第23話 お互いの都合と衝突・2


「……貴方には心当たりがあるはずです。何故言わなかったのですか?」


 エクリュー先生と別れた後、窓を打ち付ける雨の音が響く静かな廊下を歩く中で私の横に付き添うように歩いていたリビアングラス卿が、納得いかない表情で問いかけてきた。


「催眠や魅了といった人を操る類の術は悪用や流出を恐れて学院では教えられない。だからそういった呪術の類に特化した魔術師の家系でもなければ扱えない魔法です。例えば、マリアライ」

「やめてください……!」


 リビアングラス卿が言い切る前に声を荒げて拒絶する。それ以上言われたくなかった。


「……マリアライト卿を気遣いたい気持ちは分かります。ですが犯人を庇うのはおかしい。何も解決してないのですよ? 逆恨みでより酷い事をされる前に、せめて警告位はするべきだ」


 私の葛藤を否定するように厳しい口調で言葉を重ねられる。その姿には今まで微かに感じていた優しさや柔らかさを微塵も感じない。


「向こうは貴方が一人になる時間を狙って襲ってきたんです。今回はたまたま私が貴方の魔弾の音を聞きつけて駆け付けられましたが、いつでも貴方を守れるとは限らない。例えバイトの時間を変えても再び狙われる可能性は高い」


 リビアングラス卿の言う通り、これから工具点検に不安がある。作業中も施錠する? でも待ち伏せされていたら? 何か特殊な魔法を使われたら? どうやって、誰に助けを求めればいい?


 人に迷惑をかけたくない。だけどそんな事を言っていたらお金が稼げない――そんな風に考えていると、前方からこっちに向かって慌てた様子で走ってくる生徒が見える。――リチャード卿だ。


「ああ……今後はリチャードにバイトに付き添ってもらった方がいい。彼が得意なのは剣術ですが魔法も体術もこなせる。貴方が再度襲われた時に術者の証拠を掴めるかも知れないし、私が事情を説明して……」


 リビアングラス卿の言葉にやはりリチャード卿に私の面倒を見させたのだという確信と罪悪感が生じると共に、強い違和感を覚える。


 何で? 何で私のバイトにわざわざリチャード卿が付き合わなきゃいけないの? 何でそこまであの優しい人が自分の時間を私の為に使わなきゃいけないの?


「……辞めます……」


 ポツリと言葉が溢れる。



「……ソルフェリノ嬢?」


 無意識に零した言葉に眉を顰められ、怪訝な表情を向けられる。その呼びかけすら責められているように感じて内に籠もっていた感情が溢れ出す。


「私、バイト辞めます!! なるべく一人でいないようにするし、授業が終わったらすぐ寮に戻るようにします……!! 狙われやすい場所からいなくなれば、きっと大丈夫です……!!」

「貴方は甘過ぎる! 狙われてるという事は名誉どころか命を落とす事にだってありえる! 寮なら確かに男子は入れません、ですが女子を操って貴方を襲う、殺す可能性だってある……!」


 殺す、という言葉に恐怖を感じつつも、脅すように声を荒げるリビアングラス卿に負けじと言い返す。


「リビアングラス卿は知らないかも知れませんけど、寮には魔法を制限したり魔法がかかってる人を感知できる結界石が玄関に設置されてるんです! 寮の中なら催眠系の術は使えないはずです……!!」


 リビアングラス卿の真っ直ぐに見る視線が痛くて、彼の言葉を遮るように言葉を重ねる。何故、悪を罰そうとしないのか――何も言わなくてもその目がそう言っている。


「そ……それに……この事が公になったら、親にだって伝わっちゃうし……! マリアライト家に恥かかせる事になったら外交問題になっちゃうかも知れないし……!! リビアングラス卿だって、お父様に知られたくないって言ってたじゃないですか……!!」

「私の理由を貴方の言い訳の一つに含めないで頂きたい!」

「私は、リチャード卿にこれ以上迷惑をかけたくないんです!! リチャード卿にもリビアングラス卿にも誰にも……誰にも迷惑かけたくない!!」


 私の絶叫に近い叫びと同時にシン、と静まり返る。リチャード卿が話しかけようとしたタイミングで言い合いを始めてしまったせいか、彼は少し離れた場所で口を開いたままポカンとしている。


 周囲に自分達以外に人はおらず、酷い雨音である程度の声は遮られているとは言え周囲に聞かれていい話じゃない。俯いて黙り込むと、上から冷たい声が落ちてきた。



「……分かりました。襲われたのは貴方です。貴方の好きになさればいい」


 この目――見た事ある。フレデリック様を武術大会で負かせた時と、同じ目。

 私を見下すような冷たい目と突き放したような言い方に苛立ちが煽られる。


(……私は、誰も傷つかない方法を選択しただけ)


 助けてくれた事には感謝してるけれど、これ以上迷惑をかけたくなかった。

 それ以上会話する気にもなれなくて視線を背ける。さっさと先を歩いて行ってくれたら良かったのに。


 結局教室に着くまでリビアングラス卿はただ静かに私の横を歩き続けた。『先に行ってください』なんて言葉をかける気も起きず、少し歩みを早めると彼も合わせて歩みを早めてくる。


 彼の言葉は正論だ。実際そうした方が良いんだろう。だけど、そうした時の私の辛さも、フレデリック様の辛さも、リビアングラス卿にとっては他人事だから言えるんだ。

 ただ正論を吐く彼にどうしようもない苛立ちを覚えて意地になってしまった面も否めない。


 こんな、生意気な私の事なんか良く思っているはずがないのに。先生の言いつけを律儀に守って付き添うなんて本当に誠実な人だなと思う。だけどその誠実さが――実直さが今は物凄く煩わしい。


 そんな私達にオロオロするリチャード卿の困った表情に心が傷んだけれど、それでも――何も言う気になれなかった。


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