第18話 器が小さい公爵令息


 魔導工学科に入ってから私に関する噂はパッタリと聞こえなくなった。

 リビアングラス卿とフレデリック様のお叱りは中等部の生徒達に相当効いたらしい。


 そして魔法学科の棟とは離れているお陰もあってフレデリック様やフローラ様を見かける機会は殆ど無く、昼食時の学生食堂はギリギリの時間に、寮の夕食は早めに、と時間をズラす事でとても穏やかな日々を過ごせた。


 そして慣れないバイトに聞き慣れない授業、これまでとは違う生活習慣に早く馴染もうと集中してはや一節が過ぎようという頃――リチャード卿が常にリビアングラス卿と行動を共にしている事に気づいた。


 そう言えばフローラ様と遭遇してしまった時も一緒に訓練していたし、図書室でもリチャード卿に話しかける人間の中にリビアングラス卿もいた。


「……リチャード卿ってリビアングラス卿といつも一緒にいるのよね」


 お昼を食べようと食堂に入った時にたまたまテュッテと遭遇し、そのまま一緒のテーブルで食事しながらお互いの近況報告している時に何となく呟くとテュッテが驚いたように声を出した。


「あら~? それはそうよ、だってコッパー家ってリビアングラス家に仕えてる家臣みたいなものじゃない~」

「えっ……あ!」


 テュッテの言葉に今更思い出す。アルマディン侯爵家やマリアライト侯爵家がそれぞれ別の公爵家に仕えてるように侯爵家は公爵家に仕えている。


 コッパー侯爵家が仕えているのは……リビアングラス公爵家だ。


「ほら、レオナルド様って有力貴族の割に魔力の器が小さいでしょ~? その上、現時点でリビアングラス家を継げるのは彼だけだから、万が一校内で暗殺とかされないように護衛役も兼ねてコッパー卿が傍にいるって有名な話よ~。マリー、フレデリック様から聞いた事無い~?」


 フレデリック様はリビアングラス卿と対立する度にリビアングラス卿の魔力の小ささを貶していた。その言葉を思い返してみる。


『己を守りきる魔力すら無く、常に腰巾着を付けざるを得ないのは哀れだな』


 思えばその『腰巾着』とはリチャード卿の事だったのかも知れない。だけど、そう言った矢先の後武術大会でフレデリック様はリビアングラス卿に負けて怪我してしまった。


 馬鹿にしていた相手に、武術大会という来賓も見ている前で負かされた事でフレデリック様はかなり荒れていた。その時の悔しそうな、泣きそうなフレデリック様の姿を思うと今でも少し心が痛む。


 フレデリック様に『しばらく一人にして欲しい』と言われて、その後しばらくしてから『心配かけてごめん』と以前と変わらない笑顔を向けてくれたけど、思えばそれから一切リビアングラス卿の話をしなくなった。


 てっきり学科が別れて接点が無くなったからだと思っていたのだけど、あの時――私に謝ってフローラ様を連れて行ったフレデリック様はリビアングラス卿には一切視線を合わせず完全に無視していた。


 リビアングラス卿はただ私とフローラ様を公平に見て、事実を確認するように言っただけなのに。

 リビアングラス卿は私を守ってくれたのに――と思った所でふと違和感を覚える。


「もしかして……リチャード卿が私を助けてくれたのって……」


 あの時――後期休みに入る直前にリビアングラス卿を拒絶した後リチャード卿が私を助けてくれたのは本当に偶然だったんだろうか? 今の2人の仲を知ると何だか不自然に思えてくる。


「いや、でも、リビアングラス卿が、どうして……?」


 リチャード卿は良い人だし、リビアングラス卿から私を助けてあげてほしいと言われれば協力すると思う。

 だけど、リビアングラス卿が私にそこまでしてくれる理由が全く思い当たらない。


「えっ? 何なに~? マリー、レオナルド様と何かあったの~?」


 そう言えばテュッテにはリチャード卿の事は話してるけどリビアングラス卿の事は話してない。フレデリック様やフローラ様に遭遇した事も、泣いて寮に戻った事を言えなくて話してなかった。


 他人の意見を聞いてみよう、とテュッテに婚約破棄された後リビアングラス卿とぶつかった事、図書室で本を探す手伝いを断った事、工学室でお菓子について助言をもらったり庇ってもらったりした事を話す。


「そうだったの~……ああ、でも、分かる気がするわ~。レオナルド様って困ってる人にいつも声かけてるもの~。自分が色々苦労してるからか困ってたり苦労してる人を見ると放っておけないのかしらね~……本当、根っからのお人好しなんだから~……」


「お人好し……」


 確かに、リビアングラス卿は良い人だ。私以外の人間も気にかけていると聞いて妙に納得してしまう。


 あの時の私は婚約破棄と噂に追い詰められて困っていた。リビアングラス卿の所にもそれらの情報が入ってきて、私を気の毒に思って、でも自分は嫌われているからとリチャード卿に頼んだ――という可能性はある。


 それはそれでとばっちりを受けてしまった形のリチャード卿が気の毒になってくるけど、一応疑問が解決した時点でまた新たな疑問が浮かんだ。


「テュッテ、リビアングラス卿と知り合いだったの? 苦労してるって……」


 レオナルド・フォン・フィア・リビアングラス――それがリビアングラス卿のフルネームだ。レオナルド様、と名前で様付けする辺り親しい印象を受ける。


「私のお父様がリビアングラス家の遠縁でね~。その縁で何度かリビアングラス家主催のパーティーに行った事があるのよ~。で、レオナルド様って魔力の器が一般貴族と殆ど変わらないじゃない~? だからパーティーで周りの貴族が彼を見る視線に、ああ、苦労してるんだろうな~……って~」

「へぇ……」


 『人の上に立つ者の資質として、一般貴族と同等の魔力しかないのは致命的』――フレデリック様の何気ない言葉が今はとても冷たい言葉に聞こえる。

 その言葉はフレデリック様だけでなく、誰しもが心の中で思っている事だと知っている分、殊更冷たく感じた。

 

「私も彼より少し大きい位でそこまで変わらない魔力量なのに、伯爵家と公爵家でここまで視線が変わるんだな~って気の毒に思ったわ~……子どもの時はまだこれからだ、みたいな雰囲気もあったけれど、ほら、20歳でもう魔力を貯める器の成長って止まるじゃない~?だから最近のパーティーではもう……本人も場が気まずくなるのを気にしてかどうしても出なきゃいけないようなパーティー以外には出なくなっちゃったみたいなのよね~……それがまた気の毒だわ~……」


 テュッテが語るパーティーの光景は魔力が大きい私には今いちよく分からない。だけど鹿は私も少し前に何度も経験したから、それを同じような感じなのだと思うといたたまれない気持ちになる。


「この学院でも、公爵家の人間の不快を買えば即家ごと潰されてしまうような男爵家や子爵家の子息はともかく、伯爵家以上の……有力貴族の子息の中でレオナルド様の事を内心馬鹿にしてる人は少なくないわね~……」


 リビアングラス卿に怯えていたあの令嬢達は恐らく私と同等――子爵家以下の家の子だったんだろう。


 そして私もたかだか魔力の大きい器で産まれただけの、子爵家の娘に過ぎない私が『魔力が私の4分の1しかない』と内心彼を下に見てしまっていたのは心の何処かで侯爵令息の婚約者、という立場におごっていたから、というのもあるのだろう。テュッテの言葉が耳を伝って心に刺さる。


「……私の器とリビアングラス卿の器が逆だったら良かったのに」


 そうだったら少なくとも器の小さな公爵家の跡継ぎとして馬鹿にされずに済んだだろうに。


 私の魔力は大きいと周りからよく言われるけれど、今の所殆ど使い道がない。普段の生活には魔道具や魔力の消費が少ない魔法で十分事足りるからだ。

 それこそリビアングラス卿の魔力量でも何不自由なく生活できる位に。


 魔力を必要とするのは怪我人や病を患った人への治療や戦争、魔物討伐――だから学院を卒業した後でこの大きな魔力が役に立つ日が来る可能性はある。

 だけど、幼い頃からステータスとして大きな魔力が必要とされる人間が小さな器で苦しんでいるのなら、私の器と交換できるものならしてあげたい、と思ってしまう。


「でもそうだったらマリアライト家との婚約はスムーズにはいかなかったんじゃない~?」


 テュッテの何気ない言葉が刺さる。この大きな魔力がマリアライト家にとって魔力の大きい子を産むのに良しとされたのは事実だ。だけど――


「……結局上手くいかなかったもの」


 婚約が成立した時はお母様と一緒にこの魔力に感謝したけれど、破棄された今となっては何の意味もない。自虐を込めて呟く。


「マリー……あ、そうだ。バイトはどんな感じ~?」

「あ、うん……今の所順調! この間初めてお給料もらえたの。自分で稼いだお金って重いなぁって……」


 テュッテが気を使って話題を逸らしてくれたのでそれに応えるようにフレデリック様の事から意識を逸らす。


 貸し出し工具が保管されている工学準備室のすぐ近くの訓練場で朝、フレデリック様が魔術の鍛錬している姿が窓を通して見えてしまう事は言えなかった。


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