第3話 たった一人の友達
次の日――あれこれ想い出に浸って散々泣いてしまったせいか、眼が腫れ上がって酷い事になってしまった。
冷やしたりメイクで誤魔化したりした結果大分マシにはなったものの、いつも部屋を出る時間より大分遅れ、慌てて寮を出て校舎へ走る。
いつもなら朝も放課後もフレデリック様とフローラ様と一緒に校舎まで行っていたけど、もう3人で並んで歩く事はない。それが寂しくて――少し、気楽でもある。だってもうフローラ様にイライラする事はないんだから。
いつも髪につけていた金の刺繍が入った紫色のリボンも外してアクセサリーボックスの中にしまった。
とても綺麗で鮮やかな紫色のリボン――それは、フレディ様が自身の魔力で染め上げた特別なリボン。
この世界――ル・ティベルに生きる人間は皆それぞれ色のついた魔力を宿している。私の魔力の色は薄桃色。自身の魔力の色は大抵は目もしくは髪のどちらか、あるいは両方に反映される。
そしてその色は同じ薄桃色でも微妙に異なり、特殊な例を覗いては自分と全く同じ色の人間と生涯で一人出会えるか出会えないか――そう言えるほど多岐に渡る。そして人は皆自分の色に特別愛着を持っている。
大切な人に相手と同じ色の物を送って喜んでもらったり、想い人に自分と同じ色の宝石や衣服、花を送ったり……中でも、金の刺繍が入った贈り主と同じ色のリボンは『婚約』の意味がある。
つまり、あのリボンは私がフレディ様と婚約している事を示す証。
(…婚約破棄されたんだから、返した方が良いのかな?)
周囲に婚約破棄された人間などいないのでよく分からない。ただ、返してしまったら本当に関係が終わってしまいそうで――って、向こうにしてみたらもう終わっているんだろうけど。
(お互い関わらないように、と言われてるし、フレディ様から何か言われるまでは返さなくてもいいかな……せめて、自分の中でもう少し心の整理がついてから……笑顔で、これまでのお礼を言って後腐れなく返したい。)
それは、いつになるんだろう? せめて来年――この学院を卒業するまでには返せるようになっていたいけれど。
4年――片想い期間を含めると5年。何の前触れもなく突然引き千切られてしまった恋の痛みは後1年で癒えるのかな? ちょっと、いや、凄く、自信ない。
そんな憂鬱な気持ちで教室に入ると室内がザワついた。それはそうだ。いつもフレディ様と2人で入っていたのに1人で入ってくればそれは驚かれる。
このザワつきで私が来た事に気づいているはずなのに、既に自分の席に座っているフレディ様はこっちに見向きもしてくれない。
今更ながらあの婚約破棄は現実で起きた事だったんだな、と思わされる。
「ねえマリー、ちょっとお手洗いに付き合って~!」
クラスメイトで穏やかな語尾が特徴の友人、テュッテが私の視界に入ってくるやいなや、私の手を引っ張って教室から出ていく。
テュッテ・フォン・フィア・スピネル――私より少し背が高く、淡い金髪を後ろでゆるく三編みにした、薄茶色の目が綺麗な友人は女子トイレに入ると誰もいない事を確認してから、人に聞かれないように薄茶色の防音障壁を張る。
「マリー、フローラ様イジメてフレデリック様から婚約破棄されたのって本当なの~!?」
「……フレディ様から婚約破棄されたのは本当だけど、フローラ様はイジメてない」
何でテュッテがそれを知っているのか驚きつつ、先に聞かれた事に答える。
私が言った言葉や振る舞いを思い返しても、絶対にイジメと言われるような事はしていないと思う。そもそもデートに毎回相手の妹が着いてくる事に異常事態で、極力言葉を選んでお願いした事の何がいけないんだろう?
「そう……そうよね~マリーには人をイジメてる時間なんて無いものね~。良かったわ~」
テュッテは寮の部屋が隣、という事もあって私の勉強漬けの日々をよく分かっている。お互い予習復習に時間を費やさないと上クラスに残れない事もあってかどちらかの部屋で一緒に勉強する事も多い、私の学院内で唯一の『友人』だ。
「何でそんな噂が…? 私婚約破棄されちゃったの、一昨日の放課後なんだけど……」
「私がここに来る時までに聞こえてきた話をまとめるとね~昨日フローラ様がお部屋でお茶会開いたらしくて、『私のせいでお兄様が婚約破棄しちゃった、私がもっと我慢できてたら~……』って泣いたらしいわ~。あ、我慢っていうのはね、フレデリック様がいない時マリーに邪険に扱われていたのを今までずっと我慢してたんですって~」
「そんな……邪険になんて出来るはずがないじゃない!フローラ様がフレデリック様に言う可能性があるのに、そんな事出来るはずない!!」
もし本当に『少し二人の時間を頂けたらありがたい』を最大限に悪く受け取りフレディ様に泣きつくのは百歩譲って理解できる。私のせいで婚約破棄、というのも事実だからお茶会で言うのも納得できる。
だけど――それと同時に根も葉もない嘘まで広められると流石に悪意を感じる。
「そうよね~マリーはフレデリック様大好きだものね~……でも私、正直マリーが婚約破棄されてちょっとホッとしてるのよ~」
「えっ!?」
テュッテの発言に思わず声をあげると、テュッテは苦笑する。
「だって、公爵家や侯爵家の跡継ぎはその魔力の色を子に引き継がせる為に
「それは……仕方ないじゃない。それに、私と子ども作れないって訳じゃないし……」
「でもその子は家を継げないかも知れないわ~」
人の魔力の色は親の魔力の色で決まる。例えば赤と青が交われば紫に。その紫だって魔力の混ざり具合で兄弟で微妙に色合いが異なる。
民や一般貴族ならそれは当たり前の事で、何ら問題はない。だけどフレディ様は侯爵家の跡継ぎだからそれだと問題があるのだ。子はフレディ様と同じ――あるいは、フレディ様に近い『紫色の魔力』を持つ子でなければならない。
薄桃色の魔力を持つ私から、紫色でなければならないマリアライト侯爵家を継げる子が生まれるかどうかは分からない。
もし後を継げる子が生まれなければ皇家が十数年に一度のペースで召喚する、魔力を持たないが故にパートナーの魔力を受け止めて子にそのまま引き継がせる事ができる
確か、後3、4年で新しい異世界人が召喚されるはずだ。その頃にはフレディ様は20か21――跡継ぎを成すには丁度良い年齢だ。
何だか突然話が飛躍してしまった事に戸惑いつつも、フレディ様が言っていた言葉を思い出す。
あれは中等部の卒業パーティー。学院の広い屋内訓練場と屋外訓練場を使って行われたパーティーをフレデリック様と途中で抜け、周囲を見渡せるバルコニーで婚約リボンを手渡された時。
『マリー、高等部を卒業したらすぐに結婚して子どもを作ろう。その子が家を継げたなら僕はその子に家を継がせたい。ただ、もし継げなかったら僕は
私との子に賭けなくても、その異世界人と子を成せば跡継ぎの問題は簡単に解決するのに、それでもフレディ様は真っ直ぐに私を見つめ、切実な顔で私との子どもを求め、未来の自分の子ども達に対して誠実な言葉を言ってくれた。
その時、何があってもフレディ様に一生着いていきたいと思っていたのに。
結局私のライバルは
「……それにマリーがフレデリック様と結婚したら、ずーっとフローラ様に気を使わなきゃいけないじゃない? そんなのマリーが可哀相だわ~」
過去に浸る私をテュッテの言葉が引き戻す。
確かに、今回の事がなかったら結婚してからもフローラ様が何処かの貴族に嫁ぐまでずっと事あるごとに――事がない時でも――一緒だったのだろう。
昨日思いっきり泣いて感情を吐き出した分、今は大分冷静に物事を考えられる。
これまでずっと、優しく、儚く、美しく可愛らしいと思っていたフローラ様――だけど彼女はそれだけではなかった。悪意があるにしろ、全力で好意的に見て噂が広まる事で私が迷惑する事にまで考えが至らなかったにしろ、迷惑な事には違いない。
テュッテの言う通り、そんな妹がいる相手に嫁がなくて済んだ、というのは大きなメリットではある。
もし嫁いでいたら――私達が高等部を卒業してフローラ様が領地に戻ってくるまでの3年間――長期休みには領地に帰ってくるだろうから実際はもっと短いけれど――その間位しかゆっくりできる期間は無さそうだ。
そしてその後、フローラ様が嫁ぐまで……いや、近隣に嫁いでしまえば、きっと頻繁に家にやってくる。
それに学院を卒業すればフレディ様は侯爵家の責務を背負い忙しくなるだろう。
テュッテの言葉を聞いていると確かにこのまま婚約を続けていた方が不幸だったようにも思えてくる。
「……マリー、元気だしてね~? 誰が何と言おうと、私はマリーの味方だからね~?」
そっと手を掴まれてギュッと握られた後チャイムが鳴り、2人して慌ててトイレから出て教室に向かう。
「大丈夫よ~。今週末から明緑の節に入るし、休みが明けたら進級試験だし……最終学年は皆卒業課題や課外授業で忙しくなるから、きっと噂なんていつの間にか消えてるわよ~」
背中から優しく呼びかけてくるテュッテの言葉は最後まで暖かかった。
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