第19話 彼女の心境・1(※フローラ視点)
私、最初は純粋にあの人の事を応援していたの。
だって、兄様が好きになった人だから。あの人と一緒にいる兄様の笑顔が好きだったの。
だから兄様にもっと笑顔に――幸せになってほしくて私も頑張って仲良くするように務めたの。
だって兄様が好きになるだけあって優しく明るく、可愛らしい方でしたし、私達にも劣らない魔力の器の大きさも素晴らしい方で仲良くなれると思ったの。
それなのに――
『フローラ様、たまにはフレデリック様と2人きりのお時間を頂けると嬉しいです。』
何で――私は貴方を受け入れたのに、何故貴方ごときが私を拒むのかしら?
たまたま魔力と容姿に優れただけの子爵令嬢の分際で、何故私の兄様を独り占めできると思っているのかしら?
私だって兄様を独り占めしたいのを我慢して貴方の存在を仕方なく受け入れていたのに――何で貴方に私を拒む権利があるのかしら?
可愛くて、優しくて、魔力も申し分なくて。頭がそうよろしくない事は分かってましたけど、そこをちゃんと自覚して努力で補おうとして兄様に恥をかかさないように必死で釣り合おうとする貴方の事、本当に気に入ってましたのに。
私の事もちゃんと尊重する貴方なら、兄様の横に立ってもいいかと――妻という立場を差し上げても良いかと思ってましたのに。
二人の時間なんて、兄様と一緒に卒業したらいっぱい作れるではありませんか。
私が立ち入る事の出来ない空間で、貴方は兄様と契りを交わすのでしょう?
私は兄様のいない学院で後3年間過ごさなきゃいけないのに。
その後そう遠くない内に見知らぬ誰かに嫁がなければならないのに。
だから今の時間を大切にしたかったのに――二人の時間が欲しいのは私の方だったのに。
(ああ、残念……本当に残念だわ)
兄様が好きになった人が、我慢もできない獣だったなんて。
兄様が学院に行っていつの間にか恋人ができて、兄様は私だけの兄様ではなくなってしまった。
私は兄様さえいればいいけど、兄様はそうじゃない事は分かってる。
私は兄様だけが大切だけど、兄様は私もあの人も大切だって分かってる。
だから、仕方なく私もあの人を大切にしてあげたのに――本当、何様のつもりなのかしらね。
その容姿に寄ってくる犬共の中から優秀な犬を見つけて満足していれば良いものを、足りない頭を使って兄様を誑して独り占めしようとするなんて……何て狡賢い雌犬かしら。
そうよ、どれだけ兄様に気に入られようと努力していても、独り占めも我慢できないような下賤な獣に兄様にはふさわしくないわ。
そう――兄様に纏わり付く身の程知らずな汚らしい獣は追い払わないと。私の大事な人達の好き勝手に心を荒らされてしまう前に。
『マリー様は私と一緒にいる時間が苦痛のようです……』
そう兄様に告げると兄様は最初困惑していました。「考えすぎだよ」と優しく私の頭を撫でて慰めてくれた。
でも私が泣き止まないでいると真剣に私の話を聞いてくれた。辛そうな顔で微笑む兄様に、心が傷んだけれど。
「僕は妹と仲良くしてくれる子じゃないと嫌なんだ」
兄様がそう言ってくれてすごく嬉しかった。兄様の中ではまず私なんだって。とても心が満たされたの。
その時ばかりは兄様に嫌われて俯く獣が可哀想に思えたわ。辛いでしょう? 私も兄様にそんな冷たくされたら心が張り裂けてしまいそう。
「フローラ様のせいではありませんわ。そのまま黙ってフローラ様の心が壊れてしまってはきっとマリアライト卿も心痛めていたでしょう」
婚約破棄の翌日――たまたま開く予定だったお茶会を中止する訳にはいかなくて、昨日あった出来事を話さない訳にもいかなくて私の為に兄様が婚約破棄した事を涙ながらに告げると、とても情に厚い方々が代わる代わる励ましの言葉をかけてくれる。
傷ついた兄様とほんのちょっぴり気の毒な獣に対して涙を流してみれば皆が私の気持ちを組んでくれる。その涙の大半が嬉し涙だなんて下等な人間は気付きもしない。
「でもピンク髪の人間って異性に対してしつこくてあざといって言いますわよね。まして逆ハーレム築いてる女が治める領の娘ですもの。油断なりませんわよね」
「そうよ、彼女はアルマディン女侯爵同様、桃色の髪と目を持っていますもの。数少ない公侯爵家の人間をこのまま手放すとは思えませんわ。マリアライト卿も厄介な方に見初められましたわね……」
そうだわ。獣の姿を見る度に優しい兄様の心が傷ついてしまう。私の為に婚約破棄してくれた兄様の為に、今度は私が兄様にとって見苦しい物を排除してさしあげなければ。
そう思って心優しい友人達に苦しい胸の内を明かせば、彼女達の熱い同情は噂へと形を変えて狭い学院の中を渦巻いていく。
それでも獣は恥も知らずに人が行き交う校舎にやってくる。
元々兄様ばかりにかまけて友達がいなかったから、今更ぼっちになった所で痛くも痒くもないとでも言うのかしら? 普通の令嬢なら泣いて数日は休むわ。
長期休みも近いしずっと休んだ後に人知れずに学院を去ったっておかしくないのに。
恥知らずの獣を見かける度、兄様は寂しそうな目で獣を見つめていた。
(ああ、また兄様が傷ついてしまった)
身を切るような想いで私を選んでくれた兄様だけど、好きだった気持ちはすぐには消せない。今の兄様は苦しんでいる。
この世には、人の心の中にある愛を消したり、そこに新たな愛を植え付けたりできる素敵な魔法があると聞いた事がある――今それを兄様にかけてあげられたらいいのに。
その魔法の話を聞いた時、この学院の図書室やマリアライト邸の書庫で呪術に関する本を読み尽くしてみたけれどその魔法に関する事が書かれた本はなかった。
妄想で作り上げた幻の魔法なのか、そのあまりにも都合が良い魔法を悪用されないように禁じられた術として封印されているのか、とその時は諦めたけれど、繊細な兄様の為にもう一度調べてみよう。
前向きに考えている中、また獣が視界に入る。ああ、さっさと退学してしまえばいいのに。何故まだしぶとく授業を受けているのかしら?
広大な領地を治めるマリアライト領の跡継ぎである兄様から婚約破棄された貴方に手を差し伸べるような狂った人間はいないのだから、他の男に尻尾振ろうとしても無駄なのに。
本当に汚らわしい人。もう兄様とあの獣が同じ教室で授業を受けている事すら許せない。
さっさと消えてくれないかしら――
獣はまるで獰猛な魔獣を見たかのように怯え走り去っていった。二度と見なくて済むように神様に願いながら、長期休みに入った。
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