第11話 愛された証と、愛した証
「マリー……どうしたの!? 失恋を乗り切る為にバッサリ切ってイメチェンしたの~!?」
一週間の帰省から戻ってきたテュッテの部屋を尋ねると、テュッテは高い声を上げて驚いた。
「それもあるけど、魔導工学科だと制作があるから服も髪も汚れちゃうかなと思って……入る前にバッサリ切っちゃおうと思って」
「私、マリーのフワフワで柔らかい髪、好きだったのに~」
本当に残念そうに言ってくれるテュッテに少しこそばゆい気持ちになりつつ、リチャード卿にしたのと同じ様に両手を合わせて懇願する。
「ねえテュッテ……お願い!! 今から私の部屋に来てどれか欲しいのがあったら買ってくれない……!? 服でも、装飾品でも、置物でも…!!」
「ちょっと待って、どうしたの~!? 事情を説明してくれる~?」
戸惑うテュッテの手を引いて部屋に招き入れた後、事情を説明する。
「そっか~……工具って意外とお高いのね~……あ、髪ってもしかして、掲示板に貼ってあったカツラの為に切っちゃったの~!?」
テュッテが私の両肩を掴んでいつにない大きな声を出す。
「婚約破棄されたんだから慰謝料位もらえばいいのに~! 侯爵家の嫡男なら金貨の1枚や2枚ポンッと出してくれそうじゃない~!?」
「い、慰謝料……?」
まさか、こんな状態で婚約破棄されて慰謝料をもらう、という発想は全くなかった。
「一方的に破棄されたんだもの、貰う権利有るわよ~。イジメてないんだから堂々と請求しちゃえばいいのに~」
確かにテュッテの言う通り、一方的で勝手な婚約破棄である事には間違いない。
こちらの言い分も一切聞いてくれない状況となればお金でケジメをつけようとする人間がいてもおかしくない。だけど――
「無理よ……私、もうフローラ様と関わりたくない……それにフレ……マリアライト卿は妹の言葉を全面的に信じてるし、そんな事言ったら私、余計に嫌われちゃうじゃない……」
マリアライト卿の、不機嫌な顔を見るのが怖い。これまでずっと優しく見つめてくれたあの人が侮蔑の感情を込めた冷たい目で私を見るのが怖い。
あの方がリビアングラス卿を見るような目で私を見るのが、怖い。想像するだけで手が震えてしまう。
そんな私の様子を見てかテュッテはそれ以上その事には触れず、腕を組んで「うーん…」と唸りだした。
「協力したいし、いっぱい買ってあげたいんだけど~……私とマリーの服のサイズって合わないのよね~」
テュッテは私より少し背が高い。それだけならまだ十分カバーできそうだけど、胸の大きさは詰め物をしないとどうしようもない。流石にテュッテに詰め物させてまで服を買ってもらう事はできない。
服は諦めてテーブルの上に小物やアクセサリーボックスを置く。こちらは割とテュッテのお気に召す物があったようだ。
「あ……これとこれ、お洒落だなって思ってたのよね~。あ、これもいいかしら?」
「あ、それは……」
マリアライト卿がくれた、紫色の蝶を象ったバレッタ。婚約リボンをもらってから使わなくなったけどそれまでずっと身につけていたものだ。
それを持っていかれる事を想定していなくて言葉を失う。
髪を切って、ケジメをを付けれたかなと思ったのに。マリ――フレデリック様がくれた物を他人に譲れる程、想いが無くなった訳じゃない事を思い知らされる。
(駄目だ、まだ、まだ、そこまでケジメがつけられない)
だってもしテュッテがこれを身につけているのをフレデリック様が見たら、きっと傷つくし自分が贈った物を蔑ろにされた事を怒るだろう。
「え、えっと、こ……これは……フレデ……マリアライト卿から貰った物だし、テュッテが付けたら私もテュッテも、何か言われるかも知れないから……」
しどろもどろになって紡ぐ声が自分でも痛々しく聞こえる。
「マリー……ごめんなさい、意地悪しちゃったわ。駄目ならいいのよ~何でもかんでも無理に手放してしまう事はないし、無理に呼び方を変える必要もないわ~……あ、これなら大丈夫?」
テュッテが次に手に取ったのは小さな紫水晶のイヤリング。私がフレデリック様に一目惚れした後、装飾品のお店で(フレデリック様の魔力の色に似てる!)とお小遣いはたいて即買いしたものだ。
「それは……」
フレデリック様から貰ったバレッタは手放せなくても、自分がフレデリック様を想って買った物は――もう手放してしまった方が良い気がした。
愛された証はまだ手放せないけど、愛した証も手放したくないけど。
(……でも、何もかも手放せないようじゃ、何も変わらない)
フレデリック様から贈られたプレゼントは捨てられなくても、自分で買った物を手放して新たな可能性を掴む――それは区切りをつけるのに丁度良い。
きっと今を逃したらずっと抱え込んでしまう。実際、今それを目にしただけで色んな想い出が湧き上がってきてしまうのだから、手放してしまった方が良いのは間違いない。
だってあの方は私を捨てたのだから。誰からも望まれない自分の想いは、手放すべきなのだ。
私がそのイヤリングを買った理由を知っているはずのテュッテがあえてそのバレッタやイヤリングを手放すようにさせているのは『誰からも求められなくなった想いを抱えていたって仕方がない』という事を彼女なりに伝えたいのかも知れない。
「……いいよ。フレデリック様の色をいっぱい抱え込んでいたら、自分の色に戻れないもの」
こうして私はフレデリック様を愛した証を手放した。
心の中に大きな穴が開いたような感覚があったけれど、それをこの手に留めておく気にもなれなかった。
その紫水晶のイヤリングの他に小物や装飾品をいくつも買ってくれたテュッテは私の手に銀貨5枚乗せた。
「こんなに……!?」
全部を新品で買ってもまだお釣りが出そうな額に、2枚ほど返そうとする私の手をテュッテは首を横に振って拒んだ。
「いいのよ~私普段あまりお金使わないから~。ちょっと意地悪な事もしちゃったし慰謝料込みよ~。だから、マリー……またお金が必要になった時は、髪を切る前に私に相談してね~? 何も相談してもらえないのは友人として寂しいわ~」
優しい笑顔でそう言って部屋に戻る友人の優しさが嬉しかった。
(ボルドー先生に、リチャード卿、テュッテ……色んな人が私を助けてくれる)
今までずっとフレデリック様の傍にいてフレデリック様の世界で生きていたけれど、私にはちゃんと私の世界があったんだ。
私はフレデリック様から突き放されたけど――私は一人になった訳じゃないんだ。
(……頑張ろう)
学院生活なんて今を逃したらもう二度と出来ない。せめて最後の一年はちゃんと自分の世界で生きよう。
だから私の学院生活は絶対に――退学なんかで終わらせない。
後は工具がどの位揃うか。図書室で借りた魔導工学の本を手に、私は再び勉強に取り掛かった。
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