第4話 噂と反省、そして


 テュッテの言う通り、今週さえ乗り切ればまるまる1節分の後期休み――そう思って気合い入れて教室に入ったけれど、そこからの時間は予想以上に冷たい物だった。


 だけど流石生徒の殆どが貴族というヴァイゼ魔導学院の最高学年、最も頭が良いとされる魔法学科の上クラス――冷たい視線を送っても本人に対して直接婚約破棄をからかうような下賤な人間はいない。

 ただ、チラチラと好奇に満ちた視線と陰口はしっかり聞こえてくるけれど。


 そして、中等部の生徒だろうか? 男女混ざった7、8人の集団が休み時間に来ては教室の前の廊下でたむろし、ヒソヒソされる事にちょっと恐怖を感じた。


 中等部と高等部――特別な物を使用する教室以外は棟が別れている。なのにわざわざこっちまできて何話しているんだろう?

 用もなく高等部の教室に来ないでほしいと言いたいけれど、ここで私が何か物申したら彼らの行動は悪化して更に噂が広まってしまいそうで、それにテュッテも巻き込む事になったら……と思うと何も言えなかった。


 他の生徒も誰も注意しない。何で彼らが来ているのかは明らかだし、それを注意すべき人間が彼らを無視しているのだから自分達も傍観に徹してるんだろう。

 そして昼食の時間になるとその集団の中にフローラ様が混じり、フレディ様を昼食に誘いに来た。


「迷惑だとは思ったのですけれど、お兄様が心配で……」

「迷惑じゃないよ、フローラは優しいね」


 そんなやり取りを交わしつつフローラ様は気の毒そうにこちらをチラりと見やる。そしてフレディ様の方に向き直して笑顔でフレディ様を連れて行った。


「フローラ様が自分の方を見たのに、謝りに行きもしないのか……」

「ピンクは尻軽の色だぞ。男に尻尾振りながらその男の妹にマウント取るような馬鹿に、謝るなんて発想ないだろ」


 後ろから小声で私を貶める言葉が聞こえる。振り返れば誰か分かる。でも分かった所で何も言い返せやしない。誰が言ったか知ってしまったらきっと怒りも長引いてしまう。


 だからと言ってこのまま教室で陰口を浴び続ける気にもなれず、逃げるように教室を出た。

 今から学院の食堂に行ったら2人と時間が被ってしまう。学院の食堂は寮の食堂より広いものの、今は同じ空間にいたくない。

 フレディ様にもフローラ様にも、陰口を言ってる生徒達にも言いたい事はいっぱいある。だけど、言えない。


 私の家は子爵家だ。もし陰口を叩いているのが同じ子爵家以上の家柄だと睨まれたら厄介な事になる。

 クラスメイトや同級生の爵位なんて覚えてない。魔法学を詰め込む事で頭が一杯で覚えている余裕なんて無かったのだ。


 拳を固く握って歯を食いしばる事でしか怒りを表現できない事が酷く苦しい中、フレディ様達が食事を終えてから食堂に入ろう、と食堂近くの女子トイレの個室に籠も――ったけど、数分後に後悔した。


 その後トイレに入っていた令嬢達の会話がとても心に刺さるものだったから。



「マリアライト卿とソルフェリノ嬢の婚約破棄の話、聞きました?」

「ええ、知ってるわ。ねえ聞いて、私、2年前にソルフェリノ嬢をお茶会に誘った時『私馬鹿だから勉強しなきゃ……』って断られた事があるの。私のお茶会は全く勉強にならないみたいで物凄く腹が立ったわ。良い気味よ」


 ごめんなさい。いつの事か思い出せないけれどそういう意味で言ったんじゃないの。高等部の授業、本当に難しくて予習復習しないとついていけないの。先生に当てられた時に答えられなくてフレディ様に幻滅されたくなかったの。


「玉の輿に乗れたからもう他の貴族の事なんて眼中になかったのよ」

「たかだか子爵家の身分で容姿に恵まれて、しかも高い魔力を持って生まれたから付き合い悪くても許されて当然、って態度が気に障るのよね。その癖マリアライト卿のご友人の殿方達とは仲良くお話されてたし?」


 ごめんなさい。だってフレディ様の友人に嫌われたら、フレディ様に嫌われてしまうかも知れなかったから。

 でもフレディ様は『マリーを心配させたくないから』って私を気遣って周囲に女友達を置かなかっただけで、私だって男だから話してた訳じゃ――


「あら、でもソルフェリノ嬢と仲が良い女子も確か一人いたわよね。伯爵家の……誰だっけ?」

「スピネル嬢でしょ? 寮の部屋が隣だから仲良くせざるを得ないだけじゃない?」

「あの子、皇都ここに家があるのに何で寮暮らしなの?」

「通学する時間を自習に当てないと授業に追いつけないからですって。あの子もソルフェリノ嬢も上クラスと言えば聞こえは良いけどその中の落ちこぼれじゃない。頭の出来が悪い人間が何で上クラスにしがみつくのかしらね……」


(テュッテの事まで馬鹿にしないで……!)

 カッとなって個室から飛び出しそうになったけれど、


『誰が何と言おうと私はマリーの味方だからね~?』


 ギュッと握ってくれたテュッテの手の温もりを思い出す。今飛び出せば火に油を注ぐようなものだ。こんな所で言い合いになったら、余計にテュッテに迷惑がかかってしまう。


 そう思って必死にグッと堪え、令嬢達の声と足音が聞こえなくなった所で個室からそっと抜け出す。

 トイレから出ると、周りの人がこちらを色んな目でチラチラ見てくる。怪訝な目、好奇の目――その中に好意的なものなんて一つもない。


 フレディ様との時間と自習の時間を優先して、周りとの付き合いを疎かにした自分が悪い事は分かってる。

 少しでも私がテュッテ以外の子と仲良くしていれば、もう少しこの視線は変わっていたかも知れない。庇ってくれた人だっていたかも知れないのに。


 勉強しているんだから仕方がない、と思っていた自分がいたのも確かだ。


 いつかフレディ様と結婚するのだから、フレディ様に関わる人達とだけ仲良くしていればいいと思っていたのも確かだ。


 そしてフレディ様もフローラ様も周囲にとても慕われている。侯爵家という高い地位と、その佇まい、美しさ、人当たりの良さ――マリアライト兄妹に憧れている生徒は多い。それはずっと傍にいた私が一番良く知っている。


 彼らにとってはマリアライト兄妹は正義で、憧れで。そんな2人に突き放された私はそれだけで『悪』なのだ。

 だから爵位の差以前に、私がイジメてないと言っても誰も信じてくれないだろう。


(私が悪いんだ。それは分かってる。だけど……辛い)


 もしかしてこの状態がこれからずっと続くのかな――そう思うと酷く憂鬱な気分に襲われた。



 お母様から手紙が来たのは、それから3日後の事だった。


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