第27話 彼女を追い詰めれば


「じょ、女性の私物を漁るなんて……貴方、本当に公爵家の人間ですか……!?」


 明らかに狼狽えた様子のフローラ様が嫌悪感を隠さずにリビアングラス卿を睨んでいる。


「人の物を盗む人間に品格を問われる筋合いはありません。何故、盗んだのです? 2人が正式に婚約破棄をしたという話はまだ聞きません。もしこのリボンを貴方が勝手に盗んだとあれば……」

「ひ、酷い……盗んだだなんて証拠……何処にあります!? 私は落ちていたのをたまたま拾っただけです……!!」


 万が一見つかった時の言い訳は用意していたのか、狼狽えた表情から悲しげな表情に変わったフローラ様はか細い声ながらもハッキリ否定してみせた。

 その儚い美少女の表情の変化にリビアングラス卿は表情を微塵も変えず、その抉らんと言わんばかりの眼力で尚も追求を続ける。


「いつ? 何処で? 見つけたのなら何故すぐマリアライト卿に報告しなかったのですか?」

 リビアングラス卿の厳しい追求を遮るようにフローラ様の隣りにいたフレデリック様が声を荒げた。


「君……いい加減にしてくれないか!? 天下の公爵家の人間といえど他の公爵に仕える侯爵家にしていい行為じゃない!!」


 フレデリック様の今までにない怒声が生徒会室に響くも、チラと視線をそちらに向けるだけでやはりリビアングラス卿の表情は変わらない。


「フローラ嬢がソルフェリノ嬢の婚約リボンを盗んだとしても?」

「フローラは拾ったと言っているじゃないか!!」


 座っている生徒達の大半はその言い合いの方に集中しているみたいで殆どこっちには気づいていないみたいだ。リチャード卿が3人の所に静かに歩み寄るのに着いていく。


「……分かりました。そこまで言うのなら裁判にかけましょう。物の記憶を読み取れる能力を持つ人間がこれに触れれば全て分かる。丁度私の母がそういう能力を持っている異世界人ツヴェルフですので、このリボンを持ち帰って確認してもらいます。私の母が信頼出来ないと言うのなら同じ能力を持つ別の異世界人ツヴェルフに――」


 裁判――リビアングラス卿はこの事を学院内ではなく正式に皇国の裁きにかけようとしている。

 もしこれでフローラ様の非が認められたら、確実にフローラ様は私に対して今まで以上の恨みを抱く。名誉を貶められた後、悔い改めて反省なんてする気がしない。


 どうしよう――と思った時、フローラ様と目が合う。


 人目があるからか、すぐに消えたその表情は他の人から見たら一瞬の顔の強張りにしか見えなかったかも知れない。

 フローラ様から一瞬、あの時と同じ敵意――殺意を言い換えても遜色ない物が向けられる。


(駄目だ、ここでフローラ様を刺激したら、また襲われかねない……!!)


 襲われて――殺されてもおかしくない位の恐怖に身が竦む。


 もしフローラ様の非が認められたら彼女はどうなるの? 厳重注意? 賠償? 廃嫡? 退学? 停学? そのどれもが貴族としての名誉を著しく貶めるものになる。フレデリック様も、ウィスタリア様も彼女に失望するだろう。

 フローラ様の魔力自体は私より少し下だけど、人を操る魔術や呪術に関しては私より数段上だ。


 何もかもを失ったフローラ様は、きっと――


「ご、ごめんなさい!! わ、私がさっき見つけたのを落としちゃったんです……!! 見つかったのはいいけど、すぐ風で飛んで行っちゃって……きっとそれをフローラ様が見つけたのではないかと……!!」


 そう叫んだのは本能的な怯えからだった。殺されるかも知れない危害を加えられるかも知れないという、怯え。

 こうやって権力や力に怯えてしまう私は――皆から揶揄されるように獣なのかも知れない。


 私の声に一斉に視線が集まる。その中でも特にリビアングラス卿とフレデリック様、フローラ様の3人は驚いていたようだった。


 重い沈黙が流れる。咄嗟に着いた嘘にしてはあまりにお粗末で、無理のある嘘だと思う。


(っていうか……リチャード卿にはもう明らかに私が嘘をついている事に気づかれてるよね……)


 チラ、と視線を向けると、困った顔で――でも何も言わずにこちらを見つめ返している。私の気持ちを汲んで、あえて何も言わないでいてくれるのが分かる。


 フローラ様の殺意が私自身だけに向けられるのも相当怖いけれど、もしこの件で彼女がこの学院を退学にならなければ彼女は後々入ってくる私の弟や妹に狙いを定めるかも知れない。


 それを警戒して弟や妹の魔導学院の入学を諦める事になったら――私はもう弟や妹に顔を上げられない。


 リビアングラス卿が何も言えない私に変わってズバズバ言ってくれるその姿に爽快感を感じなかった訳じゃない。

 だけど――他人だから、彼女より身分の高い人間だから彼女を追求できる姿に苛立ちを感じ、後で恨みを向けられるこちらの気持ちを考えもしないで気に入らない相手を攻め立てられていい迷惑だ、とも思ってしまう。

 

「……ソルフェリノ嬢もこう言っている……フローラも生徒会が終わったら私に渡すつもりだったんだろう。リビアングラス卿……いくら公爵家と言えど、行き違いがあったと言えど強力な魔力探知の末に女性の鞄を無断で漁るのはあまりに無礼が過ぎる……この事は君の家に正式に抗議させて頂く!!」

「フレデリック様、待ってください、それは……!!」


 慌てて呼び止めるも興奮して聞こえてないのか、フレデリック様は足取り荒く部屋を出ていく。フローラ様がそれを追って去っていく。色んな人の注目を浴びているせいか、こちらを一切振り返りはしなかった。


 呼び止めなければ。でも私は嘘をついてしまった。それを今、覆したら余計にややこしい事になる。


 だけど、自分勝手なのは分かってるけれど、私は――


(私の為に動いてくれた人が罰を受けるのを黙ってみてる訳にはいかない……!)


 フローラ様に頭下げてお願いしよう。私の為にやってくれた事だから抗議しないで欲しいと。今ならフローラ様は絶対に強気には出れないはずだ。


 私がフローラ様に謝って、フローラ様がフレデリック様に対してお願いすれば、きっと――と思って駆け出そうとした瞬間、乱暴に手を掴まれて引き止められる。


 私を真っ直ぐに見てくる彼の黄金の眼差しは、強い怒りに満ちていた。


「……もし私の事を気にかけているのなら結構です。抗議される事を覚悟で動きましたので。貴方がどう言おうと私の処罰は免れないものです。ですが……!!」


 ギリギリと掴まれる手が、痛い。痛みに顔を歪めると同時に手の力が少しだけ弱まった。


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