第9話 親を説得する方法


 お金の問題はボルドー先生の言う通り、親を説得できれば解決する問題ではある。


 ただ、親は私をこの学院に『玉の輿』の為に送り出してくれている。この学院の中等部には皇国中のあらゆる名家の子息が集まるから、私のお母様のように玉の輿目的で子を送り込む親も少なくない。

 表面上取り繕っても自分の娘が自分達より高位の貴族の男と愛で結ばれるのを喜ばない親は殆どいない。


 誇れる程の地位や財産など無く異世界人ツヴェルフのように子どもに魔力の色をそのまま引き継がせる力もない一般貴族の子息にとって、『愛』は高位貴族と結ばれる唯一の武器なのだから。


 だから学問をより深く学ぶ高等部に進学したい事をお母様に伝えた際はちょっと渋い顔をされた。

 『でもフレディ様が一緒に学びたいと言うのなら仕方ないわね』と変わらず援助してくれていたのにそこが崩れてしまっている今、迂闊な事は言えない。


 <相手から正式な婚約破棄の連絡がないから知らぬ存ぜぬを通す>と手紙には書かれていたけれど、お父様もお母様も今、どんな気持ちなのだろう?


 ここにきて婚約破棄された上に変な噂流されて居づらいから学科変更したい、挙げ句にお金無いから頂戴――なんて言ったら絶対に怒られて、さっさと退学手続きして戻って来いと言われてしまいそうだ。


(返事もいい加減書かなきゃいけないし、どう書こうかな……)


 改めてお母様からの手紙の内容を確認する。


(お母様的には私とフレディ様が仲直りしてくれればと思ってる……でも、この書き方だとフレディ様に固執している訳ではなさそう……)


 とりあえず、婚約破棄の噂が耳に入っているなら間違いなくイジメの噂も届いているはず。

 フレディ様に婚約破棄されたのは事実である事。その原因がフローラ様の過干渉にやんわり物申してしまったからという事を正直に書く。

 その時の言葉を極端に受け取られてしまったみたいで、私はフローラ様をイジメた事など一度もない、という事も。


 今の時点でまだ相手から正式な婚約破棄の通告がされてないのならお母様の言う通り知らぬ存ぜぬで通してほしい事もお願いする。


(でも、今の時点でまだ家に婚約破棄の通告が来てないのは変だわ。フレディ様は領地に帰ってすぐ親に伝えてるだろうし……)


 仮にもし、フレディ様が言い出しづらくて――という場合だったとしてもフローラ様が女侯爵に言う気がする。

 それなのにまだ動きがないという事は、もしかしたらウィスタリア様がアルマディン領の娘を婚約破棄する事に難色を示しているのかも知れない。


 隣領の貴族に娘が虐められていると聞いても、民を統治する領主とあれば親の意思より領主としての意思を優先させて慎重になるのはおかしい事じゃない。コンカシェル様と違って冷静沈着な方として有名なウィスタリア様なら尚更。


(もしかしたら婚約破棄じゃなくて婚約解消の申し出が来るかも……)


 破棄ではなくお互いに合意の上での解消なら領地間の外交問題にはならない。

 別れる事には変わらないけど、禍根を残さない分破棄よりは解消の方が数段良い。


 ウィスタリア様の『マリアライト領の領主』としての穏便な判断を願い、ボルドー先生から貰った授業料一覧表を眺め見る。


(問題はここからよね……)


 授業料の差分、工具セットの購入費含め、今の所金貨約3枚分足りない事になる。実際は自習用の材料費も嵩んでくるからもっと必要になると見て間違いない。授業料以上のお金を要求すると絶対に渋られるのは目に見えている。


 授業料一覧の下に書かれている注意書きには<納入方法は一括と前期、後期の2回払いの2種類。※2回払いの納入期限は応相談>と記載されている。


(授業料は毎年一括で送られてくるから、とりあえず送られてきたお金で前期分を支払って、足りない分をバイトか何かで稼いで後期に納められれば……)


 金貨3枚……月のお小遣いが銅貨5枚である事を考えると気が遠くなる金額だけど、魔導学院でバイトしたり学生でも受けられる依頼クエストをこなせば何とかなりそうな気もする。応相談って書いてあるし多少の期限の延長も認めてもらえそうだ。


(後は……魔導工学科に編入する動機よね)


 私がお金持ちの家に嫁ぐ事を望んでいる母に通用する動機はこれ以外思い当たらない。


<実は魔導工学科に気になる人(※お金持ち)がいるの。フレデリック様との仲直りは正直難しいけど、私せっかくここまで頑張ってきたのにこのまま退学なんてしたくない。授業料の差は何とか自分で工面するから、魔導工学科に編入させてほしい。お母様、どうか、私に最後の玉の輿チャンスを下さい――>


 という旨を記した手紙に編入届を添えて送る。


(我ながら、最低な動機だわ……)


 だけど玉の輿の為にここに送り出してくれた両親に『魔導工学科で勉強し直したい』とか『自分のやりたい事を見つけた』とか、そういう綺麗事は絶対通用しない。


 公侯爵家は男女平等。基本的に家の色を引き継いでいれば、後は魔力の大きさが重視される。

 だけど伯爵家以下――魔力の色をそこまで重視しない貴族の女はとにかく自分達より位が高い家に嫁ぐ事が望まれている。


 私がここで魔法学を学んでいたのはフレディ様にふさわしい人間になる為だ。何かあった時に治癒魔法や補助魔法でフレディ様を助けたかったからだ。


 そう、全部フレディ様の為――フレディ様の隣で勉強できた事は幸せだったけれど、勉強そのものが楽しいと思った事なんて一度も無かった。


 後1年。学科変更してもきっと何も楽しくない色褪せた学院生活が待ってる。それでも中退したくなかったのは婚約者の妹をイジメて婚約破棄されてそのまま学院を去る――なんて、恋も名誉も踏み躙られた未来にしたくなかっただけ。


(それに、今すぐ退学していっぱいお見合いさせられても、絶対上手くいかないし……それは相手の人にも迷惑だわ)


 私の気分的にも、変な噂が流れてる女と見合いさせられる相手にも。


(1年経ってちゃんとこの学院を卒業した後なら、きっと少しは――)


 噂は下火になっているはずだし今の私よりはずっと前を向けているはず、と思いたい。


 親を説得する為とはいえ、真面目にこの学院に勉学の為に通っている人間から石を投げられそうな手紙を綴ってしまった自分を強く恥じながら、手紙にきっちり封をした後、寮の管理人さんに郵送の魔鳥を飛ばしてもらうようにお願いした。



 これで親からすぐに退学を勧められる事はないはずだ。後は――

 

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