第2話 トネリの過去。
私ことトネリはアークジョージ侯爵家の長女として生まれた。
両親は政略結婚をし、私を儲けたがその夫婦仲は冷めきったものだった。
貴族間では何も珍しくないありふれた結婚だったのだが、母はそれがとても嫌だったようだ。
母は物語に出てくるような愛を求めていたが、三女である彼女は貴族としての繋がりを深めるための道具として父に嫁がされた。
父の方は女性に興味がなく、侯爵家の当主として必要な事として母を受け入れた。
幼い頃の記憶だが、私は両親が並んで笑っているところを見たことが無かった。
母は私の世話を乳母へ丸投げし、父は多忙で家を留守にしがちで夫婦間の亀裂は広がっていた。
子供というのは親に甘えたいもので、私は本で見た仲の良い家族に憧れていた。
だから良い子になろうと必死になった。
親が望むような素晴らしい子になろうと勉強や習い事を同年代の子よりも頑張った。
周囲の空気を読み、適切な仮面を被って場に馴染む。
その甲斐あって周囲は私をよく出来た娘だと褒め称えた。
しかし、両親の仲は改善されないまま二人は自分の遺伝子を持っているのだから当たり前だと更なる課題を私に与えた。
父の領地経営は波に乗り、次の発展を求めて家にいない時間が増えた。
家に残された母は侯爵家夫人としての役割を果たしつつ、溜まっていくストレスを愛が足りないのだと決めつけた。
愛を求めた母は使用人や他家の貴族を部屋に招くようになった。
私はそれがいけないことだとは分かっていたし、父に報告すべきだと思ったのだが、他の男といる時の母は滅多に見せない笑顔を浮かべていたので言い出せなかった。
ある日のことだった。
私は貴族令嬢達が集まるピアノの発表会で一番になった。
その喜びを母に報告すれば愛してもらえると思った私は家に帰ると我慢出来ず真っ直ぐに母の部屋に入った。
そこで見た光景は、見知らぬ男の上で情熱的に、扇情的に体を動かす女の姿だった。
私の知っている顔で、声で、冷たくつまらなさそうにしていた母が別人のように悦んでいた。
「お、お母さま?」
「は? ちょっとなんで見てるの。さっさと出て行きなさい!」
枕を投げつけられて私は部屋を追い出された。
私の母が私の知らない男と一緒にいて嬉しそうだった。
あの人は私の母で父の妻なのに関係ない人とベッドで寝ていた。
──私のお母さまが取られた。
きっとそれが最初のきっかけだった。
私は自分の部屋に籠り、心の底から溢れる得体の知れない感情に戸惑い、苦しみ、狂った。
バクバク鳴る胸とズキズキする頭が痛い。
被っていた仮面が剥がれ落ちて情緒が滅茶苦茶になる。
当然、そんな日々は長くは続かなかった。
母の行いを知った使用人の一人が父に密告をし、浮気の現場を押さえたのだ。
侯爵家の妻が不特定多数の人間と不倫をしていたと噂になり、両親は離婚した。
それ以降の母の行方は分かっていない。
結果として家族揃って仲良く笑うという私の夢は叶うことなく終わった。
母が居なくなって半年後には後妻がやって来た。
父よりもずっと若い女で公爵家の人間らしい。
目的としては今現在の領地経営が上手くいっている侯爵家と親交を深めておけばのちのち得だと考えたのだろう。
あとは妻に浮気された可哀想な男に女を与えて慰めるためか。
新しい母も政略結婚だったが、こちらは現実的な価値観を持ち、自分の役割をきっちりこなす人だった。
父との間に次期当主となるべき子息を儲け、売女と罵られた母の娘である私にも母として接してきた。
貴族として完璧なその人は尊敬に値するが、私の心は父が最初に後妻を連れて来た時だけ揺れ動き、以降は動くことはなく、求められる娘としての仮面を被って私は接した。
人生の転機が訪れたのは年が離れた弟が元気に生まれた後だった。
男児が家を継ぐのが当たり前だったので、長女である私は何処かの家へ嫁がなければならない。
その相手を探している時に後妻がフィリップ王子を紹介した。
後妻は王家の分家であるコドリー公爵家の娘で、姉が王妃だったのだ。
王子の婚約者を募集するという話を聞いた後妻は私を推薦した。
売女の娘として家の中で冷遇されないようにという保身から私は良い子のフリを続けていたが、それが功を奏した。
無事に私は王子の婚約者になった。
「これからよろしくお願いします。王子様」
「あぁ。よろしくトネリ」
初めて会った王子は気さくな人物だった。
よく笑い、よく泣き、よく怒る。
感情を抑えつけてコントロールする私とは違って素直な人だった。
婚約者を自慢するんだと無理矢理王子に連れられて私はセブルズにも出会った。
「ごきげんようセブルズ様」
「あ、あぁ……」
「どうしたセブルズ? 顔が赤いぞ〜?」
従兄弟同士である彼等の仲は良く、私を含めた三人はすぐに友達になった。
しかし、私の心は満たされなかった。
母の事を頑張って忘れようとするのだが、その度に母を奪われてしまったという悪夢が私をおかしくする。
自分は何かの病気なのかと考えたりもした。
そして気づいてしまった。
──私は誰かに自分の大事な物を奪われるのに興奮しているのではないか?
抑圧してきた感情が爆発したのは二回。
母が男と寝ていた時と父が後妻を紹介した時。
どちらとも私が望んでいた大事なものが他人に取られてしまった時だ。
自覚してからは止められなかった。
自分にとって大事なものを増やしてはわざと他人に取られてしまうように仕向けた。
最初は弟に自分の持っていたおもちゃを。次は母が残していった本を友人に。
優等生としての仮面を貼り付けたまま私はそのような行為に及び、次第に求める欲求は肥大化していった。
学園に入学し、順風満帆な生活を送っていた私はとうとう一番大事な物にまでその欲求を望んだ。
それをしてしまえば自分がどうなるのかを知った上で。
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