドイツ人ならではの意見だね」
ファンファーレが鳴り響き、場内の熱気は最高潮に達した。その中で枠入りが始まり、奇数番号から入っていくのだが、スプリングハーモニが突如歩みを止めるや、左右に激しく首を揺らし始めた。
「あらら、大興奮してるみたい」
「……まあ、親もその上の世代も気性が荒かったから」
口取りの係員が飛ばされ、素早く別の整馬係が飛んできて口取りをつかむ。他の係員たちも囲むように集まってきた。こうなると、騎手もなだめたり手綱を引いたりするなどして、総出で興奮を収めにかかる。
「整馬係の人たちも大変だよね……こんな寒い中」
「蹴られでもしたらアウトだから、勇気がないとできない仕事だわ」
最終的にスプリングハーモニは目隠しをしてゲートに収まった。他の馬は整然たる足取りで順調に入っていく。最後に大外にイニグゾースタブルが収まって、全馬態勢完了。
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