第24話 バイトを辞めて内職を


 エクリュー先生がさっきの事件を処理する為に1限目は自習、という事になったので私は思い切ってネイ嬢に話しかけてみる事にした。


 自分都合でバイトを辞めるのだから迷惑をかけないように代役も自分で探しておいた方が良い――と思っての事なのだけど、当のネイ嬢は自習中だというのに教科書や参考書を開く事無く、幾重にも重ねた白い紙を切って紙人形らしき物を作っている。


「あの……ネイ嬢……良かったら工具点検のバイト、替わってくれないかな?」


 なるべく周囲に聞かれたくなくて小声で聞いてみると紙人形を切っていたネイ嬢の手がピタリと止まり、勢いよくこっちを振り返った。


「えっ……え!? 何で? あ、いや、替わるけど、何で?」


 ツンツンした態度ながらも目が輝いている上に口元がちょっと緩んでいるネイ嬢を見ると少し気が軽くなる。


(理由……何て言おう? 襲われたなんて言ってリビアングラス卿みたいに騒がれたり怖がられたりしたら困るし……)


 でも私じゃなければ安全だろう。私は駄目だけどネイ嬢なら大丈夫、そう伝えるにには――


「お化けって言うか、何ていうか……生霊っぽいのを見たというか……」


 ネイ嬢自身が言っていたお化けの話を思い出して利用する。こんな言い訳が通用するのかなと思ったけれど、


「生霊……そう言えば貴方、何か訳有りだったわよね。まあいいわ。貴方への生霊なら私に替わった途端に散っていきそうだし。じゃあ貴方の気持ちが変わらない内に1限が終わったら受付に手続きに行くわよ!」


 満面の笑顔を浮かべてそう言ってくれたネイ嬢には感謝しか無かった。



 こうして私は工具点検のバイトを辞める事になった。

 受付では辞める理由を深く聞かれなかった。鍵を返し淡々と手続きを終えた後、他に良いバイトないかな、と掲示板の張り紙を眺めてみる。

 掲示板に貼られている張り紙は新学期開始時に比べると三分の一位しか無い。


 作業場所や作業時間が固定されているバイトは狙われる可能性があると思うと選べず、採取や討伐ももし狙われたら……と思うと手が出せず、仮に今掲示板にみっしり求人や依頼が貼られていても何一つ手が出せないような気がした。


「そういえば貴方、お金に困ってるんだったわよね? バイト辞めて大丈夫なの?」


 私の後にバイトの手続きに入っていたネイ嬢が話しかけてくる。


「大丈夫じゃないんだけど……生霊がいると思うと何にも手を出せる気がしなくて……」


 リビアングラス卿に言い返してしまったけれど、自分の置かれている状況が危険な状態だという事は重々分かっている。


「……ふーん、それなら内職やってみたら?」

「内職?」


 聞き慣れない言葉を問い返すとネイ嬢は丁寧に説明してくれる。


「寮の方で募集してる裏バイトみたいなものよ。藁人形や紙人形の作成とか魔晶石磨きとか……効率は悪いけど寮の部屋で出来る簡単な作業だから生霊の心配はしなくていいわよ。バイト替わってくれたお礼に私が今やってる魔晶石磨きの内職替わってあげるわ」


(寮にもそんなのがあるんだ……全然知らなかった。)


 放課後、寮に戻るネイ嬢に着いていくと寮の管理人さんが石が一杯入った木箱をカウンターの上に置いた。

 石鉱から採掘して球状に整形したザラザラの透明な魔晶石を専用の布巾を使ってツルツルに磨き上げる作業らしい。


 寮の部屋の中で作業できるように粉塵吸引の魔道具まで貸してくれた。


 1個磨いて鉄貨1枚。つまり10個磨いて銅貨1枚。


「体力と根気がいるし効率も悪いけど、納品期限が長いから夕食後にちょちょいっと磨いて納品するには丁度良いのよ」


 ネイ嬢が言っていた通り、今まで30分で銅貨1枚だったのが2時間かけて銅貨1枚だと思うとかなり条件が悪い。だけど締切に迫られない、というのは今の私にとってとてもありがたい状況だった。


 バイトを辞める少し前位から授業に追いつけるようになっていた事も不幸中の幸いだった。勉強漬けの日々から寝る30分位前に魔晶石を磨いて小銭を稼ぐ位の時間の余裕はできていた。


 そして初めての納品の際、他に内職がないか管理人さんに聞いたら藁人形や紙人形作りの内職を紹介してもらえた。ネイ嬢の紙人形づくりは内職だったんだ。


 藁人形や紙人形――ここで内職するものだから呪いに関するものではなく逆に悪い所が良くなるような祝福を込める為に使われるものなのだろう。多分。


 粉塵が舞う魔晶石磨きは校舎内でする訳にはいかないので授業の間の隙間時間には10個で銅貨1枚の藁人形をちまちま作る事にした。


 ただ、これはあくまで足りない分の補填。集中し過ぎないように挨拶と、クラスメイトに話しかけられた際に手を止めてちゃんと向き合う事は忘れない。話しかけてくれる事のありがたさを忘れちゃいけない。


 ただ――あれからリビアングラス卿とずっと気まずい。まだ色々思う所はあるけれど助けてもらったのだし目を逸らしたら駄目だ、と思って挨拶もしている。

 だけど向こうが目を合わせないのだ。挨拶は返してくれるけど。


 私の挨拶に失礼じゃない位の淡々とした挨拶を返して颯爽と通り過ぎて、リチャード卿が私に小さく会釈して彼の後を追いかけていく。


 せっかく助けてくれたのに恩を仇で返すような真似をしてしまって苦しかった。だけどこれ以上自分に関わらせてはいけないとも思って――身動きが取れなかった。



 そんな風に、最初の順調だった2節から一気に気が重くなった数節を過ごしていると、また一つ、変な噂が私の耳に入ってきた。


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