第12話 謎の紙切れ
テュッテから銀貨を受け取った2日後、朝から図書室で勉強しているとリチャード卿に声をかけられた。
「マリー嬢、これを使ってください」
所々に魔道具の錆止め加工の際に使う黒い薬剤のシミがついた灰色のケースを開くと、中はパッと見新品かと見間違えそうな程綺麗な工具が一式入っていた。
「リチャード卿……これ、工具全部揃ってるみたいなんですけど……いいんですか!?」
工具を数本もらえるだけでもありがたいのに、これを貰えたらまるまる金貨1枚分のノルマが消える。
「はい、知り合いから譲ってもらいました。もう使わないから好きに使って欲しいと」
人の良い笑顔を浮かべるリチャード卿に感謝しつつ工具を手に取る。
記名する場所が薄く削り取られた後があり、確かに新品じゃないのが分かる。だけど、すごく大切に使われていただろう事も分かる。
「あの……私、今お返しとか何も出来ないんですけど……その人の名前教えて頂けませんか!? 手紙で、凄く感謝している事を伝えたくて……!!」
「いえ! 名前はちょっと、知られたくないそうなので……! マリー嬢が凄く感謝していたって事は僕から伝えておきますね!」
両手を横に降るリチャード卿の慌てようからして本当に知られたくないようだ。
せっかく工具セットを提供してもらったのに直接お礼を言えないのはもどかしいけれど、融通してくれたリチャード卿を困らせてはいけない。
「……分かりました、でも、本当に嬉しい…!! 早速、明日工学室に行って音石の作成に取り組んでみます!」
工学室で作業するなら金属の粉や火花から身を守る為にツナギ服を着ないといけない。今から寮に戻ってツナギ服に着替えて工学室に行くには1時間ほどかかりそうだしちょっと時間が惜しい。
「そうですか。あ、マリー嬢は先生がいない工学室を使うのは初めてですよね? 明日僕も一緒に工学室に行きましょうか?」
「いいえ……! リチャード卿には本当にお世話になりっぱなしなので……! ここで分からない事を質問できるだけでもすごく助かってるのに、これ以上頼ったら罰が当たっちゃいます……! ここは自分の力で、何とか……!」
人の目を気にしなかったと言えば嘘になるけれど、リチャード卿にあれこれ甘えてしまっては自分が駄目になってしまう、とも思った。
「分かりました。何かあったらまた聞きに来てください」
そう言ってリチャード卿が自分が自習しているテーブル席の方に戻っていく。
(リチャード卿、本当良い人だわ……絶対後で何かお礼しないと……)
パッと思いつくのはケーキ、マフィン、マドレーヌ、クッキー……勉強は好きじゃないけどお菓子作りは大好きだ。
家族にもテュッテにもフレデリック様にも喜ばれた手作りお菓子――時間がかかるから今は作っている時間はないけど編入試験が終わった後なら少し時間もあるし、新学期が始まる前にお礼しよう。
ありがたい事に工具セットも無料で手に入った上に髪も切ったり私物を売ったりのでお金にちょっと余裕も有る。街で材料とラッピング用のリボンと袋を買って、寮の自炊室を使って――試験後の久々のお菓子作りに胸が躍る。
(ああ、でも……どんなお菓子が好きか本人に聞いてからの方が良いかな? でも本人に聞いたらその気持だけで十分です、って遠慮しそうだなぁ……サプライズでさりげなく贈れるような、何か……)
そんな事を考えながら寮の部屋に戻り、久々に楽しい気分で眠る事が出来た。
翌日、早速ツナギ服とゴーグル、マスクを身に着けて校舎に向かう。
まずは音石を作る為の材料を購入する為に購買へ。
音石を作る為に、と伝えると既に一式セットになった物を渡された。恐らく試験でも同じ物が使われるのだろう。流石に組み立て用の説明書はついていなかった。
校舎の一階、隅の方にある工学室に入ると既に何人か作業している人がいた。
図書館同様、大貴族の館のホール並みに広い空間には大きな作業台が並ぶ場所と溶接や研磨用のスペースが分かれ、部屋の隅には大きな金属をカッティングしたりする為の大きな裁断機等が設置されている。
ここから魔道具を外に搬出しやすいように勝手口が付いていたり、壁の一面が殆どシャッターになっているこの工学室は魔導学院の中で特に異質な雰囲気を漂わせていた。
壁の張り紙には<金属加工時はゴーグルとマスク着用! 溶接時は
そういう張り紙がしてある理由が壁や机、天井の至る所に残っている。これで工学室で死者が出た事がないというのだからすごい。
今回の魔道具、音石を作る過程で爆発事故になりかねない作業はない。
空いている作業台に作り方のページを広げ、ゴーグルとマスクを付けて音石を作りはじめる。
まず土台の形を綺麗に整え、魔晶石をはめ込む。次に魔力を使って魔晶石に術式を書き込んでいく。
うっすら宙に浮かび上がる薄桃色の文字は魔力で構成されている言語なので、製作者によって色が違う。
自分の魔力で音に関する術式を書き込んでいくと、魔晶石が徐々に紫色に変化していく。水に関する術式を書き込めば水色に、冷やす術式は青に、温める術式は赤に――書き込まれる魔力の色ではなく、術式によって石の色が変化するのが面白い。そして紫色は音と深い繋がりがある。
『僕の館には領地内に声や音楽を届ける大きな魔道具があって、年に一度魔物や人、動物の心を落ち着かせる歌が領地中に響き渡る。そのお陰でマリアライト領は他の地に比べて魔物や動物に襲われる被害が格段に少ないんだ。他にも祝い事の際は領地中に綺麗な曲が流れたりもする。僕と君との結婚式の時には君の好きな曲をマリアライト領全体に流そう』とフレデリック様に言われた事を思い出す。
(あの方の魔力によく似た紫色に染まった魔晶石を見てるのに、思ったほど感傷に浸らないで済んでるのは……少しずつ私も前を向けていると思って良いのかな……?)
魔晶石への書き込みが終わったら後は音を拾う小さなマイクや音を放つ小さなスピーカー、ボタンと魔晶石をコードで繋げ、金属を溶かしてコードを固定する。
音石を作り始めて数時間後――何とか見た目は完成した。
小型の魔道具で製作キットもある、という事もあってトラブルが起きる事無く形にはなったけれど、実際に再生すると音が汚すぎて声を声として聞き取れずお世辞にも音石、と呼べるものになっていない。
これじゃ録音、再生、送信、受信……音がちゃんと確認できないようじゃ全部ちゃんと機能しているのかどうかも分からない。
「うーん……何でこんなに音が汚いんだろ?」
ネジで止めた継ぎ目を外して中を確認してみる。マイクの接続がちょっと甘いような気がする。もう少し金属を溶かして……と思う内にお手洗いに行きたくなってきて一旦席を外す。
(マイクの接続が上手くいってない可能性のもありそうだけど、集音範囲をもうちょっと狭くしてみるとか……? でもそれは教科書に乗ってたとおりに設定したんだけどなぁ……)
原因を考えながら工学室に戻ってくると、自分が作った音石の下にノートを千切ったような紙の切れ端が挟まっていた。
<集音マイクの接続はもう少し厚めに。ノイズが酷いのは魔晶石に刻まれた集音範囲が広く余計な音まで拾っているから。魔晶石の純度によって集音範囲や集音精度も微調整が必要。この感じだと精度は少し上げ>
「へぇ……」
ここに戻ってくるまでに集音マイクの接続と集音範囲が広いのかも、とは思ったけど魔晶石の純度に合わせて微調整が必要な点は全く気づかなかった。つい、感心の声をあげる。
誰が書いてくれたのか――と振り返って周囲を見回すと、最初ここに入った時には数人の生徒がいたはずなのに今はリビアングラス卿しかいない。
そのリビアングラス卿も足早に部屋の入口に向かっている所だった。
「あ、あの……!」
気づけば私はリビアングラス卿を呼び止めていた。
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